「「「よこちぃ!」」」
「「「したちぃ!」」」
ガキどもが群がってくる。
えぇい、わらわらと!
分かってはいたが、心構えがあろうと煩わしいものは煩わしい!
というわけで、ジネットバリアー!
「みなさ~ん。あんまり乱暴にすると、したちぃさんが困ってしまいますよ。優しくしてあげてくださいね」
「「「はーい!」」」
とんでもないスピードで飯を掻き込んで、教会の庭に飛び出してきたガキども。
「遊ぶのは食事の後ですよ」というジネットの言いつけを守った結果なのだが、味わって食えよ、ジネットの飯。もったいねぇ。
「したちぃさん」
ゆっくりとした歩調でベルティーナが歩いてくる。
背後には、項垂れた悪ガキ二人を連れて。
「この子たちから、お話があるそうです」
そう言って、ベルティーナに背を押された悪ガキ二人が俺の前へと進み出る。
「「お尻、蹴って、ごめんなさい」」
この悪ガキ二人は、案の定俺のケツを蹴ってきやがった。
なので、「物凄く悲しいわ……え~んえ~ん」と泣く仕草をしてみせたらすっげぇおろおろして、あわあわ言って、最終的に懺悔室へと連れて行かれたのだ。
「人が嫌がることをしてはいけません」と、ベルティーナに説教されていた。
「乱暴はいけません」じゃないところがこの街っぽい。
ガキがやってほしがることって、結構乱暴なのが多いからなぁ。ぐるんぐるん振り回したり、マグダが空中に放り投げたり。
あれらは、本人たちが喜んでいるので、ケガさせさせなければOKらしい。
日本じゃ、ガキが不注意で怪我をしても遊具のせいにされるのになぁ。随分おおらかな街だ。
なんにせよ、年長のデカいガキが二人、こってり絞られて半泣きで謝罪をする姿は、この街のガキどもに「着ぐるみは蹴っちゃいけない」と分からせるのに効果覿面だっただろう。
こうして、マスコットキャラクターとの付き合い方を浸透させていけばいい。
マスコットキャラは心も綺麗でなければいけないので、悪ガキであろうと謝ったならば許してやらなければいけない。
俯く悪ガキ二人の頭をぽんぽんと撫で、にっこりと微笑んでやる。
「……あはっ!」
ほっとした顔を見せる悪ガキ二人。
そんなガキどもに、ジネットが優しく語りかける。
「仲直りできたなら、今度はあなたたちがしたちぃさんを守ってあげてくださいね。したちぃさんは、か弱い女の子ですから」
中身は俺だが、したちぃは女の子という設定だ。
それに、今後着ぐるみの中身は女性限定にする予定だ。
女性が気兼ねなく抱きつけるようにな。
着ぐるみは結構つらいんだが……この街、俺とは比べ物にならないくらいパワフルな女子が多いからなぁ。まぁ、大丈夫だろう。
「こら、叩いちゃダメだぞ!」
「もっと優しくな!」
こうして、一度意識を変えてやれば、張り切っちゃうのがガキという生き物だ。
実に単純。
実に扱いやすい。
「それにしても、……ふふ。本当に可愛いですね」
ベルティーナがしたちぃを見ながら微笑む。
お説教時の凛とした表情はもうどこにも見当たらず、いつもの穏やかな微笑が浮かんでいる。
反省すれば許す。ベルティーナはそういう教育を徹底している。
「ぎゅっとしてもらうと、とっても気持ちがいいんですよ」
「えっ、いえ、でも……私は」
ベルティーナは、中身が俺だと知っている。
なので遠慮したくなる気持ちも分かる。
だが。
「みんな、楽しそうですよ」
と、ジネットが指さす先には、小さいガキんちょが無数しがみつくよこちぃの姿があった。
体全部にガキが張り付いている。
トト□か、お前は。あ、一応伏せ字だぞ。よく見てみろ、『□』だから。
「…………!」
「きゃははは!」
「よこちぃ!」
「しゅき~!」
「……っ! ……っ! ……っ!」
無数の女児にしがみつかれて、よこちぃがハッスルしている。
「少々はしゃぎ過ぎですわよ……よこちぃさん?」
「……っ!?」
背後に怖ぁ~い顔をしたお目付け役がいること、忘れてたみたいだな、よこちぃ。
ハビエルのヤツ、木こりを辞めて着ぐるみ師になるとか言い出さなきゃいいけどな。
……言い出しそうだなぁ。
ちなみに、レジーナはゴムの研究がしたいと帰っていった。
ノーマとウクリネスは……もう、そっとしておくことにした。
少しでも睡眠時間が取れるように、朝のうちにさっさと追い返した。日が出ている間に精々研究してくれ。
マグダとロレッタははしゃぐガキどもを落ち着かせ、秩序を守る役割に従事している。
エステラとナタリア、それからルシアとギルベルタは次の仕事の打ち合わせだ。
ハードスケジュールで講習会場を作らなければいけない大工たち。
――の中から、ウーマロと数名の大工を引き抜いてきてもらう。
ついでだから、アトラクションの見本も作ってしまおうと思って。
下水工事は何度もやってるし、トルベック工務店の連中がいればどうとでもなる。
それに、ゆくゆく壊す会場なんか、ウーマロ抜きでもなんとかなるだろう。
よし、ウーマロは手を空けられるな。
あとは使えそうなのを二~三人見繕って拉致してくればいい。
なんてことを考えていると、ベルティーナがそろ~りと、俺の前へとやって来た。
