飛ぶ!
飛ぶです!
タコスが飛ぶように売れていくです!
「ロレッタちゃん! こっちにタコス四つだ!」
「じゃあ、俺は五つだ! ロレッタちゃん、大至急ね」
「がっはっはっ! ケチクセェケチクセェ! ロレッタちゃん! 俺は十個だ!」
「あ、あの、みなさん。そんなに食べられるです?」
「「「食べる食べる! ロレッタちゃんが作ってくれたものならいくらでもぉ~ん!」」」
「気持ち悪いくらいに揃ってるです!?」
四十二区の大通り。
やたらとガタイのいいオジサン三人がかわいこぶって身悶えているです。
正直、怖いです。
「オジサンたち、いつも一つしか買わないんだよー」
「今日はお姉ちゃんがいるからいっぱい買うのー」
「お姉ちゃん、モテモテー」
「ちょーっと、妹ちゃんたち!? な、何言ってんだい? オジサンたち、今日はすごくお腹が空いているだけで……なぁ?」
「お、おぉ! そうそう! 腹ペコ」
「ロレッタちゃんが作ってくれたタコスをぺろぺろしながら食べたいとか、そんなんじゃねぇから!」
オジサンたちが照れてるです。
むむむ……ちょっと可愛いです。
「それじゃ、頑張って作るです!」
「ロレッタちゃん! 俺ら木こりはさ、『頑張ろう!』って時は、こう、手のひらに『ペッ! ペッ!』って、つ、唾をつけたり、すすす、するんだけどさっ!」
「おいおいおい! お前、それはさすがにダメだろう!?」
「いやいやいやいやしかしながら、期待せずにはいられないっ!」
「だよな! だよな!?」
「「んだんだ!」」
「唾は衛生面上、絶対不許可です」
「「「ですよね~」」」
このオジサンたち、陽気です。
前に、「四十二区の街門を使うのはあたしに会いたいからだ」、とか、言ってくれたです。
なんかくすぐったいです。
人に好意を持たれるのって…………こう、むずむずするです。
もちろん、イヤだとかそんな気持ちは微塵もなく、かといって手玉にとって売上を上げてやろうとか、ちやほやされて有頂天になるとか、そういうのでもなくて…………
「いもうとちゃ~ん!」
「あー、近所のおねーさん!」
「やほー!」
「こんちはー!」
こうやって、笑顔で声をかけてくれるのが嬉しいです。
だって、あたしたちは……
もともと、スラムの人間ですから。
昔は、誰もが目を逸らし、話しかけても不機嫌な顔をされ、仕事もなくて。
頑張って頑張って笑顔を作って、せめて弟や妹たちが大人になった時に不当な扱いを受けないようにって、我武者羅になってたです。
あたしが頑張れば、ハムスター人族は使いものになるって、思ってもらえるかと思って。
でも、全然ダメで……
「はいー、オジサンたち、タコスー」
「あーん! 妹ちゃん、あーん!」
「別料金ー!」
「かぁ~! 抜け目ねぇなぁ!」
「あたりめぇだろ! なぁ、妹ちゃん?」
「うんー! あたりめー」
……今、こうやって妹たちが笑えているのも、弟たちが割と大きな仕事に参加させてもらえているのも――
「よう。頑張ってるな」
「あ……っ!」
――全部、お兄ちゃんのおかげです。
「おにーちゃんだー!」
「おにーちゃーん!」
「がんばってるよーほめてー!」
妹たちがお兄ちゃんに群がるです。
ウチの子たちは、男女問わず、お兄ちゃんのことが大好きです。
……もちろん。長女たるあたしも、です。
「ほらほら。客を待たせちゃダメだろ。接客接客!」
「はーい!」
「頑張ってるとこ見てもらうー!」
「俄然やる気が出てきますなぁー」
「出てくる出てくるー」
妹たちが張り切ってタコスを作り始めるです。
はっ!? あたしも頑張らないと!
