「さぁ、みなさん。張り切ってお料理しましょう」
場を仕切り声を上げたのは、やはりというか……ベルティーナだった。
こいつの嗅覚は神の域に達したんじゃないだろうか? 第六感が思いっきり嗅覚に寄っている気がする。
「じゃあ、お料理処理班も来たことだし、思いっきり作ってくれ」
「……ヤシロが前向き」
「何か裏がありそうです……」
そうじゃない。
こうなることは予想済みなんだ。下手に抗って時間を割くのは得策ではないし、料理に使う食材は陽だまり亭にあるお安くまとめ買いしたものだ。
それで料理を作って、ベルティーナに満足して帰ってもらえれば…………その後で結婚式用の料理の試作が出来る。
こいつは味も値段も一級品の食材を使うからな。ベルティーナに無双されては敵わんのだ。
今のうちに腹いっぱいにさせて追い返してしまおう。
「それで、なんの料理を作るんだ?」
ウェンディよりもノリ気のデリア。ジネットの隣という特等席に陣取っている。……って、こら。
「デリア。ハウス」
「なんだよぉ、ヤシロ!? あたいも料理うまくなりたいんだよぉ!?」
「……いいこにしていれば、終了時にキャラポを贈呈」
「あたい、端っこでも平気だ! 目、いいからな!」
マグダのナイスフォローで、デリアが作業台の端へ移動する。
偉いぞマグダ。……で、『キャラポ』って、キャラメルポップコーンのことか?
「では、今日はウェンディさんを中心にお料理の練習をしましょう」
ということは、違う日にだったらデリアを主体にしてもいいし、マグダを中心にしてもいい、というジネットの計らいだろう。
甘いなぁ、ジネットは。誰に対しても。
「ではウェンディさん。どんな料理を覚えたいですか?」
「なんでも構いません。どんな新鮮野菜ものっけ盛ってみせますっ!」
なんでのっけ盛り限定なんだよ!?
火を使え、火を!
「ジネットがおすすめの料理を教えてやれ」
「え? わたしが決めるんですか? …………え~っと」
ジネットはレパートリーが多過ぎてこういうのは決めにくいのかもしれない。
そもそも、料理が出来ない人間の気持ちは理解できてないだろうしな。何が難しくて何からやれば覚えやすいかとか、苦手な人間にしか分からないことはある。
「……提案」
悩むジネットに、マグダが救いの手を差し伸べる。
「……たこ焼きがおすすめ」
「それ、お前が『他のヤツよりうまく出来る』ってドヤ顔したいだけだろ!?」
「……むぅ。ヤシロは鋭過ぎる」
いやいや、分かるわ!
「はいはい! それじゃあコーヒーにするといいと思うです!」
「マグダ以外で、リクエストあるヤツはいるか~?」
「お兄ちゃん、あたしを完全スルーするのやめてです!?」
ロレッタ、お前な。
どこの新婚家庭が夕飯のおかずにコーヒーを出すんだよ。
ご飯と合わないよね!? コーヒー茶漬けにして食わせるぞ。
「それじゃあ、アタシがリクエストしてもいいかぃ?」
すらりと、妖艶な手つきでノーマが挙手をする。
そうか。ノーマなら、初心者向きの料理とか、分かりやすいヤツを提案してくれるかもしれない。
なにせ、花嫁修業のプロだからな。
「ではノーマさん。何を覚えたいですか?」
「ヤシロの好物さね」
全員の視線が俺に集まる。
……ん? 俺の好物?
「お、……おぉ。確かに、あたいもそれが覚えたいかもっ」
「……ふむ。さすがノーマ。一分の隙もなくイヤラシイ」
「悪女ですっ」
「う、うるさいさねっ!? 別に、含むところなんかないさよ! ……ただ、ウチに来た時に、美味いもんでも食わせてやりたいだけさね」
「……あざといっ」
「したたかですっ!」
「おいおい。マグダもロレッタもそう言ってやんなよ。単に年の功ってだけだろ?」
「何気にあんたが一番酷いさよ、デリア!?」
賑やかになる厨房。
……えっと。俺はどんな顔をしてりゃいいんだ?
