異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

126話 頼られる -2-

公開日時: 2021年2月2日(火) 20:01
文字数:2,515

「おーい、ヤシロ! 野菜を持ってきたぞぉ!」

「見てくれ! 漁を控えていた甲斐があって、こんなデカい鮭が捕れたぞ!」

 

 モーマットとデリアが二人一緒に店へと入ってくる。

 タイミングのいいヤツらだな。

 

「あら、お夕飯?」

「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るわね」

 

 デリアたちを見て、ママ友連中が席を立つ。

 順番に会計を済ませ、帰り支度を進める。

 

「ごちそうさま。美味しかったわよ」

「はい。ありがとうございます」

「お姉ちゃん、美味しかったよぉお!」

「おいしかったぁぁぁあっ!」

「ありがとうございます。旗、当たってよかったですね」

「「うんんんんんんんっ!」」

 

 夕方だってのに、まだ元気が有り余っているガキども。ちょっと分けろ、その体力。

 

「おにいちゃん! ばいばーい!」

「おう! じゃあな」

「またねー!」

「気を付けてなー!」

「またねー!」

「前見て歩け、転ぶぞ!」

「ばいばーい!」

「はいはい。バイバイ、バイバイ!」

 

 賑やかにガキどもが店を出ていく。

 さて、俺はトイレに行くかね。

 

「おい、ヤシロ」

 

 トイレに行きかけた俺を、モーマットが呼び止める。

 

「なんだよ? 俺が先だぞ? 予約してたんだ」

「便所くらい行ってくりゃいいがよ、お前……」

「ん?」

 

 モーマットはなんだか難しい顔をした後で「いや、やっぱなんでもねぇわ」と手を振った。

 なんなんだよ? まったく、よく分からんヤツだ。

 あ、あれか? やっぱ本当は先に行きたかったのか?

 トイレの順番を代わってほしいなら素直に言えばいいのに。まぁ、代わってやらんけど。

 トイレに入り、さっさとするものを済ませて、俺は出発の準備をする。

 

 トイレから出ると、ドアの前にモーマットがいた。

 

「……エッチ」

「お前に言われても嬉しくねぇよ」

 

 うわ……女の子に言われると嬉しいんだ……こいつ、変態なんだな…………うわぁ……

 

「なぁ、ヤシロよぉ」

 

 女の子に罵られたい性癖を抱えるモーマットが、妙に真剣な顔で俺に聞いてくる。

 

「今回の大食い大会……勝てるよな?」

「んなもん、俺に聞くなよ。デリアに聞け。あいつ、選手だから」

「その選手を選んだのは、お前だろ?」

「俺が選ばなくても、自然と選出されたであろう連中ばっかりだよ」

 

 トップ4は揺るぎないのだ。

 

「だが、お前が確信持って行けると踏んだ連中なんだろ?」

「……なんだよ、モーマット。俺にプレッシャーを与えたいのか?」

「いや、そうじゃねぇ。そうじゃねぇが……」

 

 いつになく渋い表情をして、モーマットが俺の肩をバシンと叩く。

 

「信じてるからな。……いろいろと」

 

 何が『いろいろと』だ。

 気持ち悪いことこの上ねぇわ。

 

 なんだか調子が狂う。

 どいつもこいつも、全責任を俺に押しつけようとしてるんじゃないだろうな?

 ここらで一回、派手に負けてやった方がいいのかもしれんな。

 

「鍋の準備をしてっからよ。早く帰ってこいよ」

「だったら、早く行かせろよ」

「待ってるからな」

「先に食ってていいぞ」

 

 食い意地の張ったワニ顔の肩をポンと叩いて、俺は出口へと向かう。

 フロアで、ジネットとデリアが談笑していた。

 あぁ、いいねぇ。やっぱ辛気臭いオッサンと話すより、おっぱいのデカい美女を見ている方が心が和む。…………これからウーマロに会いに行くのかと思うと、ちょっと憂鬱になるけどな。またオッサンか……

 

「たぶん、俺と入れ違いでマグダたちが戻ってくるから、先に食ってていいぞ」

「いいえ。帰りをお待ちしています」

「夜食うと、太るぞ?」

「ぅ……そ、それでも、みんなで食べたいですから……」

 

 そうかい。

 

「んじゃ、二十時を過ぎても戻らなかったら、先に食ってろな」

「いいえ」

 

 ジネットはふわりと笑みを浮かべ、腕を伸ばして俺の襟元を正しながら、さも当然のことのように言う。

 

「ヤシロさんが戻ってくるまで、待っています」

 

 それはそれで、ちょっとプレッシャーなんだけどな。

 

「まぁ、ほどほどにな」

 

 ジネットの頭をぽんと叩いて、俺は店を出る…………はずが。

 

「ジネット……どうした?」

「あ……いえ…………その……」

 

 服の袖を、ジネットがキュッと……弱い力で握っていた。

 頭を撫でた腕に、思わず手が伸びてしまった。そんな感じがした。

 

「…………あの」

「すぐ戻るよ」

「へ……」

 

 袖を摘まむ指をそっと包み込み、ゆっくりと腕を下ろす。

 

「……はい」

 

 ほっとした表情を見せ、ジネットはようやく笑ってくれた。

 

 

 ……なんか、いかんな。

 

 

「じゃ、行ってくる」

「はい。お気を付けて」

 

 口元に笑みを浮かべて、笑顔を作ったつもりだ。

 だが、自信がなくてすぐに顔を逸らしてしまった。

 

 店を出ると、ジネットが外までついてきて、こんな一言を付け足した。

 

「美味しいお鍋を作って、待ってますね」

「あぁ。行ってきます」

 

 手を上げて、俺は大通りへ向かって歩き出す。

 

 

 ……どうにも、やりにくい。

 

 

 ここ最近……そうだな、正確には年が明けた頃あたりからか……どうも周囲からの目がおかしくなり始めやがったのだ。

 モーマットの畑が石灰によって改善された時、ゴロツキどもの嫌がらせを撃退した時、そして大食い大会と……周りのヤツらは口を揃えてこう言いやがる。

 

「さすがヤシロだ」

 

 ……さすがってなんだよ。

 お前ら、もしかして勘違いしてんじゃねぇのか?

 

『ヤシロに頼めば、きっとなんとかしてくれる』って……

 

 冗談じゃねぇぞ。

 俺は詐欺師だ。

 俺がここに留まっているのは、この街の情報を集めるためで、『精霊の審判』なんてふざけたものを打ち破るための秘策を練るためで…………俺が、この街で詐欺師として成功するためで………………

 

「くそ……っ」

 

 こんなに顔の割れた詐欺師がどこにいる。

 

「……そろそろ、潮時かもなぁ」

 

 まぁ、だからといって、今すぐどうこうしなければいけないってわけでもないけどな。

 ただ、「また明日、また明日」と先延ばしにしていくのだけは、ちょっと違うと思う。

 

「そのうち……機会が来たら、な」

 

 だがきっと、それは今ではない。

 俺にはまだやるべきことがあるのだ。

 とりあえずは…………

 

「さっさとウーマロに会って、鍋を食いに帰る……ってとこかな」

 

 今でなくてもいい。けれどいつか来るその日を、俺はとりあえず心の奥へとしまい込んだ。

 そんなことを考えていると、きっとジネットに見抜かれちまう。

 ボーっとしてそうで、案外鋭いヤツだからな。

 

 

 

 

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