現在の総合得点は以下の通り。
青組 3180ポイント
黄組 2630ポイント
白組 3030ポイント
赤組 2730ポイント
赤組との差は300ポイントあるが、ここから先はそれが平気で覆るような競技しかないんだよなぁ。
下手をすれば次で逆転される可能性もある。
「くそ……、必勝方が見つからねぇ」
少々焦って髪を掻き毟る。
次の競技は、個の力と団結力のどちらもが必要とされる競技。
故に、狩猟ギルドのいる青組が絶対的に有利な競技。
次の競技は、『棒引き』だ。
フィールドに五十本の棒が並べられる。
棒の長さは3メートル。直径は20センチ。
それを自軍の陣地に運び込めば一本につき50ポイントが加算される。つまり、合計2500ポイントの奪い合いだ。
ハムっ子ゲットだぜに近しいルールではあるが、棒は逃げない。
ぐるりと円を描くように放射線状に並べられた棒。
それを取り合い、奪い合って一本でも多く自軍の陣地へと運び込む。
個人の当たりの強さ、素早さ、狡猾さと、それらの人材を効率よく指揮し場を制する統率力が必要とされる、棒引きはそういう競技なのだ。
なお、敵陣地から棒を奪う行為は反則。
選手への攻撃も禁止。ただし、進行の妨害は危険なものを除いて許容される。
「ノーマがビキニでおっぱいをゆっさゆっさすれば、男の選手はほぼすべて無力化されることだろう」
「しないさよ!?」
「……と、言いつつも?」
「だから、しないって言ってるさよ、マグダ!」
そんな妨害が、あればあったで楽しいのに。
当初『棒倒し』をやろうかと案を挙げたのだが、「それでは狩猟ギルドにあまりに有利過ぎる」とエステラが反対したのだ。
垂直に立てた棒。それを倒す者と守る者が衝突すれば『戦闘』に慣れている狩猟ギルドが技術的にも戦術的にも有利過ぎると。
エステラは、大会委員長としてはとても平等な意見を言うのだ。
それが、青組の優位性を阻害することになっても。
「とはいえ、棒引きも十分狩猟ギルドに有利だけどな」
「まぁまぁ。直接ぶつからずに点数を得る方法も考えられるじゃないか、棒引きの方が。棒倒しとは違ってね」
俺の愚痴に、エステラが宥めるようなことを言う。
確かに、狩人どもが守っている棒に飛びついて引き摺り倒すより、狩人の目を盗んで棒を運び込めば点数になる棒引きの方が、まだ微かに救いはありそうだけども……
「せめて、ウッセだけは斧で攻撃してもいいことにしてくれ」
「さすがに怪我するわ! お前が相手でもな!」
「大丈夫だ。斧が許可されたらマグダをけしかける」
「怪我どころじゃすまねぇな!? 死ぬな、確実に!」
ウッセが吠える。
難癖ばっかりつけてくるなこいつは。
「……ウッセ」
「なんだ、マグダ。呼び捨てにすんな」
「……もし、仮にウッセが死んだとして何か問題が?」
「おぉーい、大会委員! このアホのトラ娘にもう一回スポーツマンシップのなんたるかを教えてやってくれ!」
「……スポーツマンシップに則り、正々堂々と、ウッセを狩る」
「あーごめん、その前に基本的教育が必要だったわー!」
教育の責任はお前にもあるだろうが。マグダが所属する組織の代表者なんだからよ。
「次の棒引きで俺たちの偉大さを思い知らせてやるぜ。精々楽しみにしておくんだな」
悠々とした態度で青組陣地へ戻るウッセ。
エステラも意味ありげな笑みを見せて自軍へと戻っていく。
メドラだけでも手に負えないってのに、狩猟ギルドもやる気満々かよ。
赤組の協力も得られないし……さて、どうしたもんか。
「オオバ。こうなりゃ下手な小細工はなしで正々堂々、真正面からぶつかって勝利をもぎ取ってやろうぜ。なぁに、四十一区領主のこの俺がついているんだ、大船に乗ったつもりでいるがいい!」
「マグダ、リカルドがついてるぞ」
「……やだ、ばっちぃ、取って」
「ばっちくねぇ! で、『ついてる』ってそうじゃねぇ!」
「じゃあお前一人でメドラを止めてこい」
「無理言うな」
ほらみろ、バカリカルド。
