「バカなッ!? なんでそんなもんがここに!?」
言いながら、左筋肉は自分の懐をまさぐる。
盛大に焦っているようだ。
それはそうだろう。
『四十二区にはいないと虫博士が断言した虫が』『自分の懐から出てきた』わけだからな。
もっとも、そいつはどっちも勝手な解釈ではあるのだが……
「説明、してくれるよな?」
「や、ちが…………俺じゃ……お、おい! お前、俺の服に虫入れたのか!?」
「い、いい、入れてねぇよ! マジだって! そんなことしてねぇ!」
逃げ場を失った左筋肉が右筋肉に矛先を向ける。
突然の責任転嫁に右筋肉は盛大にテンパって、『とてもいい発言』をしてくれた。
「だって、今日は一匹しか持ってきてねぇんだからよ!」
言い終わった後、右筋肉と左筋肉は同時に表情を強張らせた。
だが、ここで有耶無耶にはさせない。
零れた言葉は、すぐにちゃ~んと、拾ってやる。
「で? 『今日持ってきた一匹』ってのは、今、どこにあるんだ?」
筋肉どもは口を閉ざし、視線を逸らす。
「今、どこに、あるんだ?」
改めて問う。だが、返事は返ってこない。
「なら、しょうがない……お前たちの名前と住所、所属するギルドを教えてもらおうか」
「な、なんで、そんなこと……俺たちが答えなきゃいけねぇんだ」
「そ、そうだ、そうだ!」
「なぜ、か……じゃあ答えてやろう」
淡々と、あくまで事務的に、決定事項を伝える事務員のような口調で言う。
「統括裁判所に提訴するためだ。お前たちと、お前たちの所属するギルドをな」
「なっ!?」
「俺たちのギルドは関係ねぇだろ!?」
「ふざけるな。『精霊の審判』に引っかからないやり方をレクチャーまでして、組織的な嫌がらせをしておいて……無傷で済ませられるとでも思っていたのか?」
こいつらの後ろには、何者かがいる。
そいつをダシに使えば……
「わ、悪かった! すべて認める! だから、ギルドを巻き込むんだけは勘弁してくれ!」
「も、もう、二度とこの店には来ねぇ! いや、この街には来ねぇよ! だから、頼む!」
筋肉どもが床に手をついて頭を下げる。
組織を巻き込みたくないってことは……こいつらは自分の判断で行動したってことか?
命令に従ったのではなく?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
悪事が露呈した後で行われる謝罪は懺悔ではない、懇願だ。「どうも申し訳ありませんでした」と言わなければいけない場面で、こいつらは「どうか助けてください」と言っているのだ……そんな図々しいヤツを、俺が許すと思うか?
こいつらが所属するギルドなんか、調べればすぐに分かる。
そうさせないためにこいつらが姿をくらますならそれはそれで結構。二度とこの街に戻れないように追いつめてやる。
俺のテリトリーで好き勝手な行動を取ったことを…………後悔させてやるぜ。
さぁ、選べ。
カエルとなって人権を捨てるか…………
人間の姿のままヒト以下の存在に成り下がるか………………
と、本来ならそれくらいキツいお灸をすえてやりたいところなのだが――
俺は厨房を振り返り、その向こうへと声をかける。
「だ、そうだが……どうする、パウラ?」
声をかけると、厨房からパウラが姿を見せる。
今回、被害を受けたのはパウラだ。
俺が出しゃばってすべての方を付けるのは、ちょっと違う気がする。
パウラは腰に手を当て、土下座する筋肉どもを軽蔑の眼差しで見下ろす。
さて、どう出るかな?
「前回と今回の代金、それから、店を閉めなきゃいけなかった間の想定売上金を保証してくれるんなら、許してあげる」
……しっかりしてるな、こいつは。
売り上げ最優先かよ。
「は、払う! いや、払わせてもらいます! ですから、どうか、ここだけの話ということに!」
筋肉、必死の懇願に、一番の被害者だったパウラが折れた。
「もういいから、お金を置いてさっさと帰って。分割にする場合は何回払いかを最初に言っておいてね」
やっぱり、しっかりしている。
が、俺に言わせれば甘い。甘過ぎる。
こういう輩に情けをかけてやったところで何もいいことはない。むしろ悪いことを引き込むきっかけにもなり得る。
とはいえ、制裁を加え過ぎるのも考えものだし、何よりパウラがそれでいいと言っているのだ。ならば、よしとしといてやろうじゃねぇか。
あとは当事者同士に任せておくとしよう。
とりあえずこれで、俺たちの仕事は終わったようだ。
商売がうまくいくと、こういうトラブルに巻き込まれたりもするんだな……陽だまり亭も気を付けなきゃな。
「ヤシロさん。お疲れ様でした」
「いや。助かったよ。エステラにナタリアも」
「いいよ。四十二区内の悪評は、ボクも見過ごせないからね」
「私は、何もしておりませんので」
本当に何もしてくれなかったよな、ナタリア。
なんであそこで飛び出してこないんだよ?
まぁ、おかげでうまいこと解決できたからいいけどな。
あぁ、そうそう。
俺が左筋肉の懐から取り出した『ように見せた』巨大なバッタは、パウラがとっておいた前回のバッタを見本にベッコに作らせた模型だ。
それを手のひらに忍ばせて左筋肉の懐に手を突っ込み、手を引き抜くと同時に、さも懐から取り出したかのように見せたのだ。
まぁ、手品でよくあるトリックだな。
勘違いが三つも四つも重なれば、事実なんて簡単にねじ曲がる。
俺は虫に詳しくはないし、四十二区にこのバッタがいないとは限らないし、懐にバッタは入っていなかったし、そもそもこのバッタはただの模型だし、何よりも俺はここの店員じゃない。
何もかもが、あの筋肉どもが勝手に思い込んだだけのことだ。……まぁ、俺がそう思い込ませたんだが。
少しは懲りて、もうこの付近をウロウロしないでいてくれればいいんだけどな。
こっから先は、こういう面倒に巻き込まれずに過ごしたいものだな。
そんなささやかな願いくらい、聞いてくれてもいいだろう。なぁ。神様よぅ。
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