「……ヤシロ」
マグダが静かに手を上げる。
「……異論あり」
「テメェは味方なんだから異論はないだろうが、トラの娘!?」
「……馴れ馴れしい、リカルドのくせに」
「おい、オオバ! お前身内の躾はしっかりと……!」
あぁ、もう。うるせぇうるせぇ。
自軍の陣地に戻りながら、俺ははっきりとリカルドに忠告しておく。
「リカルド。張り切る気持ちは分かるが、小さいガキどももたくさんいるんだ。そうギャンギャン怒鳴るな。お前のための運動会じゃない。助っ人ならあくまで助っ人に徹しろ。それが出来ないならチームからは追放する。今回の主役は、あくまで四十二区のこいつらなんだからな」
と、ガキや年寄りをバックにしてリカルドを睨みつける。
お前のお膳立てのためにこいつらをダシにしたりはしないと断言しておく。嫌なら観客席で見学してろ。
「……ちっ。分かってるよ。俺はただ優勝するためにはもっと覇気をだな……」
「あと、チームリーダーの言うことには逆らうな。統率力のない組織は、どんなに実力者を集めたところで勝利は掴めない。分かるな、四十一区の大将?」
「…………当然だ。今日だけはトラの娘の指示に従ってやる」
これで、こいつも少しは静かになるだろう。
混ぜてほしいならこちらのルールに従え。「参加してやってる」「力を貸してやってる」なんて傲りは捨てろ。身の程を弁えろ。
それが、他人の場所に混ぜてもらうということだ。
「……リカルド。三回回って『ワン』」
「それには従わねぇよ!」
うん。
そこは別にいいと思う。
……マグダ。お前はホント大物だよな。
「とはいえ、他区の領主が飛び入りしたんだ。チームの中にも萎縮しちまってたり、快く思ってないヤツがいるかもしれない」
「ふん。こんな強力な助っ人を前にしてよく言えるものだな」
「だから、俺が、特別に、仕方ないから、お前が入り込みやすい空気を形成してやるよ。嬉しいだろ? 感謝しろ。崇め奉れよ」
「恩着せがましいんだよ! 何かするなら、さっさとやれ」
こいつは、人に感謝するって気持ちを微塵も持ち合わせていないのか?
まったく、これだから貴族は。
「そんなだから、エステラに素で拒否られるんだよ……」
「おぉい、こら! 素で拒否られるとか言うんじゃねぇよ! こっちが願い下げたんだよ!」
こいつ、何気にエステラに拒否られるの傷付いてるからな。
過去の自分を省みろっつの。まともに会話してもらえるだけありがたいだろうが。まったく図々しい。
「……分かった。一応の感謝はしてやるから、なんとかしろ、オオバ」
お前の感謝は薄っぺらいな。
あとエステラを引き合いに出すと、結構折れるよなお前は。
「あたし、ちょっと気付いたですけど、リカルドさん、エステラさんに嫌われるって言うと結構折れるです」
「……うむ。身の程知らずにも、ちょっと意識をしているもよう」
「んなこたねぇよ、普通っ娘、トラの娘! あと身の程知らずってなんだ!?」
「……身分違い」
「同じ身分だよ、俺とエステラは!?」
マグダやロレッタにも見透かされているらしい。
どうにもこいつは、エステラの幼馴染ポジションに収まりたくて必死なんだよなぁ。今さら手遅れなのに。
「なんッスか? リカルド様ってエステラさんに惚れてるッスか?」
「まぁ、他所の領主様相手にこういうこと言うとちょっとアレだが……軽くムカつくよな」
「おいコラワニ! 口を慎め! それからトルベックの棟梁! 惚れてねぇから!」
「感じ悪いッスねぇ、新参のくせに」
「あぁ、感じ悪いな、新参のくせに」
「結局お前らもオオバの仲間か!?」
ウーマロ、モーマットと戯れるリカルド。
だから、最初から素直にしてればこういう衝突を生まないようにしてやったのに……
「オオバ……」
八方塞がりでお手上げ状態のリカルド。
もう、どうしていいか分からずに、結局俺に縋りついてきやがった。
「なんとかしろ」
「その態度を改めろっつのに……ったく」
しょうがないので、リカルドが一発で受け入れられる魔法の言葉を使ってやるか。
白組の中に不和を生むわけにもいかないし、何より、リカルドには利用価値があるからな。
あ~あ、俺っていいヤツ。神様が実在するならおっぱいの詰め合わせでもご褒美に下賜してほしいもんだぜ。献上でもいいけどな。
「なぁ、みんな。聞いてくれ」
リカルドの隣に立ち、リカルドの乱入に眉根を寄せる白組の面々に向かって宣告する。
「これ以降、メドラの相手は全部リカルドが引き受けてくれることになった!」
「おまっ!? 誰がそんな危険なことを……!?」
「白組へようこそッス!」
「歓迎するぜ、領主様!」
「テメェらぁあ!? あぁ~もう! これだから四十二区は!」
一気に歓迎ムードに包まれる白組陣営。
特に野郎どもの歓迎ぶりがハンパじゃない。……みんなうすうす勘付いていたんだなぁ、メドラの相手は野郎に押しつけられるってこと。
「ガキども~。この領主様は、顔は怖いが『エステラと一緒で』子供には絶対酷いことをしない領主様だから怖がらなくていいぞ~。……な?」
「『な』って……オオバ、テメェ……」
「違うのか? ガキにムキになるしょーもない領主様なのか?」
「あぁもう! いちいち『様』をいやみったらしく強調するな! お前に様付けされると寒気がするんだよ!」
「んだよ、わがままだな。分かったよ……このゴミムシが」
「だからって見下すな!」
俺に牙を剥いた後ガキどもに視線を向けて、怯えるガキどもの顔をじっと見つめて……リカルドは盛大なため息を吐いた。
そして、まったく似合いもしない笑顔と明るい声でガキどもに話しかける。
「こ、子供たち~。お兄さんは怖くない領主だから、仲良くやろ~な~」
「「「………………えぇ、まぁ」」」
「反応が大人だな!? 誰が仕込みやがった!?」
「……チームの躾はマグダがばっちりと」
「テメェの仕業かトラの娘!?」
ウチに入ればそういう目に遭うと、いくらなんでもそろそろ学習しただろうに。
やっぱりリカルドってドMなんだろうな。弄られるのが嬉しくて仕方ないのだ。……うわぁ。
「まぁ、メドラほどじゃないが、狩人としてのスキルも一応あるんだろ? なら、使い道もあるだろうよ」
「……リカルドの狩猟スキルは、ウッセよりも下」
「…………はぁ~……ま、ゴミ拾いくらい出来るだろう」
「盛大に小馬鹿にしてんじゃねぇよ! 負けねぇよ、四十二区の代表ごときにはよ!」
ウッセは自身の父親の代理で代表をしているとはいえ、四十二区支部をまとめ上げるだけの実力は持ってるんだよな。
一方のリカルドは、偉そうではあるが所詮素人だ。メドラのお守りつきで月に何度か狩猟に出かける程度だ。
実力も、たかが知れているというところか。
「で、お前んとこの執事は使えるのか? 控えめに言って死にかけだけど」
「死にかけてねぇわ! 爺はオヤジの代から我が家に仕える執事だぞ! エステラんとこの給仕長なんぞとは格が違うんだよ」
「格とかいいから、動けんのかっつってんだよ」
「動けるわ! な、爺!?」
「はい。必ずや武勲を挙げてご覧に入れましょう」
慇懃に礼をする執事のジジイ。執ジジイ。
まぁ、こんなんでも一応『給仕長枠』だしな。期待しておくか。
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