異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚2 花と言葉と愛情を -2-

公開日時: 2021年3月1日(月) 20:01
文字数:4,080

「出来たです!」

 

 いの一番に声を上げたのはロレッタだった。

 

「見るといいです! あたしの作った花束をっ! テーマは、『燃え上がる恋心』ですっ!」

 

 それは、真っ赤なバラを基調とした、情熱的な花束だった。

 

「おぉ、ロレッタ!」

「どうです、お兄ちゃん!」

「すげぇ普通!」

「なんでです!?」

 

 いや、だって……プロポーズに赤いバラの花束って……ベタもいいとこじゃねぇか。

 

「夜景の綺麗なレストランで食事して、『君の瞳に乾杯』とか言っちゃう感じか?」

「むっはぁ~! なんです、それ!? メチャメチャロマンチックです! 素敵です!」

 

 えぇ……バブル期の匂いが物凄いのに、なんか食いついてるぅ……

 

「……ヤシロ。マグダも作った」

 

 むはむは身悶えるロレッタを押し退けて、マグダが小さめの花束を持ってやって来る。

 丸っこい花を中心に、なんともポップな仕上がりの花束は実にマグダらしく、それでいてどこか大人びた表情も垣間見せるオシャレな仕上がりだった。

 

「……マグダにも、さっきみたいなヤツをプリーズ」

「さっきみたいなヤツ?」

「……『黄身と白身で乾杯』」

「卵だな、それは」

 

 ネフェリーなら大喜びしそうな口説き文句だ。

 ……なんて、冗談で済ませようとしたのだが、マグダがジッと俺を見つめている。

 こういう頑なな瞳をしたマグダは絶対折れないし譲らないんだよな…………しょうがない。

 

 俺はマグダの花束を取り上げると、それを後ろ手に隠し、そしてマグダの腕を掴んだ。

 

「お前を逮捕する」

 

 そして、グイッとマグダを抱き寄せて、顔の前に花束を突きつける。

 

「……俺の心を、奪った」

「…………」

 

 …………うん。ノリでやる分にはいいんだけど、無言はやめてくれるかな。恥ずかしくて死ねる。

 

「…………だ」

 

 だ?

 

「……誰も、全力でやれとは言っていない」

 

 小さな腕が俺を押し、花束で顔を隠したマグダが逃げるようにとことこ走り去っていってしまった。

 …………いやいや。全然全力じゃないんですけど。むしろ、悪ふざけレベルで……

 

「こほん……ヤシロさん。ワタクシにも……」

「ただいまを持ちまして、オオバヤシロの面白プロポーズショーは終了いたしました」

「「「えぇーっ!?」」」

 

 声を上げたのはエステラとナタリア、それから、さっき花束を作らないと言っていたノーマだった。つかノーマ。何をさり気なく花束作ってんだよ。俺で遊ぶんじゃねぇよ。

 

 こういうのは早い段階で打ち切っておかないと、全員にやる羽目になっちまう。俺が学んだ経験則だ。

 

「…………はぅ。残念です」

 

 見ると、ジネットも何本かの花を手に握りしめていた。

 ……いや、あのな…………早い者勝ちとかじゃないから。

 

「今のは、俺の故郷で有名な定型文みたいなもので、……あんなのを真面目にやったら失笑レベルのプロポーズだからな」

「そうなのかい? 結構グッとくるセリフだったと思うけれど?」

 

 マジでか、エステラ?

 お前、あんなんでいいのか?

