「ぁ…………ぁの……ぉはよう、ござい……ます」
「ミリィィィィィィィィイイイたぁぁあ~ん!」
「ぴぃっ!?」
ミリィの登場に、ルシアのテンションがうなぎ登りになる。
チボーのことは完全スルーだ。もうすでに忘れ去られている。……こいつ、差別をなくすつもりあるのか…………
「馬車に乗るメンバーを聞き、なんとなく変質者率が上がり過ぎそうな気がしましたので、無理を言って同行していただけるよう昨日のうちに交渉しておきました」
「結果的に変質者が増えてんじゃねぇか……」
「誰が変質者だ、カタクチイワシッ!」
「おい、コゾー! お前、今、さり気なくワシを変質者にカウントしただろう!?」
ルシアとチボーが声を揃えて噛みついてくる。
うっせぇなぁ。どっからどう見ても変質者じゃねぇか。えぇい、煩わしいから鱗粉を撒くな、チボーッ!
「六人乗りの馬車ですし、ミリィさんにも同行していただけると思い、お願いしておいたのです」
「いいのか、ミリィ?」
「ぅん! また花園みたいし」
きっと、昨日のうちに今日の分の仕事を済ませてきてくれたのだろう。
花の世話は、生花ギルドの誰かに頼んだか…………これは、生花ギルドにきちんと還元しなきゃいかんな。迷惑をかけ過ぎている。
よし。
ヴァージンロードは花で飾ろう。
あと、ブーケトスとかやって、披露宴会場も花で埋めつくして……
それがスタンダードになれば、結婚式がある度に生花ギルドには莫大な利益が生まれることになる。
そんな感じで勘弁してもらおう。
「ひゃっほ~ぃ! 俄然楽しくなってきたなっ! なぁ、カタクチイワシッ! ささっ、ミリィたん! 近ぅ! 近ぅ寄れ!」
「ぁ、ぁの……ぁぅう…………」
「離れろ変質者!」
こいつには、また別途便宜を図ってもらわないと割が合わないな。
ウチのミリィにベタベタすんな!
ミリィは俺の隣に座らせよう。
「おい、チボー。お前もさっさと乗れ。俺の隣に座らせてやるから」
「い、いや、しかしっ! りょ、領主様と同じ馬車になんて…………に、人間も多いし…………恐れ多い……それに、ちょっと怖いし……」
この中で一番怖いのはお前だからな?
全裸に黒タイツだけで外をうろつける変質者ほど怖いものはないからな?
「ワシみたいなもんが、馬車になんか……」
「んじゃ何か? お前は、自分の嫁と娘が、なんの価値もないしょうもない存在だと、そう言いたいわけか?」
「だっ、誰がそんなことを言ったか!? ウェンディはワシらにはもったいないくらいよく出来た自慢の娘じゃいっ!」
「嫁は?」
「無敵じゃいっ!」
それは、お前に対しては、だろ?
まぁ確かに、すげぇおっかない感じのオバサンだったけどな。
「だったら、お前も大差ねぇだろうが。お前だけが、家族から特別蔑まれてるわけでもねぇんだろ?」
「………………」
こいつが自分を卑下するのは、生まれ持った、どうすることも出来ない種族への劣等感からだ。
だが、自分の家族にはそんなものを感じてほしいと思っているわけもなく、まして、赤の他人からそのことで家族が侮辱されるなど許せるはずもない。
自分では、『こんな種族だから……』と卑屈になり、家族のことになると『種族なんか関係ない』とムキになる。
要するに、種族なんて関係ないんだよ。それが本音だ。
ただ、自分ってヤツにほんのちょっと自信が持てないだけなんだ。
チボーも、そこら辺を分かってくれたのだろう。
無言のまま、じっと考え込んでいる。
そして、散々黙考した後、純粋な瞳でこちらを見た。
「ワシ………………家族から特別蔑まれてる気がする」
「しっかりしろよ、家長!」
こっちの思惑が台無しだ!
タイツ一丁で歩き回るから侮蔑の目で見られるんだよ!
今後は服を着ろ! ウクリネスに何着か作らせておくから買いに来い!
「どうしても気が引けるというなら、前にヤシロがやった方法はどうかな?」
指を立て、名探偵よろしくエステラが難問解決に動き出す。
前に俺がやった……?
「ほら、ジネットちゃんの髪の毛に……」
「あぁ、疑似触角か」
「そう、それ!」
以前、馬車に乗るのを躊躇ったミリィのために、俺はジネットに疑似触角をつけてやった。
同じことを、今回もやろうというのだ。
「ボク、つけてもいいよ! こういう状況だし、むしろボクが進んでつけるべきだと思うんだよねっ!」
「要は、ジネットが羨ましくて、お前もつけてみたかったんだな」
「そ、そういうわけじゃ……」
こいつは、新しい物にすぐ飛びつくんだから。
「ぁの……ごめんなさい……今日は、お花……持ってきてなぃ……」
「あ、そうか……じゃあ、無理だね」
「ごめん……ね?」
あからさまに落胆するエステラに、ミリィが罪悪感を覚えてしまったようだ。
二人してしょぼんとうな垂れる。
「あ、そういえば……」
服を着た露出狂、チボーが思い出したかのように腰にくくりつけていた袋を俺に差し出してくる。
見覚えのある布袋。ウクリネスの店のものだ。
制服とかコスチュームを発注すると、大抵この袋に入って届けられる、馴染みのある袋だ。
「ウクリネスさんから、これを、あんたに」
「俺に?」
「時間がなくて、とりあえず三つだけ試作した……そう伝えてくれと」
受け取った袋の中を見て…………俺は思わずニヤけてしまった。ウクリネスのヤツ、無茶しやがって……
昨日渡して、もう試作品が出来てるとか……頑張り過ぎだろう。
「喜べ、エステラ」
「……へ?」
「ミリィとお揃いになれるぞ」
袋の中には、触角のような飾りがついた、カチューシャが入っていた。
「そ、それは!?」
「結婚式の時に配ろうと思ってな。ウクリネスに大量発注した物だ」
人間と虫人族の結婚。
それ自体が珍しく、無意識に抵抗を覚える者も少なくない。
だが、そんなもんを感じさせないくらいみんなで盛り上がっちまえば……純粋に二人の結婚を祝ってもらえるのではないか……そう考えて作ってもらうことにしたのだ。
ほら、あれだ。
こういうの、普段じゃ絶対つけないような人でも、千葉の方にある夢の王国に行くとノリでつけちゃったりするだろ?
んで、つけてみるとこれが意外とテンション上がったりして。
今、この場所だから許されるおふざけってのは、人の心をくすぐって開放的に、そしてハイテンションにしてくれるものなのだ。
参列する人間がみんなでこいつをつけて、虫人族とお揃いになれば……
そこに生まれる一体感で、くだらない『違和感』なんか吹き飛ばせんじゃねぇか。と、そう思ったわけだ。
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