女子の第一走者は、青組レジーナ、黄組オシナ、白組ジネット、赤組ベルティーナだ。
おいおい!
メインディッシュが第一レースだと!?
いいのか!?
その後、全部物足りなく感じない!?
大丈夫!?
「それよりも、レジーナ! エステラと代わる気は……」
「ボクの方がないよ! 茶々入れてないで仕事に集中しろー!」
是非ジネットの隣で走ってもらいたかったのだが……と、ここで気が付いた。
あぁ、このレース、運動が苦手なヤツばっかりを集めたのか。
なんと言うか、女子らしい華やかさは素晴らしくあるんだが……スポーツとしての華は微塵もない面子だよな。
そもそも、こいつら『走る』って能力持ってるのか?
そんな不安が胸の中でくすぶりつつ、俺はレースの開始を待った。
「位置について、よぉーい!」
――ッカーン!
鐘の音が鳴り、一斉に走り出…………走り出せよ、レジーナ!
ほのぼのとした足取りで一応走り出したジネットとベルティーナ。オシナもにこにこしながら一応走っていると呼べる感じで移動している。
なのにレジーナは……
「アカン……太陽熱い…………服、脱ぎたい……」
「許可しよう!」
「ダメですよ、ヤシロさん!?」
「レジーナさん、ほら、頑張ってください」
「うふふ~。み~んな競走ってこと、忘れてるのネェ~」
盛大に遅れるレジーナを振り返り、ジネットとベルティーナが声援を飛ばす。
オシナはそんな様を面白そうに眺めている。
……なぁ、お前ら。『競う』って言葉、知ってる?
そうして、ようやくパンのもとまでたどり着いた四人。
ゆっくりと吟味するようにぶら下がったパンを眺めている。
「シスターはどれにしますか?」
「メロンパンです」
「あ、実はわたしもそれにしようかと」
「渡しませんよ」
「では、競走です」
言うや否や、ジネットがメロンパンへと飛びついた。
「あっ!?」なんて声を上げたベルティーナ。焦りを滲ませた、結構レアな表情を見せる。
しかし、予想通りメロンパンはぷら~ん。
着地、そして、ぽぃ~ん!
「あはぁ、メロンが揺れてるぅ~!」
「『パン』ではない方のメロンのことですよね? 確認するまでもなく」
ナタリアがなんか言っているが、ごめん、今ちょっと忙しいからそっち向けない。
「私も負けませんよ、母として!」
そしてベルティーナも飛びつく。
ポニーテールの毛先が揺れて、ゆっさり…………たゅ~ん!
「隠された秘宝、ご光~臨~!」
「必死に拝まれていますが、御利益はないと思われますよ」
御利益はあるさ!
だって、今、俺、物凄く幸せな気分だもの!
「あ~……むっ! アララ、難しいのネェ」
はんなりした跳躍ではんなりとパンを狙ったオシナ。
しかしパンはオシナの動きに同調することなく勢いよく揺れ動く。
「はんなり揺れているぅ~!」
「パンが……では、ないようですね。えぇ、分かっていましたけれども」
そして、太陽の光と熱に焼き尽くされかけているレジーナ。……ヴァンパイアか、お前は。
レジーナはふらふらとした足取りながらもパンへとさらに接近し、真下からもうすっかり諦めたようなげんなりした顔でパンを見上げている。
いや、跳べよ!
「なんや、もう……跳ぶ元気もあらへんわ……」
ちゃんと跳べよ!
お前みたいな引きこもりでも、需要はしっかりあるんだからな!?
期待に応えてこその薬剤師、そうだろ!?
薬剤師がなんのために存在していると思っているんだ!
ん? 怪我や病気を治すため?
正論を言うんじゃない!
そんな正論、聞く耳持ちませんよ! えぇ、持ちませんとも!
「あ~……体操服越しでもラインがはっきり分かってまうこの雄大な膨らみを意図的に揺らしてたら、自然とパンの方から降りてきてくれへんやろうか……ゆっさゆっさ」
「む……仕事の時間か」
「お待ちください、ヤシロ様。さすがにそれは反則が過ぎます」
「あいつ、お前のチームなんだからいいだろ!?」
「そういう問題ではありません」
「あんなに揺れてるのに!? 俺、呼ばれてるのに!」
「それがまかり通るならば、次回からこの競技は中止となるでしょう……とあるぺったんこの領主の一声によって」
おのれ……権力者め……権力者めぇぇ…………っ!