 

「じゃあ、猛スピードで走る馬車の前に飛び出して、『僕は死にませんっ!』とかは?」

「え? 轢かれても死なないの? 体力自慢?」

「いや、轢かれないんだよ!」

「じゃあ、死なないに決まってるじゃないか」

 

 ……うん、これは不評なんだな…………分からん。

 

「で、お前は完成したのか、花束?」

「それがさぁ……もう少し赤が欲しいところなんだけど……あっ」

 

 全体的に青っぽい花束を手にしたエステラが、ナタリアの持つ赤い葉っぱに目を留める。

 

「ナタリア! その赤い花はなんだい?」

「これは葉っぱのようですよ」

「葉っぱなの?」

「そのようです。えっと、名前は…………『ぽぃ~んせちあ』」

「本当にそんな名前なのかい!?」

「残念ですわね、エステラさん。あなたには購入できない植物のようですわ」

「ぺったんこ禁止の植物なんか聞いたことないよ!? ……誰がぺったんこかっ!?」

 

 ポインセチアをめぐり言い争う巨乳と微乳。

 しかし、この街は相変わらず季節感がないな。

 ポインセチアといえば、日本ではとある時期にしかお目にかからないものだ。

 そう、あの……リア充が大量発生するにっくきシーズンにな!

 異国の有名人の誕生日を祝うのに、カップルでイチャコラする必要性を感じませんっ!

 

「うむっ! 我ながら良い出来でござるっ!」

「オイラも自信作が出来たッス!」

「ミリィ~、そろそろ出来たかぁ?」

「ぅん! できたよ~!」

 

 よし、見に行こう!

 

「ちょっとは興味を持ってほしいッス!」

「こうなることは薄々感じていたでござるけどもっ!」

 

 オッサン二人のフラワーアレンジメントになど興味はない。

 

「マグダたんの溢れ出す可愛らしさを表現してみたッス!」

 

 ん、却下。

 興味ない。

 

「拙者は、ノーマ氏の荒ぶるぼいんを表現してみ……んぁぁあ熱いでござるっ!?」

 

 ベッコが地面をのたうち回り、ノーマが煙管をくるくると回している。

 誠に残念なことに、ほんのちょっと興味を引かれたノーマのぼいんを表現した花束はノーマの手によって無残に解体され、一本一本の可憐な花へと戻されていた。

 

「……一度レジーナに頭の中を見てもらうといいさね」

 

 いやぁ……レジーナに見せると悪化しそうな気がするけどなぁ。

 煙管をぽんぽんと手に打ちつけながら、蔑むような冷たい視線をベッコに送るノーマ。

 まぁ、特定の人にはご褒美になるみたいだし……、よかったな、ベッコ。ラッキーラッキー。

 

「おぉ……これは、美しい」

 

 セロンの声に、俺たちの視線はミリィの作った花束へと注がれる。

 

「わぁ……っ」

「へぇ……」

「まぁ……」

 

 あちらこちらから感嘆の息が漏れる。

 ふむ……確かに、これは…………

 

「綺麗……ですね」

 

 ぽつりと、ジネットが呟く。

 合わせた両手を口元に添えて、キラキラした瞳でその花束を見つめる。

 

 白と黄色、そして淡いピンクの花が、まるで花畑を舞い遊ぶ蝶々のように可愛らしくまとめられ、ウェンディの清純さや明るさを見事に表現している。

 よく見ると、ハートの形をした花がそこかしこに取り入れられており、溢れ出る愛情を感じさせる。

 ミリィ……やりおるなっ!

 

「ワタクシ、いただくならこれがいいですわ」

「ボクも」

「あたしもです!」

 

 いや、お前ら。さっき自分で作ってたろ、理想の花束?

 プロの仕事の前に完敗か。

 

「オイラが作りたかったのも、あんな感じのヤツッス!」

「拙者もしかりっ!」

 

 作りたかったものと作れるものは別だもんな。なんとでも言えるわな。

 

「オイラ、プロポーズの際はミリィちゃんにお願いするッス」

「拙者もしかりっ!」

 

 いや、だからお前らは無理だって。

 まず、俺がさせないし。

 全力で邪魔するし。

 

「どう、……かな?」

「素晴らしいです、ミリィさん! 僕は、これほどまでに美しい花束を見たことがない!」

「ぇへへ……だったら、嬉しいな」

 