やや俯いて、遠慮がちに、したちぃの頭へ手を伸ばす。
とす……っと、着ぐるみの頭に手を置いて、そっと撫でる。
「ふふ……。かわいいです」
満足そうに笑っている顔が、決して満足ではないことを、俺は知っている。
遠慮してる時の顔だな、これは。
ちらりとジネットを見やれば、俺の考えが正しいことを証明するようにこくりと頷いた。
両手を広げてみせれば、ベルティーナが「へぅっ!?」っと声を漏らした。
抱きついていいよの合図なのだが、どうにも照れくさいらしい。
したちぃが両腕を広げれば、ガキどもがキラキラした瞳で飛びついてくる。
十歳前後の女子でもためらいなく抱きついてくる。
むしろ逆に十歳以上の男どもが照れて抱きついてこようとしない。照れてんじゃねぇよ、思春期が。
何人かのガキを抱きしめてみせれば、ベルティーナの表情も少しほぐれた。
だが、やはり恥ずかしさはなくならないようで。
「あの……ジネット。出来れば、一緒に……」
一人では恥ずかしいので、娘を巻き込もう大作戦だ。
母親に甘々なジネットは、当然それを承諾する。
結果として、ベルティーナとジネットがくっつくようにして立ち、俺が二人まとめて抱きしめる。
ふわっとした感触になるように、強過ぎず、弱過ぎず。
「ふふ……、なんだか、くすぐったいですね」
「でも、とても嬉しそうですよ、シスター」
「はい。とても満たされた気持ちです」
被り物越しではあるが、顔を寄せ合って笑うジネットとベルティーナが目の前に、いや、腕の中にいる。
……うむ。
俺、仕事辞めて着ぐるみ師になろうかなぁ。
とりあえず、バレないように、腕を胸元へ……
「刺すよ、したちぃ?」
肩が「びくぅっ!?」っと跳ねた。
……だから、揺れる音もさせずに背後に立つな、エステラ。
着ぐるみのせいで、気配を感じ取りにくくなっているんだから。
ジネットたちを解放して振り返ると、話し合いを終えたエステラが仁王立ちしていた。
「したちぃは、そんな下心を持ち合わせてはいない……よね?」
でもさ、女の子同士ならおっぱい揉み放題なんだろ?
よく見るぞ。アニメの温泉回で。大きくなったとか言って揉み合うのがマナーなんだろ!?
マナー講師もきっとそう言うに違いない!
「やかましい」
何もしゃべってないのに、酷くない?
え?
着ぐるみ越しでも顔に書かれてた? 俺の考えてること。
エステラが怖い顔で睨むので、したちぃの投げキッスをお見舞いしておいた。
「ぅきゅ!? きゅ、急に、そういうことしないように!」
マスコットキャラクターの可愛らしい仕草だというのに、エステラは顔を真っ赤に染める。
「……早く、後任を育てなきゃ。可及的速やかに」
いや、待てエステラ。
思ったんだが、俺、この仕事が天職かもしれん。
「君に任せておくと、いろいろ被害が出そうなんだよ」
そんなことはない。
たっぷりの愛情を持って接するぞ。
「君の愛は、女性の体のとある部分にばかり注がれるから心配なんだよ」
それは仕方ない。
だって、男の子だもん☆
「だから早急に後任を育てると言っているんだよ、ボクは!」
「……エステラが無言のしたちぃと会話している」
「でもなんでですかね……たぶんですけど、会話、噛み合ってる気がするです」
「……エステラは、もう片足をヤシロのエリアに踏み込んでいる」
「あぁ……エステラさん、残念です……」
「勝手に憐れまないように!」
失敬なヤツらだ。
「まったくだよ」
「あの、エステラさん。ヤシ……したちぃさんは、今もしゃべっていませんでしたよ?」
ジネットの指摘も、エステラは苦い顔で受け流す。
残念ながら、エステラはもう俺のエリアに……誰のエリアが残念だ!?
……ったく。
はてさて。
ガキどもの反応は想像以上で、マスコットキャラクターをしっかりと作れば、テーマパークの成功に大きく寄与することが分かった。
よこちぃとしたちぃの着ぐるみは、このままエステラに渡し、今後四十二区でのイベントの際に出動させる感じになるだろう。
あ~、ようやく脱げる。
「あの、したちぃさん……」
ジネットが小声で、俺を呼ぶ。
「お疲れだとは思うんですが……カンパニュラさんとテレサさんにも見せてあげられませんか?」
あぁ……そうだったな。
じゃあまぁ、もう一ヶ所だけ出張するか。
「あ、待って! じゃあ、デリアやパウラたちも呼んじゃおう。誘わないとうるさいでしょ?」
と、エステラが提案する。
確かにな。
「そこで、この先の予定を話すよ」
というわけで、昼過ぎにもう一度着ぐるみを着て出動することが決まった。
昼までは小休憩だな。
陽だまり亭に戻り、着ぐるみを脱ぐ際。
「なぁ、ハビエル。もし忙しいなら無理して同行しなくても――」
「一緒に行くぞ! このよこちぃはワシにしか着こなせないからな!」
遠回しに帰れと言ってみたが、やっぱりついてくるらしい。
相当気に入ったようだな、よこちぃが。……いや、女児に飛びついてもらえる着ぐるみ姿が。
捕まればいいのに。
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