「そうだ。折角だから、鶏舎の中見て回らない? 案内するわよ」
「そうだな。じゃあ、見せてもらおうかな」
「うん!」
私の仕事場をヤシロに紹介する。
ちょっと照れくさいけれど……なんだか嬉しい。
「ここが、生まれたばかりのヒヨコ部屋なの、見て見て、可愛いでしょ?」
「どいつもこいつもよちよち歩きやがって、シャキッとしろ!」
「無理だよぉ! もう」
お尻をふりふり振りながら歩くヒヨコ。
ヤシロは冗談を言いながらも、真剣な眼差しでヒヨコを見ていた。
ふふ……見ちゃうよね。可愛くて。分かるな、その気持ち。
「触ってみる?」
「いやぁ……卵と鶏肉は料理したことあるけど、ヒヨコは管轄外だな」
「なぁに、それ? 変なのぉ」
おかしな冗談に、私は笑いながら、ほんの少しの勇気を出してヤシロの肩をぺしりと叩く。
……肩、触っちゃったっ。
ふふ。いつもこういう時は緊張する。
馴れ馴れしいって、思われないかな?
……思わないでね?
「つ、次はね、若い鳥の部屋ねっ」
ヤシロに触れた手が、微かに熱い。
あぁん、もう……触れたくらいで動揺し過ぎ。
落ち着いて。
ヤシロが鶏舎に来るなんて滅多にないんだから。
憧れだったんでしょ。
「……ガンバレ、私」
小さく呟いて、自分に勇気を与える。
よし、頑張るぞー!
「こいつらが稼ぎ頭なのか?」
「そうだね。今はこの子たちが一番卵を産んでくれてるかな」
「へぇ~、こいつらがねぇ~」
「ちょっと、ヤシロ。ウチのニワトリをいやらしい目で見ないで」
「見てねぇよ……つか、見れねぇよ……」
「ど~だかっ」
もう、男の子ってエッチなんだから。
特にヤシロは。
「それでね、こっちに卵を洗浄する場所があって、これが結構重労働なのよね」
「エサ作りとどっちが?」
「…………エサ、かな」
貝殻を割ったり、米ぬかを混ぜたり。
結構腰に来る作業が多いのよね、実は。
「あ。アレはなんだ」
「あぁ、アレはねぇ……」
そんな感じで、さほど広くはない鶏舎を隅々まで案内して回る。
普段私がいる場所に、今はヤシロがいる。
……いいなぁ、なんか。
まるで、私の世界にヤシロっていう色が塗られていくみたい。
鶏舎を案内するって、私を知ってもらうことみたいで、ちょっと恥ずかしい。
けど、知ってもらえると、やっぱり、嬉しい。
変な感じ。
嬉しくて恥ずかしい。
鶏舎って、まるで恋みたいだね。
「うん。においがないだけで随分過ごしやすくなるんだな」
「そうでしょう? 今度お手伝いでもしに来る?」
「俺は高いぞ?」
「じゃあ、友達割引で」
「あぁ、今そういうキャンペーンやってないんだよなぁ」
「じゃあ、始まったら教えてね、キャンペーン」
……楽しい。
ヤシロと話す何気ない会話が、すごく楽しい。
こんなのが毎日続けばいいのにって、思っちゃうくらいに。
「あぁ……もう全部案内しちゃった」
仕事は多いけれど、設備はそんなに複雑じゃないんだよね。
残念。もうおしまいか。
「もっと、案内したかったなぁ」
「じゃあ、お前の部屋でも見せてもらおうかな」
「ぅえぇっ!?」
ちょっ! い、いきなり何を!?
「そ、それは、無理!」
「なんでだ? あぁ、そうか……」
ヤシロが何かを察してうんうんと頷く。
「あのな、発酵飼料っていうのがあってだな……」
「く、臭くないもん、私の部屋!?」
し、失礼だー!
それは、いくらなんでも酷過ぎるよ、ヤシロ!?
もぉ~う! 怒っちゃうぞ! ぷんぷん!
「私の部屋には、特別な男の子しか入れないんですよ~っだ!」
「おでこから上が2メートルあるとか、口から火を吐けるとか?」
「特殊な男の子じゃないわよ! 特別な男の子!」
もう!
ヤシロのバカ!
……特別なのは誰なのか…………気付いてくれてもいいのに。
「よし、じゃあ予想してみるか」
「予想? 私の部屋を?」
「あぁ。当たってたら、正直に正解って言えよ」
「あは、なんだか面白そう。うん。いいよ」
そう言って、ヤシロはホウキの柄を使って地面に絵を描いていく。
四角を描いて、その中に小さな区切りを描いて……水飲み場と、餌箱を描いて……
「って、それここじゃない! 鶏舎の間取りでしょ、それ!?」
「え? ここに住んでるわけじゃないのか?」
「住まないわよ! ちゃんとお部屋がありますぅ!」
これでも結構、女の子っぽい可愛い部屋なんだから!
「まずここにベッドがあるでしょ。それで、枕元にはヒヨコのぬいぐるみがあるの」
「ヒヨコのぬいぐるみ?」
「うん。すっごく可愛いんだよ。私のお気に入り」
寝る時はいっつも抱っこして寝てるんだ。
とっても大切にしてるの。
「自分で作ったのか?」
「ううん。私、お裁縫って苦手なんだよね、実は」
「いや、実はも何も……得意そうには見えないけどな」
「え~、それってひどぉ~い。私、こう見えても結構手先器用なんだよ?」
「裁縫は?」
「苦手だけど……他のことは出来るもん! 例えば…………え~っと……」
何か、手先の器用さをアピール出来るものは…………あっ!
「ヒヨコのオスメスが見分けられる!」
「手先、関係ないじゃねぇか!?」
うぅ……だってぇ……
「それじゃあ、そのぬいぐるみはどうしたんだよ?」
「あぁ、それならジネットに作ってもらったの」
「……うっ!?」
「ヤシロっ!?」
突然、ヤシロが頭を押さえて蹲った。
どうしたの!?
「あぁ……すまん。大丈夫だ。で、……誰に作ってもらったって?」
あ…………そっか。
今ヤシロは、私たちの名前を認識できないんだ。
それなのに、『ジネット』って名前を出したから……
「えっと……友達。そう。裁縫が得意なお友達に作ってもらったんだ」
「そうか」
「うん。そう」
私、今……上手に笑えてるかな?
……こうやって話していると忘れそうになるけれど……ヤシロ、やっぱり記憶が……
……怖い、な。
だって、ジネットですらまだ思い出せてないんでしょ……私なんか……きっと。
…………ぐすっ。
ダメ……泣いたりしちゃ、絶対ダメ。
そんなことしたら、ヤシロが……
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