「人気者だねぇ、ヤシロは」
包丁を弄びながら、エステラが俺に冷ややかな視線を向ける。……んだよ。なんか怖ぇよ、刃物とその視線のコラボ。
「では、ヤシロさんの好きな料理を、みなさんで作りましょう」
ぱんっ! と、手を叩き、ジネットが明るい声で言う。
俺の好物って……何を作る気だ?
「……ふむ、ヤシロの好きな料理といえば……」
「あぁ、アレですね」
マグダとロレッタがピンッときたって顔で言う。
「……おっぱいプリン」
「間違いないです!」
「あの英雄様。夕飯にプリンは……」
「お前らの決めつけは、時に人を傷付けるから気を付けろ?」
ここでジネットがおっぱいプリンを作り始めたら俺は家出するぞ。
まったく……イメージが先行し過ぎてあらぬ誤解を受けている。
ここはビシッと否定しておくか。
「俺が好きなのはおっぱいプリンじゃない! 生おっぱいだ!」
「は~いみんな、手を洗ってね~。あ、ヤシロ。そこ邪魔だからどいてくれる?」
粛々と、エステラに撤去されてしまった俺@厨房のすみっこ。……ひどくない?
なんだかやるせない気持ちになったので、厨房の隅に椅子を持ってきてそこで独りぼっちで座っててやる。ぬらりひょんの如く。
「それで、店長さん! 何を教えてくれるです!?」
「……マグダにも作れるレベルの物を希望」
「のっけますか? 店長さん?」
「鮭は美味いが、今回は鮭以外な? な?」
「出来ればこう……心憎い隠し味とかを教えてほしいさね」
「なんでも構いませんので、早く作りませんか? 私ずっと待ってますよ?」
「あの、みなさん、落ち着いてください! すぐに! すぐに始めますから!」
ジネットに詰めよる面々と、詰め寄られてあたふたするジネット。
こうも濃いメンツをさばくのは大変だろうなぁ。
「ホント……大人気だよね、ヤシロは」
ナイフを弄びながら、エステラが俺に冷ややかな視線を向ける。……って、おーい。得物が変わってるよ~、より殺傷能力の高い物に。
「では、クズ野菜の炒め物を作りましょう!」
「「「「「クズ野菜?」」」」」
エステラとベルティーナ以外のメンバーが小首を傾げる。
陽だまり亭がクズ野菜の炒め物くらいしか出せなかった時代を知らない者たちだ。
ゴミ回収ギルドが出来、モーマットから野菜をもらうようになってからは普通の野菜炒めがメインとなり、その後の行商ギルドとの和解以降はクズ野菜を客に出すことはほとんどなくなっている。
今でもメニューの片隅には残っているのだが、最近ではほとんどお目にかかれない。
「ボクとしては、懐かしいメニューだね」
「私も、好きでしたよ、アレは」
ベルティーナの言う『私も』の『も』が、妙にくすぐったかった。
「ヤシロ、そんなのが好きなのか?」
「意外さね」
「……ヤシロは、意外と貧乏くさい物が好き」
「あたし知ってるです! 皮に栄養があるですよね!?」
まぁ、そう言われればそうなのだが…………
初めて食ったジネットの手料理がそれなのだ。
……えぇい。くすぐったい。
それを好物とか…………あぁ、くすぐったい。
「この料理は、簡単そうに見えて下ごしらえが大変で、調理にも細心の注意が必要なんです。練習にはもってこいではないかと思いますよ。材料費も、お安く済みますしね」
確かに。
野菜ごとにそれに合った調理法をしなければ、生焼けや黒焦げが出てしまう、何気に難易度の高い料理だ。
ふむ。
まったりお料理教室になるかと思いきや……ジネット先生は結構スパルタかもしれないな。
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