オジサンたちは、あたしのタコスを食べたいって言ってたです。
……でも、折角お兄ちゃんが来てくれたですし……チラリ。
視線を送ると、何かを察したのか、一瞬まぶたを閉じ……カッ! っと目を見開くと、お兄ちゃんはこんなことを言ったです。
「お前の腕前を見せてもらおうか」
まるで、武術の師匠みたいな風格で言い放つ様は、威風堂々としていて……ちょっとおかしかったです。
ならばっ!
「見せてあげるです! タコスを極めたあたしの華麗なる……っ!」
と、タコスに挟む味付き肉を取ろうとしたら、箸が滑ってお肉がぽーん……
無駄にしてはいけないと思わず左手でキャッチ!
……あっ!? 素手で触ったものはお客さんに出せないです!? と、自分の口へぽい!
「おぉー!」
「華麗なるつまみ食いやー」
「おねーちゃんすごーい!」
「おにーちゃんの前でいい度胸ー!」
はっ!?
「ち、ちち、違うです! これは、不慮の事故で、仕方なく……い、痛たたたた! 無言でほっぺたつねるのやめてです! ごめんです! 華麗な技とかやめて普通に作るですから!」
無言で頬袋をむにむにするお兄ちゃん。……顔が怖いです。
その様を「にやにや、ロレッタちゃんの半泣き顔は癒されるなぁ~」みたいに見つめるオジサンたち……違う意味で顔が怖いです。
それから、注文を受けたタコスを作り上げ、それ以降の接客は妹たちに任せて、少しだけ、お兄ちゃんと話をする時間を作ったです。
姉の権限です。特権です。
……勝負時です。
「お兄ちゃん、……その、ど、どうです?」
あたしのこと、思い出したです?
そう聞きたかったのだけれど、なんだか怖くて、言葉を濁したです。
「おう。まぁまぁだな」
「……へ? まぁまぁ?」
「完成品のクオリティは問題ないが、ちょっと手際がな。まだ無駄が多いよ、お前は」
……はっ!?
あたしの仕事ぶりについて答えられてるです!?
そこじゃないです、あたしが「どうですか」と聞いたのは!?
「にしても。お前目当てに来る客っているんだな」
「いるですよ! これでも結構ファンがいるですよ!」
「隠れファンな」
「なんで隠れてるです!? 堂々とファンを明言してほしいです!」
「バカ、お前! いじめられたらどうする!?」
「いじめられないですよ!?」
みんなの可愛いロレッタちゃんですよ!?
って、そうじゃなくて!
「ですから、あの……その…………名前、とか……」
「妹たちのか? 無茶言うなよ。一覧でも作ってくれよ」
「無茶言わないでです!?」
弟妹の名前一覧なんか書いたら、きっと鈍器みたいな分厚さの本になっちゃうです。
そして、完成するまでの間にまたどんどん増えていくですよ!?
……って。
お兄ちゃんが話をはぐらかしているということは……きっとまだ思い出せていないです。
あたしを傷付けないように、わざとそうやってふざけてくれているですね。
優しいお兄ちゃんです。
……ちょっと、寂しいですけど。
「なぁ……」
優しい声がして、視線を向けると……お兄ちゃんがこっちを見てたです。
沈んだ顔、見られちゃったかもです……
「そんな顔すんなよ、チクビーナ」
「それあたしじゃないですっ!? 名誉棄損もいいとこです! あたしに乳首イメージはないです!」
「オシリーナ」
「お尻でもないですよ!?」
「オシリーナ(軟膏)」
「なんの薬です!? 確実に痔に効くヤツですよね、それ!?」
「それが、お前だ」
「違うですよ! さっきからあたし、否定しかしてないです!」
あたしを傷付けるために、わざとそうやってふざけてるように見えてきたです!
酷いお兄ちゃんです!
「ぷくぅ~、ですっ!」
「おぉ、さすが頬袋。ものすげぇ膨らむな」
パンパンに膨らんだほっぺたをお兄ちゃんがぷしぷし刺してくるです。
ふんです。頬袋ではないです。ただのほっぺたですもん。
そんなぷしぷししたって機嫌は直らな……むぅ……こんな触れ合いが、ちょっと嬉しいから困るです。
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