異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加70話 この街のオバケたち -1-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
更新日時: 2021年4月4日(日) 06:52
文字数:3,478

「まずはイベントのイメージを、こういうイラストで把握してもらって、そのあとでこの街のオバケ話を集めよう」

 

 俺の知るメジャーなモンスターの知名度がまったくない四十二区。

 まぁ、当然なんだが。

 そこで、四十二区で根付いているオバケ話を基に仮装をしようということになったのだが、一軒一軒を回って個別に話を聞くなんて面倒なことはやっていられない。

 

 なのでコンペを行うことにした。

 

 領民に告知をして、自分の知っている、または創作したオバケ話を広場で披露してもらうのだ。

 そこには親子をはじめとして、領民をなるべく集めておく。

 そのオバケ話の中で興味を惹かれたものの仮装をしてもらおうというわけだ。

 

「話だけじゃなくて、イラストもあればなおいいんだが」

「そんなの、普通の領民には出来ないよ。ボクだって、創作やイラストはそこまで得意じゃないんだから」

 

 そこまでってことは、ちょっとは自信があるんだな。

 

「創作じゃなくて伝承でもいいんだから、ある一定は話が集まるだろう。イラストに関しては、相談してくれりゃ俺が手伝ってもいい」

 

 どんな容貌なのか、雰囲気やそのオバケの性質を聞いて、そこから感じるイメージを俺が代わりに描いてやってもいい。

 

「随分と大盤振る舞いじゃないか。何か裏があるのかい?」

「ジネットの生ヘソをじっくりと見……四十二区のみんなが楽しんでくれそうだなって」

「なにか不穏な言葉が聞こえましたよ、ヤシロさん!?」

「『生ヘソ』って表現は、ちょっとどうかと思いましたよ」

 

 モリーが眉を寄せるが、生足、生尻、生乳、生谷間と、生が付く部位は多いじゃないか。

 半生おっぱいとか!

 

「とにかく、みんなで生足や生おっぱいの話を集めるんだ!」

「目的が変わりましたよ!?」

 

 ジネットが目を剥くが、いいじゃないか、変わったって!

 いい方向への変更はありだと強く訴えたい!

 

「けどさ。ヤシロが書いたような、こういった分かりやすいオバケはなかなか難しいんじゃないかな? さっきモリーが言ったような『死者が窓から覗く』ってお話はあるかもしれないけれど、仮装のしようがないよね?」

 

 目に見えない物の仮装は出来ない。

 仮に見ることが出来たとしても、個人の風貌に似せた仮装を『オバケ』と称して行うのは少々気が咎めるのではないか。と、エステラは訴える。

 

「大丈夫だ。そういう時はイメージを具現化してやればいいだけだから」

 

 言いながら、俺は日本の妖怪のイラストをいくつか描いていく。

 

「こいつは『ぶるぶる』って妖怪で、夜中トイレに行くのが怖いのはこいつの仕業なんだ」

「そうだったんですか。初めて知りました」

 

 子供の作り話を聞くお姉さんみたいな顔でジネットがくすりと笑う。

 全然信じていないが否定はしない。そんな感じだ。

 

「それから、夜中に後ろから誰かが付けてきている気がする時があるだろう? あれは、この『べとべとさん』のせいなんだ」

「なんともユニークな容姿のオバケだね」

 

 エステラも、コミカルな風貌の妖怪を見て頬を緩める。

 

「ヤシロさん、このオバケはどんなオバケなんですか?」

 

 モリーが指差したのは『白うねり』という妖怪だ。

 

「ぞうきんが臭くなるのはこいつのせいだ」

「あれもオバケのせいだったんですね」

「このオバケにはいつも困らされています」

 

 モリーとジネットが顔を見合わせてくすくすと笑い合う。

 

 日本の妖怪は実にユーモラスで種類が豊富だ。

 昔の日本人は本当に想像力と創造力に富んでいたと思う。

 暗い夜や長い冬の間、漠然とした恐怖や不安をこうして形にし、戒めと共に親近感を生み出していたのだろう。

 正体が分からないことが恐怖に繋がる。

 だからこうして『正体』を作り上げたのではないか。俺はそんな気がしている。

 

「ヤシロさんがこうしてオバケのイラストを描いてくださるなら、ハロウィンはきっと可愛い……ではなく、怖いオバケでいっぱいになるでしょうね」

 

 とても楽しそうにジネットが目を細める。

 緩く弧を描いた唇から「うふふ」と上品な息が漏れる。

 マシュマロみたいなほっぺたが薄く色付いて、少しだけ美味しそうに見える。

 

「マシュマロでも作るか」

「また新しいお料理ですか?」

 

 俺の呟きに、ジネットの瞳がきらりと輝く。

 俺の視界を埋め尽くすように顔を近付けてくるジネット。興奮気味に俺の瞳を覗き込んでくる。

 

「それは、一体どんなお料理なんですか?」

 

 どんな料理かと問われ、なんと答えれば一番伝わりやすいかを考える。

 そうだな、マシュマロってのは……

 

「おっぱいみたいなお菓子だ」

「…………陽だまり亭では取り扱えないものですね」

 

 ジネットの顔が遠ざかっていく。

 きらきらと輝いていた瞳から光が失われていく。

 

 おかしい。

 女子なら絶対食いつくお菓子なのに!

