「ヤシロさん。わたしたちも負けてられませんね」
ジネットが俺の隣で腕まくりをして、力こぶを作ってみせる。……いや、すげぇぷにぷにだけどな。摘まみた~い。
……ぷにょん。
「にょっ!?」
あ、いかん。摘まみたい衝動が抑えきれなかった。
「あ、あの……すみません、鍛えていませんもので……ぷにぷにで……」
「いやいや。ぷにぷにの方がいいんだよ。間違ってもメドラみたいにはなるなよ」
「わたしでは、あの高みには到達できません」
うふふと、ジネットが笑みを零す。
なんだか、最近ジネットの表情が前にも増して柔らかくなった気がする。
「……? どうかしましたか?」
こうやって、俺をジッと見つめて、小さな変化に気付き、問いかけてきたり。なんてことを、最近はよくするようになっている。
今までは店や自分のことで精一杯って感じがあったんだが……マグダたちが戦力として成長したおかげでゆとりでも出来たのだろうか。
「ジネット」
「はい」
「ゆとりがあるな」
「おっ、お肉のことでしょうかっ!? す、すす、すみません……最近なんだか食べる物がみんな美味しく感じられて……つい…………以後節制に励みます……」
ん?
いや、別にそういうつもりで言ったんではないのだが……
ちょっと傷付けてしまっただろうか。
「……これ以上、大きくなると…………困ります、もんね」
と、大きな胸を押さえて呟く。
「おっぱいが育つのは大歓迎だっ!」
「のゎぁああっ! こ、声が大きいです! あぅっ! あのっ! みなさん、なんでもないんです! これは、その、とにかく、なんでもないですっ!」
こちらへと視線を向ける参加者たちにペコペコと頭を下げるジネット。
耳まで真っ赤だ。
「ももももぅ! ヤシロさんのせいで、は、恥ずかしかったじゃないですかっ! もう! もう! もう!」
俺を三度ほどぱかぱかと叩いて、赤い顔をしたまま「厨房に行ってきますっ!」と、俺を残して走っていってしまった。
周りにいる連中がニヤニヤとそんなやり取りを眺めていた。
んだよ。見んじゃねぇよ。
ヤシロさんのせいで……なんて、これまではあまり口にしなかったよな。
それだけ、俺という存在に心を許しているということなんだろうな。
…………ふむ。
なんだろうか、この感じ…………
「ヤシロ」
考え事をしていると、エステラが突然目の前に現れた。
「ぅおう!? ……脅かすなよ」
「どうしたのさ、ボーっとして?」
「いや、おっぱいのことをちょっと考えていて……」
「聞いて損したっ!」
エステラが呆れ果てたような目で見てくる。
うん。なんだろう、こういう感じの方がしっくりくるんだよなぁ…………え、俺って罵られるのが好きなの? え、マジで?
「それにしても考えたよね。お子様ランチの大人バージョンだなんて」
「店の数に対し、出せる回数が絶対的に足りないからな」
「それで、全部載せちゃえって? 発想が極端過ぎるよね。でも、いい案だと思うよ」
「まぁ、大人プレートはどこに行っても食えないんだけどな」
「なら、期間限定でどこかの店で出してみたら?」
エステラが思いがけないことを言ってきた。
各店から一品ずつ提供してもらう大人様ランチは、どこかの店で出すことが出来ない。
だが、期間限定でなら……例えば、大食い大会開催中に四十一区に借りる食堂でのみ販売するとか……それ以後は大通りに場所を設けて……いや待て、イベントがあるごとに特別販売ということにすればプレミア感がついて……
「エステラ! ナイスアイデアだ!」
「え? ホ、ホント!?」
期間限定で食べられるスペシャルな料理。
季節の定番になるかもしれんな。まぁ、季節が無いんだが……毎年この時期になると食べられる物ってのは一定数の売り上げを危なげなく叩き出してくれる。
土用の丑とか、冷やし中華とか、クリスマスケーキとか。
うん。悪くない案だ。
「へへ……ヤシロに褒められると、なんか嬉しいな」
やけに上機嫌なエステラが、もじもじとしてはにかんでいる。
「俺に褒められるくらいなんだよ? そんな価値ねぇぞ」
「だって、ヤシロの頭の中ってボクたちには想像がつかないんだもん。そのヤシロが思いついてないことを提案できたって……へへ、ちょっと自慢しちゃいそうだなぁ」
「大袈裟だっつの」
俺は別に諸葛孔明でも真田幸村でもねぇぞ。
「でも、ホント。ヤシロがいてくれてよかった」
「なんだ? お世辞のお返しか? いらねぇよ、そんなもん」
「お世辞じゃなくて」
エステラが俺の手を取り、まっすぐに目を見つめてくる。
「君がいなければ、きっと四十二区は何も変わっていなかった。……いや、きっと大雨の被害で壊滅していただろう……心から感謝しているよ。ありがとう、ヤシロ」
「………………が、柄じゃねぇよ」
物凄く居心地が悪い。
なんだろう……エステラが真面目だと不安になる……やっぱり俺って罵られるくらいのが好きなのかな?
