異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編6 ネフェリー -2-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:2,362

「そうだ。折角だから、鶏舎の中見て回らない? 案内するわよ」

「そうだな。じゃあ、見せてもらおうかな」

「うん!」

 

 私の仕事場をヤシロに紹介する。

 ちょっと照れくさいけれど……なんだか嬉しい。

 

「ここが、生まれたばかりのヒヨコ部屋なの、見て見て、可愛いでしょ?」

「どいつもこいつもよちよち歩きやがって、シャキッとしろ!」

「無理だよぉ! もう」

 

 お尻をふりふり振りながら歩くヒヨコ。

 ヤシロは冗談を言いながらも、真剣な眼差しでヒヨコを見ていた。

 ふふ……見ちゃうよね。可愛くて。分かるな、その気持ち。

 

「触ってみる?」

「いやぁ……卵と鶏肉は料理したことあるけど、ヒヨコは管轄外だな」

「なぁに、それ? 変なのぉ」

 

 おかしな冗談に、私は笑いながら、ほんの少しの勇気を出してヤシロの肩をぺしりと叩く。

 

 ……肩、触っちゃったっ。

 

 ふふ。いつもこういう時は緊張する。

 馴れ馴れしいって、思われないかな?

 ……思わないでね?

 

「つ、次はね、若い鳥の部屋ねっ」

 

 ヤシロに触れた手が、微かに熱い。

 あぁん、もう……触れたくらいで動揺し過ぎ。

 落ち着いて。

 ヤシロが鶏舎に来るなんて滅多にないんだから。

 憧れだったんでしょ。

 

「……ガンバレ、私」

 

 小さく呟いて、自分に勇気を与える。

 よし、頑張るぞー!

 

「こいつらが稼ぎ頭なのか?」

「そうだね。今はこの子たちが一番卵を産んでくれてるかな」

「へぇ~、こいつらがねぇ~」

「ちょっと、ヤシロ。ウチのニワトリをいやらしい目で見ないで」

「見てねぇよ……つか、見れねぇよ……」

「ど~だかっ」

 

 もう、男の子ってエッチなんだから。

 特にヤシロは。

 

「それでね、こっちに卵を洗浄する場所があって、これが結構重労働なのよね」

「エサ作りとどっちが?」

「…………エサ、かな」

 

 貝殻を割ったり、米ぬかを混ぜたり。

 結構腰に来る作業が多いのよね、実は。

 

「あ。アレはなんだ」

「あぁ、アレはねぇ……」

 

 そんな感じで、さほど広くはない鶏舎を隅々まで案内して回る。

 普段私がいる場所に、今はヤシロがいる。

 ……いいなぁ、なんか。

 

 まるで、私の世界にヤシロっていう色が塗られていくみたい。

 

 鶏舎を案内するって、私を知ってもらうことみたいで、ちょっと恥ずかしい。

 けど、知ってもらえると、やっぱり、嬉しい。

 

 変な感じ。

 嬉しくて恥ずかしい。

 鶏舎って、まるで恋みたいだね。

 

「うん。においがないだけで随分過ごしやすくなるんだな」

「そうでしょう? 今度お手伝いでもしに来る?」

「俺は高いぞ?」

「じゃあ、友達割引で」

「あぁ、今そういうキャンペーンやってないんだよなぁ」

「じゃあ、始まったら教えてね、キャンペーン」

 

 ……楽しい。

 ヤシロと話す何気ない会話が、すごく楽しい。

 こんなのが毎日続けばいいのにって、思っちゃうくらいに。

 

「あぁ……もう全部案内しちゃった」

 

 仕事は多いけれど、設備はそんなに複雑じゃないんだよね。

 残念。もうおしまいか。

 

「もっと、案内したかったなぁ」

「じゃあ、お前の部屋でも見せてもらおうかな」

「ぅえぇっ!?」

 

 ちょっ! い、いきなり何を!?

 

「そ、それは、無理!」

「なんでだ? あぁ、そうか……」

 

 ヤシロが何かを察してうんうんと頷く。

 

「あのな、発酵飼料っていうのがあってだな……」

「く、臭くないもん、私の部屋!?」

 

 し、失礼だー!

 それは、いくらなんでも酷過ぎるよ、ヤシロ!?

 もぉ~う! 怒っちゃうぞ! ぷんぷん!

 

「私の部屋には、特別な男の子しか入れないんですよ~っだ!」

「おでこから上が2メートルあるとか、口から火を吐けるとか?」

「特殊な男の子じゃないわよ! 特別な男の子!」

 

 もう!

 ヤシロのバカ!

 

 ……特別なのは誰なのか…………気付いてくれてもいいのに。

 

「よし、じゃあ予想してみるか」

「予想? 私の部屋を?」

「あぁ。当たってたら、正直に正解って言えよ」

「あは、なんだか面白そう。うん。いいよ」

 

 そう言って、ヤシロはホウキの柄を使って地面に絵を描いていく。

 四角を描いて、その中に小さな区切りを描いて……水飲み場と、餌箱を描いて……

 

「って、それここじゃない! 鶏舎の間取りでしょ、それ!?」

「え? ここに住んでるわけじゃないのか?」

「住まないわよ! ちゃんとお部屋がありますぅ!」

 

 これでも結構、女の子っぽい可愛い部屋なんだから!

 

「まずここにベッドがあるでしょ。それで、枕元にはヒヨコのぬいぐるみがあるの」

「ヒヨコのぬいぐるみ?」

「うん。すっごく可愛いんだよ。私のお気に入り」

 

 寝る時はいっつも抱っこして寝てるんだ。

 とっても大切にしてるの。

 

「自分で作ったのか?」

「ううん。私、お裁縫って苦手なんだよね、実は」

「いや、実はも何も……得意そうには見えないけどな」

「え~、それってひどぉ~い。私、こう見えても結構手先器用なんだよ?」

「裁縫は?」

「苦手だけど……他のことは出来るもん! 例えば…………え~っと……」

 

 何か、手先の器用さをアピール出来るものは…………あっ!

 

「ヒヨコのオスメスが見分けられる!」

「手先、関係ないじゃねぇか!?」

 

 うぅ……だってぇ……

 

「それじゃあ、そのぬいぐるみはどうしたんだよ?」

「あぁ、それならジネットに作ってもらったの」

「……うっ!?」

「ヤシロっ!?」

 

 突然、ヤシロが頭を押さえて蹲った。

 どうしたの!?

 

「あぁ……すまん。大丈夫だ。で、……誰に作ってもらったって?」

 

 あ…………そっか。

 今ヤシロは、私たちの名前を認識できないんだ。

 それなのに、『ジネット』って名前を出したから……

 

「えっと……友達。そう。裁縫が得意なお友達に作ってもらったんだ」

「そうか」

「うん。そう」

 

 私、今……上手に笑えてるかな?

 

 ……こうやって話していると忘れそうになるけれど……ヤシロ、やっぱり記憶が……

 

 ……怖い、な。

 だって、ジネットですらまだ思い出せてないんでしょ……私なんか……きっと。

 

 …………ぐすっ。

 ダメ……泣いたりしちゃ、絶対ダメ。

 

 そんなことしたら、ヤシロが……

 

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