「レジーナ、頑張れ! 未来のために!」
「あかんかぁ……給仕長はんの方が一枚上手やったみたいやなぁ……しゃ~ない、跳ぶか……」
そう言って膝を曲げるレジーナ。
そして、勢いをつけてジャンプ…………出来てない!
膝を伸ばすタイミングと地面を蹴るタイミングが恐ろしいほど噛み合わず、なんか勢いのいい背伸びみたいになってた。
鈍くさい!
鈍くさ過ぎる!
「お前はジネットか!?」
「酷いですよ、ヤシロさん!?」
スキップが出来ないジネットが何か怒っている。
正統な評価をしているつもりなのだが。
ジネットのスキップ、酷いぞ~? リズム感を司る器官が成長するのを忘れたんだろうな。
「わたしだって、頑張ればパンだって取れますもん!」
「まぁ、今現在、まったく取れてないけどな。一切惜しくもないし」
「む、むぅ! それはその……運動が苦手なのは母親譲りなんです!」
「酷いですよ、ジネット!? さすがにジネットと比べれば私の方が動けます」
「そんなことないですもん!」
「では勝負です!」
「望むところです! シスターといえど、手加減はしませんからね!」
似たもの親子が可愛い睨めっこをして、同時にパンを見上げる。
そして何を思ったのか……まぁ、おそらくな~んにも考えてないんだろうけど……「せ~のっ!」と声を掛け合って同時にジャンプした。
だから……競えよ。
同時に跳び上がったジネットとベルティーナ。
小さな口を大きく開けて、共に空中のメロンパンを目指す。……が、『鈍くさい』を具現化したような母娘のジャンプは狙いが盛大に外れており、ジネットの頭がメロンパンを勢いよく弾き飛ばした。
顔に触れる前に頭で弾き飛ばすって……どんだけ目測誤ってんだよ。
で、メロンパンがなくなった空中ではあるが、一度地面を離れた人間は器用に進行方向を変えることが出来ない。
パンもないのに接近し続けるジネットとベルティーナの口と口。
そして、
「あっ!」
と、逃げていったパンを視線で追いかけたジネットのほっぺたに、ベルティーナの唇が「むちゅっ」っと激突した。
「「ひゃぅっ!?」」
そっくりな声を出して、空中で暴れた母娘は揃って体勢を崩し、ほぼ同時に地面へと墜落した。お尻から。
……ジネットがパンを追いかけて顔を動かしてなかったら、口と口がぶつかっていただろうな…………なんて危ない母娘なんだ!?
思わず会場が盛り上がっちゃったじゃないか!
「いたた……」
体に伝わる痛みに自然と声がこぼれ落ちていく。そんな感じでお尻をさするジネット。
しかし、途端に顔が真っ赤に染まり、母と同時にその場に正座した。
「す、すみません、シスター!」
「い、いえ、こちらこそ! 私、あの、夢中で!」
「わたしの方こそ、絶対パンを取るんだって、そのことばかりで! あの、切ったりしてませんか?」
「はい。ジネットのほっぺたが柔らかかったので、平気です!」
「やわ……っ!? し、シスターの唇こそ、ぷにんとしていて柔らかかったです!」
「しょっ、そんなことは……」
と、ひとしきり慌てた後、互いに顔を見合わせて「「ぷふっ!」」と吹き出し、盛大に笑い出した。
「ふふふ……シスターに、チューされてしまいました」
「ふふ……久しぶりですね、ジネットにチューをするのは」
「はい。六歳の時ぶりでしょうか?」
「いいえ。十一歳が最後です」
「そっ、そんな大きくなってからありましたっけ!?」
「はい。久しぶりに教会でお泊まりした時に、昔の怖い夢を見たと……」
「みゃぁあ!? 思い出しました! やめてください! 忘れてください!」
なんか、結構してるっぽいな、チュー。
…………俺も教会に住もうかな。
「……ままぁ」
「ヤシロ様。今、危うく手が出かけましたよ。自重してください、次は堪える自信がありません」
なんだよ。いつまでも甘えん坊な男の子は可愛いんだろう?
