「なぁ、英雄……」
バルバラが俺の背中を小突く。グーで。
……お前、手加減って言葉知ってる? 超痛いんですけど?
「こんなメンバーで、本当に勝てんのか?」
「あぁ。少なくとも昨日までの白組よりかは、か~な~り、強化されたぞ」
「そ~かぁ~……?」
訝しげに、バルバラが白組助っ人軍団を見渡す。
「なんか、全員どことなく英雄と同じ匂いがしねぇか?」
「「「「「失敬なっ!」」」」」
イネス、デボラ、ニッカ、カール、ソフィー、覚えてろよテメェら。
どの口がほざいてるんだ。
いやむしろ、こっちこそが願い下げだわ。
「……しかし、団結力の低さは問題」
「確かに。烏合の衆感は否めないです……即興でどうにかなる問題でもないですし……」
個々の技術はすごい助っ人チームだが、確かに団結力には乏しい。いや、乏しいというか、ほぼ無いに等しい。
協力的なのは、マーシャとリベカ、それに花火師のカブリエルとマルクスくらいか。
モコカは、よくも悪くもマーゥルに忠実だからいいけど。
んじゃ、いっちょ団結力を高めておくか。
「バルバラ。この給仕長二人は、お前より強いぞ」
「マジか!? こんな細っこい女が、アーシよりか?」
ここ数日きちんと飯を食うようになって、バルバラの体は監獄で会った頃よりも若干ふっくらとして、いい肉付きになっていた。
スピード重視の無駄のない筋肉の付き方だとノーマが言っていたが、並べてみるとイネスやデボラの方が細く見える。特にイネスは深窓のお嬢様のように華奢な体つきをしている。
だが……
「これは、筋肉が引き締まった結果だ。筋肉の質はお前よりもはるかにいい」
これはナタリアやギルベルタと同じ筋肉だ。
主の陰に隠れるため無駄に存在感を出さないよう控えめで、それでいて主の身に何が起きようと瞬時に対応できるような機能性を兼ね備えた細い筋肉。
密度が違うんじゃないかと、俺は睨んでいる。
「一流の給仕長はな、何をやらせても一流にこなしてしまう、超一流の人間なんだよ。この二人は、その超一流だ。俺が保証する」
だって、ナタリアが以前褒めていたしな。
比較するとイネスの方が一歩抜きん出ているらしいが、デボラだって捨てたものではない。と、これもナタリアが言っていた。
ナタリアの言うことは基本的に間違ってはいないものだ。
……まぁ、とある条件下では一切信用できないポンコツになるけどな。特に俺の誤情報なんかをよく拾ってきてやがるし。
「少ない時間で『勝つための助っ人』をと考えた時、真っ先に思い浮かんだのがこの二人だ。それくらいに、俺はこいつらを信用している」
「そーなのか……まぁ、英雄が言うならアーシも信じてやるよ。姐さんが英雄のことは信じとけって言ってたしな」
俺が声をかけられそうな人間の中で抜きん出ていたのは、事実この二人だった。領主が扱いやすいからイネスは確実に引き込めると思ってたし、デボラは以前の『宴』で引っかけてやったらすごく素直だったからあわよくば……ってところだったが。
で、マーゥルに頼めばモコカは引き込めると確信していたし、ソフィーとリベカはパンの試食の際に区民運動会を見に来ると言っていたので引き込んでしまおうと思っていた。
ラッキーだったのは、区民運動会の情報を得たマーシャがウチに駆けつけてくれたことだ。
おかげでマーシャをはじめとして、ニッカとそれにつられたカール、カールについてきたカブリエルとマルクスが味方になった。
デリアの方に行かれていたら苦戦は免れなかった。
花火師の二人はもとより、ニッカとカールもシラハを守る兵士を務められるくらいの身体能力を有しているからな。
この助っ人たちに、マグダとロレッタがいれば、やりようによってはかなりいいところまで行けるはずだ。
そんな頼もしい仲間たちに激励の言葉でも贈ろうかと振り返ると――
「こ、こっちを見ないでください!」
「イネスさんに同じです!」
……給仕長二人が照れていた。
「……なに照れてんの?」
「て、照れてなど……! あ、あなたが柄にもなく人を褒めたりするからです!」
「まさか、そこまで頼りにされているとは……想定外というヤツです、これは」
こいつらは、俺の口からは悪言しか吐き出されないとでも思っていたのか、意外な称賛に驚いてしまったようだ。
で、素直に嬉しくて、ちょっと喜んじゃったところでタイミングよく俺が振り返っちまったもんだから妙に恥ずかしくなったんだな?
分かる分かる。あるわぁ、そういう「どーしたらいいんだよ、この空気?」みたいな時。
……で、給仕長ズの機嫌がちょっとよくなったのはいいんだが……なんで不機嫌になってるヤツがいるんだ?
