「見てくださいまし、ヤシロさん!」
三十五区までの巡業を終え、帰ったら帰ったで特別深夜営業を敢行して、夜が明けるやすぐさま教会への寄付を行い、不眠と不休が容赦なく体力を奪い去り、もはや風が吹けば三途の川をもひとっ飛び出来そうな状態の俺の前に、パワフル過ぎる笑顔を浮かべたイメルダが元気いっぱいに現れた。
どうする?
→締め出す
『ちょっとお待ちになって!? なぜ放り出すんですの!? なぜドアを閉めるんですの!?』
ドンドンとドアを乱打して、イメルダが店先で吠える。
あぁ、うるさい。
俺が今死んだら、真犯人お前だからな?
「んだよ、うっせぇな。こっちは営業中なんだよ」
「でしたら、お店に来ることになんの問題もないではないですの!? 入れてくださいまし!」
イメルダのくせにまっとうなことを言う。
しょうがないので店に入れてやろう……と、ドアを開いたのだが。
「……なんだ、これは?」
「素晴らしいとお思いになるでしょう? お思いでしょう? そうでしょう?」
店の前に、とてつもなく太く、とんでもなくデカい丸太が転がっていた。
「…………邪魔」
「なんてことを言いますの!? ご覧くださいまし! この太さ! この大きさ! おまけに質も申し分ない、百年に一度とれるかどうかの最高の木材ですのよ!?」
「いや、俺、そういうのよく分かんねぇし」
「分かってくださいまし!」
『まし!』と言われてもだな……まぁ、確かに、まっすぐで立派な木だな。……としか。
「折角、オースティンとゼノビオスが二人掛かりで手に入れてきた最高級木材ですのに……」
「あれ? その二人って、大食い大会に出てたヤツだよな?」
「えぇ、そうですわ。彼ら、なかなか根性のある方たちで、二週間外の森にこもってこの木を探し出してきたんですの」
それはなんとも、気合いの入ったことで。執念だな、もはや。
「最高級の木材を入手することが、木こりギルド四十二区支部への所属条件ですので、それくらいは当然ですわ」
「……お前、本部の腕利き、根こそぎ引き抜く気じゃないだろうな?」
「当然ですわ! 四十二区支部はワタクシの支部ですのよ? 本部如きに後れをとるわけにはいきませんわ!」
本部如きって……
こりゃ、ハビエルのヤツ、泣いてんだろうな。
なにせ、木こりの連中はイメルダのそばにいることが至上の幸せだと思ってやがるからな。
「お父様も、そろそろいいお年ですし…………」
「ん?」
「なんでもありませんわ」
ふと……ほんの一瞬、イメルダの表情がかげった。……気が、したのだが。
しかし、またすぐにイメルダはいつもの唯我独尊という言葉を擬人化したような強気な笑みを浮かべる。
「しかしながら、さすがはワタクシが見込んだ二人ですわ。この腕前なら、支部の幹部に任命して差し上げても問題ありませんわ」
それはきっと、連中にとっては最高の称賛なのだろう。
「んじゃあよ、頑張った二人と飯でも食いに行ってやれよ」
どっちも、何回もイメルダを食事に誘っては玉砕していたらしい。
一回くらい、な?
「お断りですわ」
「ご褒美だと思ってよ」
「仕事とプライベートは別ですわ!」
「……お前らしいけどな、そういうとこ」
まぁ、こいつにはこいつのやり方や考え方があるんだろうし、深くは突っ込まないでおくか。
「とにかく! 本部でも滅多にお目にかかれない素晴らしい木材が手に入りましたの! これを使えば、結婚式のパレードに相応しい馬車が作製できますわ!」
「え、使っていいのかよ!?」
「当然ですわ。木材ですもの」
「いや、ほら。百年に一度とかなら、飾っておいたり、相応の相手と取り引きしたりよぉ」
「木材は使用するためにあるんですのよ? 今、最も必要とされる場所で使ってこそ、木材は価値があるものになれるのですわ」
そんなもんなのかねぇ。
まぁ、飾っておいても「すげぇ」って感想を持たれるオブジェになるだけだしな。
「それじゃ、使わせてもらうか。この木を見せたら、ウーマロが大喜びして失神しそうだ」
「そうですの!? それは楽しみですわね!」
ウーマロを仰天させることが、とても嬉しいようだ。
まぁ、驚くだろうよ。あいつ、木材とか好きだし。
「そんなわけで、ワタクシ、ヤシロさんの計画のために頑張りましたわ」
「まぁ、そうだな。これがありゃ、いいパレードになるだろう。ありがとうな」
「ご褒美にお食事をご馳走していただきたいですわっ!」
「おい。仕事とプライベート云々はどうした?」
なんて自分都合なお嬢様だ。
しかしながら、パレードの馬車を豪華にするってのはいい案だ。
ルートのことばかりに気を取られて、見栄えの点をすっかり失念していた。
うむ。イメルダ。いいところに気付かせてくれたな。
飯くらい奢ってやるか。
「しょうがねぇな。ご馳走してやるよ。ただし、陽だまり亭の飯限定でな」
「もちろんそのつもりですわ」
言って、いつも俺が座っている一番奥の席へと移動する。
なんかあの席、関係者密談コーナーみたいになってんだよな、最近。
「最近、店長さんが不在で……それはそれで面白いメニューが出てきてなかなかよかったのですが……本場の味に飢えていますの」
「どこの本場だよ」
「ですので、店長さん渾身の力作をいただきたいですわ」
「ジネットはいつだって全力だよ。じゃあなんでもいいな?」
「エレガントなお食事を希望しますわ」
……食堂に来てエレガントも何もないだろうに。
「具体的に何かないのか? パスタとか、ハンバーグとか」
「焼きおにぎりが食べたいですわ!」
「おい、エレガントどこいった!?」
「焼きおにぎりを、エレガントにいただきますわ!」
「お前のさじ加減じゃねぇか!?」
まぁ、それがいいってんならそれでもいいが……こいつ、いつ焼きおにぎりなんて食ったんだ?
「以前、お好み焼きフェアの日にマグダさんが『……店の匂いを変える』と、焼きおにぎりを作っていましたの」
そんなことしてたのか。
つか、今のってモノマネ? なんか面白かったからもう一回見たいんだけど。
「ですが、その時ワタクシは八枚のお好み焼きを平らげた直後で、……涙を飲みましたわっ!」
どんだけ好きなんだよ、お好み焼き……
それで、腹いっぱいになっちまって、いい匂いだけ嗅がされて食えなかったわけか。
お~お~、悔しそうに。
「ですので! 店長さんに、マグダさんを超える、本物の焼きおにぎりを作っていただきたいですわっ!」
「お前、最初っからそれが目当てだったろう」
奢れとかエレガントとか、そんなんはどうでもよかったんだろうな。
メニューにない料理をおねだりするには、相応の理由が欲しかったのだろう。
「う~ん……ジネットが作る焼きおにぎりとなると、マグダの作ったのと同じものになると思うぞ」
前に俺がジネットに教えた、しょう油を塗ったオーソドックスな焼きおにぎりだ。
マグダも、ジネットから教わったのだろう。
「それを食べてみたいんですのっ!」
どんだけ悔しかったんだよ、食えなかったのが。
「しかし残念だな。『ジネットの手料理で』という制限がなければ、俺が新しい味を作ってやることも出来るんだがなぁ」
「店長さんの料理は、後日でも構いませんわ!」
こいつの意志、弱っえぇなぁ。くにゃんくにゃんだな、なんだか。
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