「ふむ……いいだろう」
たっぷりと黙考した後、ドニスが渋い声と共に頷く。
「もし、フィルマンが領主を継ぐことを明確に了承し、現在の浮ついた態度を改めるというのであれば、ワシは全力をもって四十二区に味方してやろう」
「本当ですか!?」
「うむ。男に二言はない」
はっきりと言い切ったドニス。
この男は、決して迂闊なのではなく、『精霊の審判』をかけられることを恐れていないのだ。それだけ、己の発言に自信と信念を持っているということなのだろう。
約束を違えたりはしない。そういう性格なのだ。
「これで、随分と交渉が楽になるね」
エステラの瞳に希望の光が宿る。
だがその前に、フィルマンの問題を解決させなければいけないのだがな。
「ヤシロ。フィルマン君を説得させる秘策はあるんだよね?」
「秘策なんてもんはないぞ」
「……え?」
だから、まだ未知数なんだっつの。
ただ――
「努力はしてやる」
俺が、その気になった。それが何を意味するかくらい、お前なら分かるだろう。
「……うん。いい目だね」
俺の顔を覗き込んで、エステラが力強く頷く。
「頼りにしてるよ、ヤシロ」
そして、背中をバシンと叩く。
……痛いわ。
キッと強めに睨んでやると、無邪気過ぎる笑顔でにひひと笑いやがった。
俺に頼らない、自立した領主様ってのに、お前はいつなるんだよ。
「ヤシロ様、エステラ様」
視線を交わす俺たちの間に、ナタリアがそっと入ってくる。
メガネをクイッと持ち上げて、業務連絡のような口調で告げる。
「イチャつきポイントが1万ポイント溜まりましたが、景品と交換いたしますか?」
「「イチャつきポイントってなに!?」」
突然の謎制度に、俺とエステラは揃って声を上げる。
なおも、ナタリアは淡々と事務的な口調で説明を寄越してくる。
「お二人が人目も憚らずイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャされていたので、イチャイチャレベルに合わせてポイントを加算していたのです。そうしたら、この短時間で1万ポイントに達しまして」
「そんなにイチャイチャしてないよね!? っていうか、ボクたちは別にイチャイチャなんかしてないし!」
「頬と頬を寄せ合って耳元で囁き合う――2000イチャポイント×3回(一本毛は除外対象)」
「そっ、そういう表現をするからいかがわしく聞こえるんだよ!」
「わざわざ顔を覗き込んで、瞳を見つめてお互いが分かり合う――1500イチャポイント」
「あ、あれは、ヤシロの真意を探ろうと……っ」
「『頼りにしてるよっ、きゃは☆』からのボディタッチ――2500イチャポイントッ!」
「『きゃは☆』は言ってない、絶対に!」
「ちなみに、1万ポイントありますと、二人の愛のメモリアル蝋像を大広場に建設することが可能です」
「やめてね、絶対! 怪しい動きを察知したら、ベッコを一年間外出禁止にするからね!?」
なんだか、ナタリアの機嫌がすこぶる悪そうだ。
完全に蚊帳の外だったもんなぁ、今回。なんだかんだ、自分が目立ってないとスネるんだよな、こいつは。情報紙以降、その傾向が顕著だ。
「……ん?」
戯れる二人を眺めていると、ナタリアがジッと俺を見つめてきた。
少々不機嫌そうで、何かを言いたそうな…………
「ヤシロ様」
俺の名を呼び、おもむろに片足を前に出す。
前に出た膝に両手を添えるように乗せ上半身を傾けると、脇を締めて両腕で自身の胸をむぎゅっと押し潰すように寄せる。
「不愉快だっちゅーの」
「なんかそれ、見たことある!?」
えっ!?
この街でも流行ったの、それ!?
そんなわけないよね!?
「こちらは、ノーマさんと家飲みをした際に生み出されたオリジナルギャグです」
「……どんな流れでオリジナルギャグを作ることになったんだよ…………」
家飲みとかしてんのかよ、お前ら? いつからそんな仲良しになったんだ?
つか、呼べよ、俺も。
エステラがちょっと遠くに離れてむにむにと文句を垂れている。なんとなく俺が睨まれている気がするんだが……それこそ八つ当たりだ。ナタリアに言ってくれ。つか、俺は巻き込まれたようなもんだろうが。
「若いの」
こちらのいざこざが、まるでなかったかのような真剣な顔つきで俺を呼ぶドニス。
「そなた、名はなんと申す?」
これは友好の第一歩と捉えていいだろう。
ドニスが俺に興味を示し、歩み寄り、懐を開いた証だと。
なので俺も、友好的な笑みを浮かべて名乗りを挙げる。
「オオバ・ヤシロ――」
「――みんなからは、『ヤシぴっぴ』と呼ばれております」
「呼ばれてねぇわ!」
人の言葉尻を強引に掻っ攫って余計なことをのたまうナタリア。
こいつ、本当に暇にさせておくと碌なことをしないな!?
帰ってきて、優秀な給仕長だった頃のナタリア!
「そうか……ヤシぴっぴか」
「違うっつってんだろ」
このジジイも人の話を聞かねぇな。
「フィルマンのこと、よろしく頼む」
椅子から立ち上がり、ドニスが腰を折る。
二十四区の領主が、どこの誰とも知れぬ一般市民に頭を下げやがった。
呆気にとられるエステラ。
ナタリアも口を開かず、成り行きを見守っている。
頭を上げたドニスは、少し照れくさそうに口元を歪めて言い訳めいた言葉を口にする。
「アレの考えていることは、まるで分からんのだ。分かってやりたいとは、思うのだがな……やはり、年齢が違い過ぎるせいか、血が薄いせいか…………うまくいかんもんだな」
「大丈夫だと思います」
自虐的な弱音を漏らすドニスに、エステラが前向きな言葉を向ける。
「ボクも、デミリーオジ様とは歳が離れていますけど、オジ様のことを尊敬していますし、理解者でいたいと思っていますから」
「……そうか。デミリーのヤツは、幸せ者だな。そなたのような者に信頼されて」
共通の知人を思い浮かべ、二人の領主が笑みを交わす。
その最後に、ドニスがぽろりと一言、言葉を漏らす。
「羨ましい限りだ……ハゲのくせに」
「お前もな」
「ヤシロ様。この場にいる全員が必死で我慢している言葉を口にするのは、ちょっとズルいですよ」
「ナタリア。説教する方向が違うよ」
見当違いな説教をするナタリアがエステラに説教され、ドニスの一本毛がさわりと揺れる。
「さぁ、ランチの続きといこう。堅苦しいのはなしだ。存分に味わってくれると嬉しい」
『頑固ジジイ』などと陰口を叩かれているドニスが、穏やかに微笑んでいる。
エステラが言ったように、こいつを味方に引き込めれば『BU』への干渉は随分と楽になるだろう。なんとしても懐柔してやる。
課題は二つ。
フィルマンの恋を成就させること。
そして、ドニスの持っている『亜人』への概念を覆すこと。
継ぐ継がないの話は、それらを解決した時、自然と答えが出ていることだろう。
さて、どちらから手をつけようかな……
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