異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

106話 陽だまり亭裁判 -2-

公開日時: 2021年1月12日(火) 20:01
文字数:2,157

「一つ質問していいかな、ミスターポンペーオ」

 

 エステラが凛とした顔つきで立ち上がり、ポンペーオの前へと進み出る。そして、真剣な口調で尋ねる。

 

「君の目に四十二区はどう映っているんだい? 君の店が売りにしているケーキが凄まじい勢いで普及していっているわけだけど」

「映ってなどいないな」

 

 ポンペーオはゆったりとした、自信に満ち溢れた口調で答える。

 

「私の店は、『ケーキ』を売りにしているわけではない。『優雅にケーキを食べる、エレガントなひと時』を提供しているのだ。私の店の高級感は、真似をしようとして出来るものではないし、お客様もそれをご存じだからこそ、私の店を贔屓にしてくださっているのだ」

 

 ……の、割にはサービス行き届いてないけどな。

 

 しかし、『貴族が集う店』という看板は大きい。『ラグジュアリーに行く』という行為そのものがステータスになるのだ。それはポンペーオの言う通り、なかなか真似できるものではない。

 

「貴様らがどのようなケーキを作ろうが、興味はない。私は、私のケーキを提供し続けるだけだ」

 

 なかなかに、潔い意見だ。

 こういう思考の持ち主こそが、その他大勢の中から頭一つ抜け出せるんだろうな。揺るぎない信念ってのは、それだけで価値のあるものだ。人の信念なんてのは、ちょっとした不安で簡単に揺らいでしまうものだからな。

 

「そもそも、ウーマロ様のお誘いがなければ私自らが四十二区にわざわざ足を運ぶなどあり得ないことなのだよ。私にとっての四十二区とは、つまりそういう場所なのだ」

 

 胸を張り、気負うことも遠慮することもなく、さも当然の事実を述べるようにポンペーオは言い切る。

 

「そうかい。ありがとう」

 

 短く言って、エステラが踵を返す。

 そして、俺のそばへ身を寄せ小声で耳打ちをしてくる。

 

「見下されてるね」

 

 こそっと呟かれたその言葉は、怒りも卑屈さもなく、ただ「困ったものだね」と苦笑混じりに冗談めかされていた。

 

 それが、この街の『普通』なのだ。

 下層の区は、無条件で見下される。

 ポンペーオの言う通り、見向きもされないのかもしれないな。

 

「ってことは、やっぱ『ポンペーオがライバル店を潰そうとした』って線は……」

「無いだろうね、この様子じゃ」

 

 エステラと視線を交わす。

 もっとも、本気でポンペーオを疑っていたわけではなく、可能性を一つずつ潰していくつもりなのだ。ただ、状況証拠から見て、一番怪しかったのが他区のケーキ屋……すなわちラグジュアリーだったというだけなのだ。

 

「ねぇ、ヤシロ。信じんの、あのいけ好かない男のこと?」

 

 パウラが肩を怒らせてやって来る。

 そして、先ほどエステラがしたように身を寄せてくる。なんか、エステラに対抗心でも燃やしているのだろうか。

 

「あたしは全っ然信用できないんだけど」

 

 小声で放たれた言葉には、ありありと不満の色が見て取れた。

 まぁ、仕方ないかもしれないな。

 

 パウラにとってカンタルチカは人生のすべてと言っても過言ではない。

 料理にも経営にもサービスにも、常に全力で取り組んでいるのだ。

 それに泥を塗るような真似をされたことに、パウラは我慢が出来ないのだろう。

 

 大切なものを汚されたら、誰だってブチ切れる。

 

 分かりやすいたとえで言うなら、清純系で見ているだけで癒されるような大人しい女の子に同僚のチャラ男がちょっかいかけているのを目の当たりにした時のようなものだ。殺意を覚えるね。軽いセクハラとかで笑いを取ろうなんてしてやがったらどんなエグい方法を用いてでも社会的に抹殺してやらなければ気が済まないレベルだ。

 

 と、そう考えるとパウラの怒りも納得できる。

 ただ、困ったことに……パウラの怒りは虫騒動の筋肉たちから、それを操っていた黒幕へと移り、そして現在、『なんとなく怪しい』ポンペーオへと向いてしまっている。

 その推測が事実なら問題はないのだが……はてさて。

 

「ケーキを教えた時も、態度悪かったよね、あいつ」

 

 以前、砂糖普及のためラグジュアリーにケーキを伝授した際、その場にパウラもいたのだが、その時からポンペーオのことが気に食わなかったらしい。

 

「いっそのことさ、こっちからラグジュアリーに乗り込んで、営業できなくしてやれば? そうしたらライバル店じゃなくなるから、こんな嫌がらせしなくなるんじゃないの?」

 

 鼻息を荒らげて、パウラがとんでもないことを言う。ポンペーオが犯人であると、信じて疑わない口ぶりだ。

 気に入らなさが先だって冷静な判断が出来ていないようだ。

 これは、正してやらなけりゃいかんな。

 

「そんなことをしたら俺たちの方こそが悪党だろうが」

「でも、目には目をって言うし……っ!」

「ちょっといいかいパウラ」

 

 持論を捲し立てようとするパウラを、エステラがすっと手を上げて制止させる。

 

「ラグジュアリーが犯人だという証拠がない以上、ボクたちは協力を仰いで調査『させてもらう』立場だってことを忘れてはいけないよ」

「でも…………あんなに、怪しいのに? 目つきもいやらしいし……」

 

 パウラの中では完全に悪人扱いなんだな、ポンペーオは。可哀想に。

 

「目つきはともかくだね……、怪しいからって、誰かれ構わず『精霊の審判』は使えないだろう?」

「そりゃあ……そう、だけど…………まぁ、そうよね、うん」

 

 エステラの言いたいことが伝わったのか、パウラはやや不満そうながらも大人しく身を引いた。

 

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