「ヤシロはもう、四十二区には欠かせない存在になっちゃったね」
「……え?」
「いっそのことさ…………領主とか…………やってみ………………ぅああああやっぱりなんでもない! もう、ヤシロのバカッ!」
「どぅっ!」
理不尽なパンチをみぞおちにもらい、俺はその場に蹲る。
「は、恥ずかしいっ!」
そんな言葉を残して走り去っていくエステラ。
どんな顔をしていたのかは知らん。蹲っていたからな。
……しかし、なんなんだよ、これ。
この……言いようのない不安感は。
何かがちぐはぐなんだ。
大会前だってのに妙に穏やかだからか?
それはあるかもしれない。ここにいるヤツらは勝負のことなんか何も考えていない。
宣伝の方に重点を置いている者は、今の状況を楽観的に受け止められるだろう。
結果如何にかかわらず、自分の店の名物を宣伝できるのだから……
だが、もし勝負に負けたら……
「まさか、リカルドが四十二区を乗っ取るなんてことは……思っちゃいねぇが」
街門を作ることで、四十一区にかなりの恩恵が出ることを説明し、納得させられれば、今回の大会でどの区が優勝したとしても街門は作れるだろう。
だが、工期は遅れる。それも大幅にだ。
今でさえかなり遅れてるってのに……早くしないと……………………早く、しないと………………どうしよう、特に困ることがない。
いや、確かに、早いに越したことはないんだ。
早く完成すれば、その分街道は早く開通するし、陽だまり亭は晴れて街道沿いという好立地を手にすることが出来る。
それが遅れたとしたら…………特に、困らない、か?
あれ? もしかして、今回の大会……負けてもいいの?
「いや、そんなわけねぇだろ」
思わず自分にツッコミを入れてしまった。
負けていい勝負なんかありはしない。負けても巻き返せるってだけで、勝つに越したことはないんだ。
試合に勝って、正々堂々、誰にも文句を言わせずに街門を作るんだ。
そのためには…………強力な選手が必要だな。
ベルティーナとマグダは確定として、デリアとウーマロの実力を見ておくか……そして、残りのメンバーを誰にするか…………予選大会でもするか。
「ねぇ、ヤシロ」
頭上から、パウラの声が降ってくる。
「床に蹲って何ブツブツ言ってるの?」
「……諸事情により立ち上がる気力を奪われたんだよ」
「そんなところで蹲られると、近くを通れなくて困るんだけど?」
「なんでだ?」
「なんでって……」
顔を上げると、パウラの健康的な眩しい太ももが目に入った。もう少し姿勢を低くすれば短いスカートのその奥が覗けそうだ…………
「遠慮なく通ればいい。俺も遠慮なくスカートを覗き込むから」
「そうされるから通れないって言ってんの!」
解せん。
通ればいいのに。むしろ通ってください!
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