「やちろー」
なんだか瞳をキラキラさせ始めたジネットとヤップロックにうすら寒さを感じ始めた頃、末娘のシェリルが一本のトウモロコシを握りしめて俺のもとへと駆け寄ってきた。
だが、その進行はヤップロックによって阻害される。
「こら、シェリル。ヤシロさんを呼び捨てにするんじゃない。この方は素晴らしい思想のもと、私たち希望を失った人々を救ってくださる救世主のような人なのだから」
違う違う違う!
違うよぉー!
俺、全然そういうんじゃないから!
「いいかい、シェリル。『ヤシロさん』……いや、『ヤシロ様』だ」
「『さん』! 『さん』でいい! いや、むしろ『さん』がいい! なんならもう呼び捨てでいいんじゃないかな!? 小さい子の呼び捨てってなんか可愛いしさ! うわ~俺、幼女に呼び捨てにされたいなぁー!」
「ヤシロ……それは、なんだか危ない人の発言に聞こえるよ……」
うるさいよ、エステラ。
お前には分からんのだ。なんだか分からんうちに、明らかに地雷臭しかしない怪しげな団体のトップに祭り上げられようとされている者の気持ちが。
それも教祖なんてレベルじゃないぞ? もはや神扱いだ。
そりゃ全力で止めるさ!
『幼女に呼び捨てにされて喜ぶ変態』程度の汚名なら喜んで被るさ!
「……心まで、広いんですね、ヤシロさんは」
他に何が広いと思ってるんだ?
広い部分なんて、あと『顔』と『鼻の穴』くらいしか残ってないんじゃないか?
あ、あとオデコか…………誰のオデコが広いか!? 失敬な!
「それで、シェリルさん。ヤシロさんに何かご用なんですか?」
俺がヤップロックと話をしている間に、ジネットがシェリルと目線を合わせて話を聞いている。
「これー!」
シェリルが握りしめていたトウモロコシをジネットに手渡す。
そして、満面の笑みで告げる。
「やちろにあげるー!」
「あぁ、それはっ!」
ジネットが受け取ったトウモロコシを見て、ヤップロックが慌て出す。
なんだ? 高級トウモロコシでも隠し持っていたのか?
「ジネットさん。それは粉にも出来ない出来損ないでして……子供のおもちゃにしているものなんです」
「おもちゃ……ですか? 先ほどのトウモロコシとあまり違わないように思いますが?」
遠目で見ても大差はないように見える。……少し小さいか?
「粒が不揃いで、皮も先ほどのより硬くて……」
「そうなんですか」
「はい。ですので、ヤシロさんにそんな価値のないものを差し上げるわけには……」
「いいえ。シェリルさんがヤシロさんにと、心を込めて贈ってくださったものですから。きっとヤシロさんは喜んでくださいますよ」
おい、ジネット。勝手に決めるな。
別に『幼女が握っていたトウモロコシ』に、特別な付加価値を見出すようなおかしな性癖は持ち合わせていない。
価値のないトウモロコシならもらってもゴミになるだけだ。
「はい。ヤシロさん。シェリルさんからの贈り物ですよ」
とても素晴らしいものですよ。――とでも言いたげな満面の笑みでジネットが俺にトウモロコシを手渡す。
……ったく、こんな食えもしないもんをもらっても……………………
「…………ヤップロック」
「はい。なんでしょうか?」
「殴らせろ」
「ひぃっ!? ヤシロさん大激怒じゃないですかっ!? すみませんすみません! しょうもないトウモロコシを差し上げてしまって、一族を代表し、ここに深く謝罪の意を表明させていただきますっ!」
ヤップロックが土下座をして仰々しい謝罪を寄越してくる。
が、そんなもんはいらん!
「このトウモロコシ、捨ててないだろうな!?」
「…………え?」
「この種類のトウモロコシで、乾燥できていて粉にしていない在庫はどれくらいある!?」
「え、えっと……わ、割とたくさんありま……」
「それ、全部買った! 粉と一緒に陽だまり亭に持って帰るから用意してくれ!」
「……は、はいっ! 喜んで!」
ヤップロックが三度家を飛び出していく。
それにウエラーとトット、ついでにシェリルまでもが追従していった。
「……何事だい?」
ヤップロック一家が慌しく出て行った後、エステラが少し戸惑い気味に尋ねてくる。
「……ヤシロ。そのトウモロコシ、美味しい?」
マグダは少し興味深そうに。
「あの……ヤシロさん?」
そしてジネットは少し心配そうに。
「……運不運は、ままならない、か」
「え?」
自分で言っていた言葉を、自分が実感するとは思わなかった。
そして、ついさっき考えていた『古くからある淘汰されなかった食べ物』がこうもあっさり手に入るとは、思ってもみなかった。
「こいつは、フリントコーンとは別の種類だ」
「そうなんですか? 素人目には違いが分かりませんけれど……?」
小首を傾げるジネット。
違うぞ。全然違う。
「こいつは『爆裂種』と言われる種類のトウモロコシだ」
「ば……『爆裂種』……ですか? なんだか、怖い名前ですね……」
まぁ、『爆裂種』と言うとそうかもしれないな……
だがな、これとは違う、もっと一般的な呼び名を知れば、お前ならきっと気に入ると思うぞ。
こいつの存在が知れ渡っていないということは、アノ商品がこの街に出回っていないということだ。
うまくすれば、一大ムーブメントを生み出せるかもしれない。
ふふふ……ふはははははっ! ふはっ! ふはっ! ぶははははっ!
「ね、ねぇ……ヤシロ」
一秒でも早く帰りたいなぁ、と思う俺に、エステラが声をかけてくる。
口元が引き攣っているのはなんでだ?
「…………どうしてそんなにあくどい顔をしているのかな?」
ふふふ……金だ! 金の匂いがする!
「その『爆裂種』というのは、そんなにいいものなのかい?」
「あぁ……俺のいた国では大人気でな。全国、どこに行っても売っていて、初々しいカップルが初デートの際高確率で食べる、そんなメジャーな食べ物だったんだ」
「カップルが初デートで?」
初デートといえば映画!
そして、映画といえば…………
「この『爆裂種』…………別名を、『ポップコーン』と言う」
もしかしたら俺は、真の『お宝』を手に入れたのかもしれない。
振り続ける雨の音が、今だけは弾けるようなポップなサウンドに聞こえた。
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