 不安そうにしていたミリィの顔に笑みが浮かぶ。

 多少は不安だったのだろうか。

 この花束に文句を言うヤツがいたら、そいつの感性の方がおかしい。ひっつき虫とかがお似合いだ。

 

「ウェンディも、きっと喜んでくれます」

「ぅん。頑張ってね、せろんさん」

「はいっ!」

 

 ミリィに背中を押され、セロンが爽やかに頷く。

 さて、いろいろと関係ないこともしたが……いよいよプロポーズだ。

 セロン。決めるところはきっちり決めろよ。

 

「よし、じゃあ行くか!」

「あの、英雄様っ!」

 

 勢いに乗って出発しようとした俺を、セロンが止める。

 心の準備が出来てないとか言わないだろうな?

 心なしか、もじもじとしている。

 

「待ち合わせ場所に行く前に、ネフェリーさんのお宅へ伺ってもよろしいでしょうか?」

「ネフェリーの?」

「はい」

「まだ野次馬が足りないのか?」

「い、いえ! そうではなくて……手に入れたいものがありまして……」

 

 手に入れたいものったって、ネフェリーのところにあるもんなんて卵くらいしか………………あ。

 

「……セロン。お前まさか……『黄身と白身で乾杯』しようとしてねぇだろうな?」

「ドキィッ!? ……ど、どうして、それを……!?」

 

 やっぱりか!?

 え、なに? さっきの一連見てて『これだっ!』って思っちゃったの!? 

 え、え、えっ!? バカなの!?

 

 つか、『黄身と白身』の方をやろうとしてんじゃねぇよ!

 百万歩譲っても『君の瞳に』を選べよ!

 

「とにかく、それはやめとけ。……火傷をするぞ」

「生卵ではないのですか!? まさか、茹でたてなんですか!?」

「どこに驚いてんのか知らんけど、ただじゃ済まないからやめとけ!」

「……有料、なんですね」

「いや、『ただじゃ済まない』ってそういうことじゃなくて……あぁ、もういいや。とにかくやめとけ」

 

 危ない危ない。

 下手したら、俺のせいでこいつらの結婚が破談になるところだったよ。

 

「では…………『お前を逮捕する』の方でっ!」

「そっちもやめようか!?」

 

 俺は、四十二区にトレンディドラマの文化を持ち込むつもりは毛頭ないっ!

 ボディコンギャルがお立ち台で腰をくねくねさせてくれるなら大歓迎するけどねっ!

 

「とにかく、その二つは忘れろ。いいな?」

「は、はい……英雄様がそうおっしゃるからには、何か深いわけがあるのでしょう……」

 

 ねぇよ。

 ただただ、『寒いからやめとけ』ってだけだよ。

 

「では。別の言葉でプロポーズをしてみます」

「『なんだからね』……も、やめろよ」

「……………………………………………………えっ!?」

「引き出し少ねぇな、お前は!?」

 

 レンガばっかり作ってるから、そういうとこで不器用になるんだよ!

 カッコつけなくていいから、普通にやれよ!

 

「ヤシロ、大変だ。そろそろ行かないと遅れてしまうよ!」

「プロポーズするのに相手を待たせるとか、あり得ないか…………よし、急いで待ち合わせ場所に向かおう」

 

 セロンは待ち合わせ場所に向かうが、俺たちはそこから少し離れた場所に待機することになる。

 もちろん、俺たちの存在をウェンディに悟られてはいけない。

 行動は迅速に、且つ、慎重にだ。

 

「いいか、セロン。待ち合わせ場所に向かうまでに別の言葉を考えておけよ」

「は、はい……やってみます」

 

 いささか不安ではあるが……プロポーズに必要なのは美辞麗句ではない、誠実な心だ。

 思いがきちんと相手に伝われば、きっとうまくいく。

 そう信じて、俺たちは待ち合わせ場所に向かった。

 

 

 

 

 

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