真正面からぶつかってどうにかなる相手じゃないから頭を使ってんだろうが。
考えることをやめたら、人間はただの動物になっちまうぜ。
何をどうしていいのか分からなくなって、思考が漠然としたまとまりのないものに埋め尽くされた時、人は焦って判断を誤るか、考えるのをやめてしまいがちだ。
だが、思考を放棄できない時ってのは往々にして存在する。
思考がとっ散らかってまとまらなくなった時は、数字を脳みそに叩き込んでやるといい。
漠然としてしまうのは具体案がなく解決策の輪郭が明確でないからだ。数字は誤魔化しのきかない正確性を持っている。
「なんとなく売り上げをあげた~い」よりも、「今年度中に40%の売り上げ増を目指す」と明確な数字を打ち出した方が達成する確率は高い。
人は、数字を生み出してここまで進化してきたのだ。
というわけで、もう一度得点ボードを見る。
今明確に示されている数字はアレくらいだからな。
あとは、1本50ポイントの棒が50本で2500ポイント……
「……なるほど。そっちの路線で行く手もあるか」
脳内にじわりと広がっていた焦りが少しだけ引いていく。
しかし確実性には欠ける。一種の賭けだ。
……賭け、か。
……しょうがない。大事の前の小事。
白組が優勝できないと、どう転んでも面倒事が舞い込んでくる。
メドラと交換日記だの、ハム摩呂誘拐事件だの、想像するだけで面倒くさい。青組が勝ったってきっと何かが起こる。トレーシーによるエステラの誘拐……いや、クレアモナ家への嫁入りか? エステラが面倒を背負い込むのは別に構わんが、そのツケがこっちに回ってきては敵わない。
なんとしても、予測される面倒事はここで未然に防がなくてはいけない。白組の優勝という分かりやすい結果を突きつけて。
だから、……しょうがないのだ。
腹を、決める。
「それじゃ、ダーリン。アタシも黄組へ帰らせてもらうよ」
「待て、メドラ」
背を向けたメドラを呼び止める。
「俺と賭けをしないか?」
勝率の低い賭けだ。
おそらく、この賭け自体は俺の負けになる。
だが、ここで小さく負けておくことで後の大きな勝利を手に出来るとするなら――
最大限の利益を選ぶのが詐欺師って生き物なのさ。
「このタイミングでダーリンから持ち掛けられる賭けに乗るほど、アタシは世間とダーリンを知らないわけじゃないよ。悪いけど、その賭けには……」
「お前が勝ったら、俺に特別訓練を付けられる権利をくれてやろう」
「……ダーリンに? 訓練ってのは、狩人のかい?」
「あぁ。もちろん、俺が死なない程度の訓練にはしてもらうが」
「ダーリンと訓練ってのは楽しそうだけどね、それでも乗れないね。どうせならケーキデートとかの方が……」
「外壁の外の森での夜間訓練ってことでどうだ?」
「森での夜間訓練!? そ、そそそ、それって、いっぱ、ぱぱぱ、ぱく、ぱく、ふつつつかかかかでかい!?」
「おう」
魔獣が跋扈する森の中で、魔獣も恐れるメドラと一泊二日。
俺の命は風前の灯火だが……むしろメドラに魔獣をぶつけることで生存確率を高めることが出来る。そういう計算だ。
さすがのメドラも、魔獣の前ではふざけないだろうし……と、思いたい。
「ふ、ふふふ……まったく。ほとほと口の巧い男だねぇ、ダーリンは」
「お泊まりデートだ、わっほーい!」というよりは「よくもまぁ、人の興味を惹くことを思いつけるもんだね」という感心した表情でメドラがこちらを向き直る。
ったりめぇだろ。詐欺師だぞ、俺は。それも一流の。
「それじゃあ、聞かせてもらおうかい。その賭けの内容を」
「受けてくれるのか?」
「興味があるのさ。ダーリンが、一体どんな手でアタシに勝とうとしているのかってことにね」
メドラは二つ勘違いしている。
この賭けは勝つためにやるんじゃない。
そして、今回勝負するのは、俺じゃない。
俺は、白組優勝のために遅効性の猛毒を仕込むような策謀を巡らすのだった。
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