女子って、そーゆーもんなんだろう!?
ナタリアには母性が足りないんじゃないかなぁ。
「あはぁ☆ 取れたのネェ!」
アンパンを咥えてニカッと笑うオシナ。
はんなりなペースながらも、ずっとチャレンジし続けていた結果、一番でパンをゲットした。
ずっとずっと、「はん……なり」って感じでおっぱいが揺れていたのを、俺は視界の端で捉え続けていた。こう、「はん……」っと持ち上がって、「……なり」と戻っていく。戻る時の波うちが柔らかさを素敵に表現していたナイスな揺れだった。
観衆の目を大いに楽しませてくれたオシナが、嬉しそうにゴールを目指して駆けていく。
「やわやわなのネェ~☆」
言いながら、アンパンにチューをする。
一応見てたんだな、ジネットたちの珍事を。あんまからかってやるなよ。
「えい……どり……あぁぁあん!」
妙な掛け声で地面を蹴ったレジーナ。
緑の長髪が舞い、レジーナ史上最大級に躍動感のある姿を見せる。
そして、狙い定めたようにぶら下がるジャムパンに食らいつく。
「どないや!」
ランナーズハイだとでもいうのか、運動をしているというのにレジーナがきらきらした目をしていた。
本当に嬉しそうに笑って、パンを咥えて着地を…………失敗しやがった!?
着地と同時に足首があらぬ方向へ曲がってそのまま「ずじゃどじゃ!」という音とともに地面に倒れ込む。
……運動音痴って、どうしてあぁなんだろう。
「大丈夫か、レジーナ?」
「だ……大丈夫や…………ジャムパン、地面に着く前に庇ぅたさかい……」
齧りかけのジャムパンが右手に握られ、頭上に高々と掲げられている。
そんなんいいから、手をついて受け身でも取れよ……
「レジーナ。棄権するか?」
「平気やって。こんなん、あとで自分で手当てしとくわ」
軽ぅ~く言って、レジーナは立ち上がりさっさとゴールしてしまった。
まっすぐ歩けていたし、まぁ、大丈夫なんだろう。
で、最下位争いをしているベルティーナとジネットなんだが……もう、この後ずっとこの風景を眺める会にしようぜ。
ぽぃ~ん、たゆ~ん、ゆっさゆっさ……あぁっ、幸せっ!
「メロンパン、ずっと取れなければいいのに」
「レース中ですが、少し難易度を下げてまいります。運動会の進行的にも、街の風紀的にも問題が発生してしまいますので」
ナタリアがぐるりとグラウンドを見渡す。
コースの外で、戯れる仲良し母娘を眺める男どもが揃いも揃って情けない顔をさらしてやがった。どいつもこいつも鼻の下を伸ばしやがって!
「締まりのない顔をするんじゃねぇよ、ったく」
「ヤシロ様。『おまゆう』です」
いかん。
顔の筋肉がストライキを起こしてしまった。もう緩みっぱなしでもいいんじゃないかって気もしてきた。
しかし、本当にこのままでは埒が明かないので、ナタリアに許可を出す。
ナタリアは迅速に行動を開始し、紐を長くして、鼻の高さにして、両方をメロンパンにした。
もう取り合わずに、仲良く一緒に食べてゴールしろということらしい。
「特別に、手を使ってもいいこととしますか?」
「いや、それはさすがに……」
馬鹿にし過ぎのような……それでちょうどいいような……複雑な気分だ。
「取れました!」
「私の方が少し早かったですけどね」
ほぼ同時にパンを咥えたジネットとベルティーナが同時に走り出す。
互いに負けられないと思っているのだろう。
……が、純粋なかけっこでジネットに負けるヤツはいない。
さしものベルティーナでさえも圧勝だった。
「…………わたし、走る練習をしようかと思います」
地味にショックを受けているらしいジネット。
お前、それはさすがに今さらだろう……
ジョギングするなら付き合うけどね! 毎朝でも! 並走してあげるね☆
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