異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

220話 『宴』の準備6 -3-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,502

 席を立ったイメルダは、静かな足取りでドア……とは反対方向へ進んでいく。

 ……ん?

 そして、おもむろに壁際のキャビネットから一枚の紙を取り出す。

 

「あら、いけませんわ。うっかり手が……」

 

 とかなんとか、わざとらしい声を上げてキャビネットから引っ張り出してきた紙をはらりと床へ落とす。

 その紙がまた、計算され尽くしたかのように床すれすれのところをツツーっと、こっちまで滑ってきやがり、俺たちの足下へと「ふぁさ……」と、落ちる。

 

「イメルダさん、落としましたよ」

 

 よせばいいのに、ジネットが足下へ舞い込んできた紙を拾い上げる。

 俺なんかは、イメルダのにまにました表情を見て胡散臭さをびんびん感じちゃってんだけどな。故に動かない。見てやるものか。

 

「わぁ、すごいですねこれ。ほら、ヤシロさん。見てください」

 

 ……見ないつもりなのに、ジネットが嬉しそうな顔でその紙を俺に向けてくる。

 くそっ、そこまで計算ずくか?

 

 嫌々ながら、ちらりとその紙を見やると……そこには、可愛らしくデフォルメされたイメルダのイラストが描かれていた。

 このタッチは、モコカが描いたものだな。

 

「あらあら、ごめんあそばせ。自慢するつもりはございませんでしたのに」

 

 今俺が、『精霊の審判』を発動すれば、あの金髪ゆるふわパーマのお嬢様はカエルになることだろう。

 自慢する気満々じゃねぇか。見ろ、小鼻がこれでもかと膨らんでやがる。

 

「これは、モコカさんの絵ですね」

「あら、お分かりになって?」

 

 なるだろう、そりゃ。

 お前がモコカに会った時、俺たちはその場にいたんだから。つうか、陽だまり亭だったろうが。

 

「なんでも、モコカさんは美しい女性のイラストを描くのがお好きとか……でしたら、何はなくともワタクシを描くべきだと、ねぇ、そう思いませんこと?」

 

 別に思わないけどな。

 そもそも、その「美しい」の基準はモコカの独断によるものだからな。

 

「ナタリアさんも、まぁ、そこそこに見られるお顔ではありますけれど、やはり『華』という点においては、ワタクシに少々……そこそこ……結構……かなり劣りますものねぇ。おほほほ」

 

 うわぁ……イメルダの嫌なところが凝縮されているようだ。こういうの、最近見せなくなってたのになぁ。根っこのところは変わらないのかなぁ。

 

「ワタクシの方がおっぱい大きいですし!」

 

 うん……変わった。

 お前はそんなヤツじゃなかったはずだ。

 

「エステラさんがおっしゃってました」

 

 隣で、ジネットがぽつりと呟く。

 

「ヤシロさんは……伝染する、と」

「エステラとジネットは後日足つぼ決定だな」

「わ、わたしもですか!?」

 

 その妙に納得した感じがイラッとしたもんでな。罰を受けてもらう。

 

「これ、マグダが見たら対抗心燃やしまくるだろうな」

「おほほほ。マグダさんも確かに愛らしいお顔立ちですが、『いい女』という意味では、まだまだですわね」

「モコカさんにお願いすれば、マグダさんも描いてもらえるんでしょうか?」

「それはないですわ、店長さん」

 

 びしっと断言するイメルダ。

 表情に険しさが表れる。

 

「モコカさんは、心を動かされた物しか描かれないとおっしゃっていましたわ」

 

 あぁ、たしか、そんな風なこと言ってたっけな?

 エステラを描いてもらおうかと思ったのに、実現はしなかったもんな。

 

「なら、モコカさんに描いてもらえたイメルダさんは、認められたということですね。すごいです」

「いいえ、店長さん。それも違いますの」

 

 再びの否定。

 

「お願いしたところ、先ほどワタクシが言ったような内容で断られたのですわ」

「そうだったんですか」

「えぇ。ですので……ベッコさんを利用して強引に描かせましたわ!」

「手段を選ばねぇな、お前は!?」

「ヤシロさんを見習いましたの! 使える権力はフル活用するその手腕を!」

「人聞きが悪いな!」

 

 まぁ、否定は出来ないけども。

 

「美しく描いてほしかったんですわ、どうしても」

「イメルダ、お前なぁ……そんなに自分の美しさとかをゴリ押してくるヤツだったか?」

「ヤシロさんがいけないんですわ」

 

 ツンと、イメルダがそっぽを向く。

 俺が何したってんだよ?

 

「ワタクシのことをあまり褒めてくださらないから」

「お前の頑張りは評価してるだろう?」

「ルックスのことを、ですわ!」

 

 ……なんでんなもん褒めなきゃいけないんだよ。

 

「そもそも、俺はあんまり他人の顔とかスタイルを褒めたりしねぇよ」

 

 安いチャラ男じゃあるまいし。

 

「…………」

「…………」

「……え、なに?」

 

 なんか、ジッと見られてる。

 イメルダと、ジネットにも。おまけに応接室にいる給仕たちにも。

 

「え、俺……そんなに誰かを褒めてる?」

「ナタリアさんをキレイだとか、マグダさんを可愛いだとか、よくおっしゃってる気がしますわ」

「い、いやいや。言ってねぇだろ、そんなこと。……なぁ?」

 

 ジネットに同意を求めるが、首を縦には振ってくれなかった。

 なんとも微妙な顔をされている。

 

「エステラさんにも『よく見ると美人だ』とかおっしゃったそうで」

「いつ言ったよ、そんなこと!?」

「二十四区からの帰りの馬車で、モコカさんにおっしゃいましたわね。『会話記録カンバセーション・レコード』を見せていただきましたわ」

 

 ……そういや、そんなこともあったようななかったような…………

 でもそれは、エステラに「美人」って言ったわけじゃなくて、モコカに「エステラも美人だろ?」って聞いただけで………………うわぁ、俺、何言ってんの?

 

「ワタクシ、そのようなことを言われた記憶がとんとございませんわ」

 

 だから、俺はそういうことは基本的には言わないタイプでな……

 

「っていうか、お前ならいろんな男に散々言われてるだろう?」

「ヤシロさん。誰でもいいというわけではありませんのよ、女性というものは。ねぇ、店長さん」

「え? あ、……まぁ、そう、ですね」

 

 何かを考え、何かを思い、ちらりとこちらを見るジネット。

 その視線の真意が分かんねぇよ。

 

 じゃあなんだ?

 今ここで「二人とも超~かわいい~!」とでも言えば満足なのか?

 

「ちなみに、ただ言えばいいというものでもありませんわ」

 

 じゃあどうしろってんだよ!?

 

「まぁ、ヤシロさんは器用なようで不器用ですから、あまり構えてしまうと逆効果でしょうけれど」

 

 よくお分かりで……けっ。

 

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