えぇ、リベカ、マグダ、ロレッタ……
「我が騎士はわしには期待しておらぬということじゃな!? ならばわしはもう頑張ってやらぬのじゃ!」
あぁ……お子様が面倒くさい癇癪を……
「リベカを蔑ろにするとは…………ヤシロさん……夜道にはお気を付けを……」
うん。お前は別の意味で面倒くさい。
アホの姉はリベカが機嫌を直せばつられて機嫌を直すだろう。
じゃあ、後回しになっちまうマグダの頭をぽんっと撫でてから……
「リベカ。お前にはまだ伝えていない重大な……このチームが優勝できるかどうかに関わる、お前にしか出来ない役割があるんだ」
「ほ? なんじゃ? わしにしか出来ない重大な役割というのは? ほれ、言ぅてみるのじゃ」
「リベカは……白組の『可愛い隊長』をお願いしたい!」
「かっ、『可愛い隊長』!? そ、それは、いかような役職なのじゃ!?」
「リベカの可愛さで白組の士気を高め、敵すらも魅了して戦力を削ぎ落とすという、非常に困難で難しいチョーハードな役目なのだが……出来るか?」
「任せるのじゃ! その大役、見事に遂行してみせるのじゃ!」
はい。いっちょ上がり。
で、「あはぁあ! ウチの妹、『可愛い隊長』!」と、姉の方も機嫌が直っている。
……で。
そういうことになると拗ねるのが……
「そしてマグダ」
「…………じぃ~」
見てる見てる……
「マグダが可愛いのは、もう常識になりつつある」
「……飽きた?」
「違う。そうじゃない。……今日のマグダはチームリーダーだ」
「……そう、『可愛い』チームリーダー」
「いや、マグダは『可愛い』チームリーダーじゃない」
マグダの目が見開かれ、口から抑揚のない声で「がーん」と音が漏れる。
だが早まるな。
俺の言葉を最後まで聞け。
「マグダは、『可愛くて頼れる、最強チームリーダー』だ!」
「……か、『可愛くて頼れる、最強チームリーダー』……?」
「今回、リベカが『可愛い隊長』に任命された。それに伴い、妹たちを集めて『可愛い隊』を結成するつもりだ」
「……リベカが、その『可愛い隊』を率いる隊長……」
「そうだ。そして、その『可愛い隊』もひっくるめて、白組を率いるのが、『可愛くて頼れる、最強チームリーダー』である、マグダ、お前だ!」
「…………マグダは、最早『可愛い』だけの存在では……ない?」
マグダの尻尾が、ぴんっ!――と、まっすぐ立つ。
「お前の可愛さは、リベカや妹、テレサやシェリルたちの可愛さとは種類が違うからな」
リベカたちの可愛さは、言ってみれば子供らしい『可愛らしさ』だ。ハビエルが釣れるタイプのヤツだ。釣れた瞬間にイメルダに斧の腹で殴打されるタイプのヤツだ。
かつてはマグダもその領域にいたのだが、最近はそこから一歩踏み出してアイドル的な可愛さでファンを獲得しつつある。
マグダを『可愛らしい子供』ではなく『可愛い少女』として見る連中が多くなっていた。
……とはいえ、それでもジネットたちとはまた毛色の違う『可愛い』だけどな。
まぁ要するにあれだ。
『もう子供ではないけれどまだ庇護対象』という微妙なラインなわけだ。
「……そう。マグダはもう、大人のオンナ」
……ということではないのだが、まぁ、そういうことにしておこう。
髪の毛を「ふぁさぁ~……」っとかき上げ、マグダがリベカの肩に手を載せる。
「……リベカは『可愛い』から、きっと大役を果たしてくれる。……リベカは『可愛い』から」
おぉっと。
勝者の余裕たっぷりな発言が二回も飛び出したな。
「うむ! 任せるのじゃ!」と、元気よく飛び跳ねるリベカの背中を、マグダは満足そうに見つめる。
なんというか「任せたぞ、後輩」みたいな目で。
「……今日のマグダは、『可愛い』だけでは務まらない重要なポジション」
「あぁ、チームリーダーだからな」
「…………でもまぁ、それでも可愛さは溢れ出しているけれどもっ」
どんなに重要な役職に就こうとも、『可愛い』は譲れないらしい。
頭をこすりつけてきて耳もふを催促してくる。
へいへい。可愛い可愛い。
「……むふー!」
「はぁぁああ……後進の出現にも一切揺るがない『可愛い』の権化マグダたんっ! まさに『可愛い』オブ『可愛い』ッス!」
なにバリエーション増やそうとしてんだよ、ウーマロ。
素直に「マジ天使ッスー」って言っとけよ、めんどくせぇキツネだな。
「お姉ちゃん! ワシの可愛さで白組に優勝を引き寄せるのじゃ!」
「……みんな、マグダについて来て」
と、二人の機嫌が直ったので、お次はロレッタだ。
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