 SNS映えする可愛いお菓子なのに!

 

「お菓子よりもオバケのお話をしましょう」

 

 ジネットがマシュマロの話題を封印した。

 どうやら、ハロウィンに紛れ込ませた二割のおっぱい枠だと思われたらしい。

 違うのに……

 

「マグダたちが戻ってきたら、ちょっと街を歩いて情報を集めてみるか?」

 

 今日のジネットは少し時間がある。

 だからそんな提案をしたのだが。

 

「でも、デリアさんが戻られたら、夕方から体操教室がありますし」

 

 そうだった。

 今のジネットとモリーにはハロウィンよりもお腹のお肉の方が重要なのだ。

 むしろ、ハロウィンのためにお腹のお肉をどうにかしなければいけない、そんな使命感に燃えているのだった。

 

「じゃあ身近なところから情報を得るか」

 

 と、エステラに視線を向ける。

 

「領主の館に伝わる七不思議とかないか?」

「ないよ。オバケにまつわる言い伝えなんて」

「夜中になると目が動く肖像画とか」

「なにそれ、怖い!? そんな恐ろしい話聞いたことがないよ!」

「夜中になるとひとりでに音楽を奏でる楽器とか」

「やめてよ! ボクの寝室のそばに家宝の楽器をしまってある部屋があるんだから!」

「夜中になると全裸になる給仕長……」

「あ、それはいる」

 

 強張っていたエステラの表情から恐怖が抜け落ちた。

 物凄く安堵したような、とてつもなく呆れているような、そんな表情だ。

 

「是非、詳しく調査してみたいんだが」

「しなくていいよ。君もよく見知った給仕長だから」

「その給仕長というのは……こぉ~んな顔ではありませんでしたか?」

「「ぅゎあああああああ!?」」

 

 ナタリアの話をしていた時に突然ナタリアの声がして、俺とエステラは揃って悲鳴を上げた。

 ……こ、こいつ、また気配を消して……っ!

 

「ナタリア、これ以上エステラの乳が縮み上がったらどうする」

「指差して笑ってやります」

「縮み上がらないけれど、その発言は看過できないよ、ナタリア!」

「では、親身になって悲嘆の涙を流しましょう」

「それはそれで腹立たしいよ!」

 

 ナタリアが現れて、エステラの元気が増した。

 ホント仲良しだな、この主従。

 

「おかえりが遅いと思ったら、こんなところで油を売っていたのですね」

「油なんか売ってないよ。ルシアさんの手紙を見せに来ただけさ」

「そのついでにあんドーナツをご馳走になろうという魂胆が隠し切れていませんよ」

「そ、そんなつもりは……」

 

 とか言いながら、エステラがチラリとジネットを見る。

 ハッとしたような顔でジネットがぺこりと頭を下げる。

 

「すみません、気付きませんでした。今お持ちしますね」

「あ、いや、そんな気を遣わなくても……ごめんねぇ」

 

 全然申し訳なさそうに見えないぞ、エステラ。

 期待に(真っ平らな)胸を膨らませるエステラにそっと手を差し出す。

 

「9Rbです、お客様」

「分かってるよ。ちゃんと払うよ」

 

 俺が職務を全うしたら、物凄く嫌そうな顔で睨まれた。

 食堂の食い物に料金が発生するのは当たり前なのに、理不尽な領主だこと。

 

「店長さん、私も一つお願いします。……経費で」

「ちょっと、ナタリア!? こんなの経費で落ちないよ!?」

「えっ、ではエステラ様のポケットマネーで!? それは申し訳ございません、有り難く頂戴致します」

「勝手に決めないで! ……ったく、もう」

 

 エステラは諦めたようで、自分とナタリアの分のあんドーナツを注文した。

 

「モリーもよければ一緒にどう? ご馳走するよ」

「う…………では、折角なので……」

「こらモリー」

 

 ふにゃんふにゃんか、お前の意志。

 吹けば倒れる紙の意志か。鉄の意志を持て。

 

「す、すみません。現在、こう見えても職務中ですので……ご遠慮しますっ!」

「モリー……そんな涙目にならなくても」

 

 己の意志の弱さを嘆いたのか、領主の誘いを断らなければいけない後ろめたさか、はたまた食べたいのに我慢しなければいけない悲しさからか、モリーの目が潤み始めている。まぁ、たぶん最後のが理由だろうな。

 

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