「おーい、ヤシロ! 野菜を持ってきたぞぉ!」
「見てくれ! 漁を控えていた甲斐があって、こんなデカい鮭が捕れたぞ!」
モーマットとデリアが二人一緒に店へと入ってくる。
タイミングのいいヤツらだな。
「あら、お夕飯?」
「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るわね」
デリアたちを見て、ママ友連中が席を立つ。
順番に会計を済ませ、帰り支度を進める。
「ごちそうさま。美味しかったわよ」
「はい。ありがとうございます」
「お姉ちゃん、美味しかったよぉお!」
「おいしかったぁぁぁあっ!」
「ありがとうございます。旗、当たってよかったですね」
「「うんんんんんんんっ!」」
夕方だってのに、まだ元気が有り余っているガキども。ちょっと分けろ、その体力。
「おにいちゃん! ばいばーい!」
「おう! じゃあな」
「またねー!」
「気を付けてなー!」
「またねー!」
「前見て歩け、転ぶぞ!」
「ばいばーい!」
「はいはい。バイバイ、バイバイ!」
賑やかにガキどもが店を出ていく。
さて、俺はトイレに行くかね。
「おい、ヤシロ」
トイレに行きかけた俺を、モーマットが呼び止める。
「なんだよ? 俺が先だぞ? 予約してたんだ」
「便所くらい行ってくりゃいいがよ、お前……」
「ん?」
モーマットはなんだか難しい顔をした後で「いや、やっぱなんでもねぇわ」と手を振った。
なんなんだよ? まったく、よく分からんヤツだ。
あ、あれか? やっぱ本当は先に行きたかったのか?
トイレの順番を代わってほしいなら素直に言えばいいのに。まぁ、代わってやらんけど。
トイレに入り、さっさとするものを済ませて、俺は出発の準備をする。
トイレから出ると、ドアの前にモーマットがいた。
「……エッチ」
「お前に言われても嬉しくねぇよ」
うわ……女の子に言われると嬉しいんだ……こいつ、変態なんだな…………うわぁ……
「なぁ、ヤシロよぉ」
女の子に罵られたい性癖を抱えるモーマットが、妙に真剣な顔で俺に聞いてくる。
「今回の大食い大会……勝てるよな?」
「んなもん、俺に聞くなよ。デリアに聞け。あいつ、選手だから」
「その選手を選んだのは、お前だろ?」
「俺が選ばなくても、自然と選出されたであろう連中ばっかりだよ」
トップ4は揺るぎないのだ。
「だが、お前が確信持って行けると踏んだ連中なんだろ?」
「……なんだよ、モーマット。俺にプレッシャーを与えたいのか?」
「いや、そうじゃねぇ。そうじゃねぇが……」
いつになく渋い表情をして、モーマットが俺の肩をバシンと叩く。
「信じてるからな。……いろいろと」
何が『いろいろと』だ。
気持ち悪いことこの上ねぇわ。
なんだか調子が狂う。
どいつもこいつも、全責任を俺に押しつけようとしてるんじゃないだろうな?
ここらで一回、派手に負けてやった方がいいのかもしれんな。
「鍋の準備をしてっからよ。早く帰ってこいよ」
「だったら、早く行かせろよ」
「待ってるからな」
「先に食ってていいぞ」
食い意地の張ったワニ顔の肩をポンと叩いて、俺は出口へと向かう。
フロアで、ジネットとデリアが談笑していた。
あぁ、いいねぇ。やっぱ辛気臭いオッサンと話すより、おっぱいのデカい美女を見ている方が心が和む。…………これからウーマロに会いに行くのかと思うと、ちょっと憂鬱になるけどな。またオッサンか……
「たぶん、俺と入れ違いでマグダたちが戻ってくるから、先に食ってていいぞ」
「いいえ。帰りをお待ちしています」
「夜食うと、太るぞ?」
「ぅ……そ、それでも、みんなで食べたいですから……」
そうかい。
「んじゃ、二十時を過ぎても戻らなかったら、先に食ってろな」
「いいえ」
ジネットはふわりと笑みを浮かべ、腕を伸ばして俺の襟元を正しながら、さも当然のことのように言う。
「ヤシロさんが戻ってくるまで、待っています」
それはそれで、ちょっとプレッシャーなんだけどな。
「まぁ、ほどほどにな」
ジネットの頭をぽんと叩いて、俺は店を出る…………はずが。
「ジネット……どうした?」
「あ……いえ…………その……」
服の袖を、ジネットがキュッと……弱い力で握っていた。
頭を撫でた腕に、思わず手が伸びてしまった。そんな感じがした。
「…………あの」
「すぐ戻るよ」
「へ……」
袖を摘まむ指をそっと包み込み、ゆっくりと腕を下ろす。
「……はい」
ほっとした表情を見せ、ジネットはようやく笑ってくれた。
……なんか、いかんな。
「じゃ、行ってくる」
「はい。お気を付けて」
口元に笑みを浮かべて、笑顔を作ったつもりだ。
だが、自信がなくてすぐに顔を逸らしてしまった。
店を出ると、ジネットが外までついてきて、こんな一言を付け足した。
「美味しいお鍋を作って、待ってますね」
「あぁ。行ってきます」
手を上げて、俺は大通りへ向かって歩き出す。
……どうにも、やりにくい。
ここ最近……そうだな、正確には年が明けた頃あたりからか……どうも周囲からの目がおかしくなり始めやがったのだ。
モーマットの畑が石灰によって改善された時、ゴロツキどもの嫌がらせを撃退した時、そして大食い大会と……周りのヤツらは口を揃えてこう言いやがる。
「さすがヤシロだ」
……さすがってなんだよ。
お前ら、もしかして勘違いしてんじゃねぇのか?
『ヤシロに頼めば、きっとなんとかしてくれる』って……
冗談じゃねぇぞ。
俺は詐欺師だ。
俺がここに留まっているのは、この街の情報を集めるためで、『精霊の審判』なんてふざけたものを打ち破るための秘策を練るためで…………俺が、この街で詐欺師として成功するためで………………
「くそ……っ」
こんなに顔の割れた詐欺師がどこにいる。
「……そろそろ、潮時かもなぁ」
まぁ、だからといって、今すぐどうこうしなければいけないってわけでもないけどな。
ただ、「また明日、また明日」と先延ばしにしていくのだけは、ちょっと違うと思う。
「そのうち……機会が来たら、な」
だがきっと、それは今ではない。
俺にはまだやるべきことがあるのだ。
とりあえずは…………
「さっさとウーマロに会って、鍋を食いに帰る……ってとこかな」
今でなくてもいい。けれどいつか来るその日を、俺はとりあえず心の奥へとしまい込んだ。
そんなことを考えていると、きっとジネットに見抜かれちまう。
ボーっとしてそうで、案外鋭いヤツだからな。
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