「ヤシロさ~ん! キャベツ、買ってきました~」
緑のイモムーが好みそうな、丸まるとした大きなキャベツを両手で掲げ、ジネットが三十六区の大通りを駆けてくる。
屋台の売れ行きが想像以上で、材料が足りなくなったのだ。そんなわけで現地調達をしている。
「……タコ、ゲットだぜ」
ジネットとは別の路地からひょっこりと顔を出したマグダの手には、きっちりと茹であげられた大きなタコが握られていた。
屋台じゃ茹でられないからな。魚屋で茹でてもらってきたようだ。……それとも、もともと茹でておいてあったのだろうか?
「……この街では、ボイルシーフードが定番食とのこと」
「へぇ。さすが、海の街三十五区のお隣さんだな」
海漁ギルドの拠点の一つ、三十五区。
その街門からほど近い三十六区では、海の幸があちらこちらで売られている。
大通りしか見ていないが、心象としては三十五区よりも海の幸推しがすごい気がする。
「お兄ちゃんたち! 早く調理にかかってです! ポップコーンだけではそろそろ限界です!」
材料補充の間、ロレッタ、ハム摩呂姉弟は押し寄せてくる客たちをポップコーン一つで捌いていた。
しかし、「甘い物より腹にたまるもの!」みたいな顔したオッサンたちは、ポップコーンでは満足してくれないようで、「何かあるんだろ? そっちの鉄板で何かするんだろ?」と、半ば脅迫めいた視線を俺たちに向けてきていた。
すぐに焼けるように準備して待っていた俺は、針のむしろ状態だった。
視線がちくちく刺さる。
クレープとパンケーキなら焼けたのだが……これ以上甘いものを提供すると「ここは甘い物しかない店だ」と判断されて、甘いものに興味がない連中が離れていきそうだったので、売り時にもかかわらずグッと我慢していたのだ。
お好み焼きが捌けたら、パンケーキも売ってやるっ!
「飢えた、獣の群れやー」
嬉しそうにポップコーンを頬張るガキどもの向こうで、まさに飢えた獣の如きオーラを発するオッサンたちがこちらを凝視している。
まぁ、俺がちょいちょいソースを鉄板に落とし、いい香りだけ辺りに撒き散らしているせいでもあるんだが……だって、甘い香りだけだと折角の客が逃げちまうし、そろそろ夕飯時だから、ここで逃がすとオッサンたち他所で飯食っちまうし……
「ジネット、材料のカットを頼む! 俺とマグダはすぐに焼き始めるぞ!」
「はい!」
「……了解」
十分に熱せられた二種類の鉄板に油をひき、スタンバイをする。
たこ焼きの方は先に生地を流し込んでしまう。
お好み焼きは混ぜ合わせなきゃいけないから、もう少しの辛抱だ。
「はい! とりあえず一人前ずつです!」
ジネットがキャベツとタコを一人前ずつカットして、俺たちの前に置く。
先に一人前焼いてしまえということだ。さすが店長。無駄がない。
お好み焼きは一人前だけ先行して焼くとして、ジネットはタコのカットに取りかかる。
たこ焼きは一気に焼きあげる方が楽だからな。
生地が固まってしまう前に、タコをカットしきってしまうつもりのようだ。
お好み焼きとたこ焼き、それぞれの調理が始まると、ガキどもがポップコーン片手に近くへ寄ってきた。
面白いもんな、作っている工程。たこ焼きなんか特に。
しかし、それ以上に、ガキどもの背後から迫りくるオッサンたちの圧力が凄まじい。
「分かってるよな、テメェら? これだけ待たせたんだ。これでもしナンパで貧弱な物作りやがったら乱闘が起こるぜ?」みたいな顔だ。
港で荷揚げの仕事でもしてる連中なのだろうか、筋肉がパンパンに膨れ上がっている漢たちがじりじりと詰め寄ってくる様は、……ホラーだ。
「な、なな、なんか怖いですっ!?」
「暴動の、一歩手前やー!」
にじり寄る漢たちの『圧』に、ロレッタとハム摩呂が身を寄せ震え上がる。
……くっ。もうすぐお好み焼きが一枚だけ焼き上がりそうなんだが…………これ、マジで暴動が起こるんじゃないか?
奪い合いとか始めるんじゃねぇぞ。
よし、ここは俺がしっかりと、毅然とした態度で、傍若無人な略奪行為を完全阻止してやる!
「よし! お好み焼き第一号だ! 買うヤツはいるか!?」
「あ、どうぞ。お先に」
「いえいえ、そちらこそ」
「私はまだ大丈夫ですので、どなたかお先にどうですか?」
「とりあえず、順番に並びませんか、みなさん?」
「「「賛成」」」
譲り合いの精神っ!?
めっちゃ大らかな人たちだった!?
なんか、見た目で判断しちゃってごめんね!?
「じゃー、アタークシがいたーだきますでござーますわっ、おほほ!」
「テメェに食わせるお好み焼きはねぇっ!」
譲り合う漢たちの間をすり抜けて、圧塗りメイクのババアが割り込んできやがった。
毅然とした態度、発動っ!
見るからに設えのいい服とゴテゴテとした装飾品を身に着けているこのババアは、きっと見たまんまどこかの金持ちなのだろう。
だが知らん!
普段なら、金持ちを優先して必要以上に支払わせるところだが……俺は今、この漢たちの譲り合いの精神に猛烈に感動しているのだ!
清らかなる心を持たぬ者に立ち入る隙は微塵もない!
「よし! じゃあ、一番最初から待ってたお前だ! お前に第一号を売ってやる!」
「えっ!? あ、あっしなんかでいいんでやすか?」
おぉうっ、しゃべり方っ!?
……ちょっと後悔しそうになったが、言葉遣いは精霊神のおふざけに左右されるところだろうし…………
「いいだろう! お前に売った!」
「ありがとやんすっ!」
妙に腰の低い筋肉男が一歩前へ進み出て、俺に頭を下げ、ジネット、マグダ、ロレッタ、ハム摩呂へと頭を下げ、振り返って観衆に頭を下げる。
腰、低いなっ!? どんだけ腰低いんだよ!?
「それでは、いただきやんす………………ウッマっ!?」
野太い声が漏れた。
低かった腰を「ビーン!」と伸ばして、「ちょっ、見てこれ! マジうまい!」と観衆にアピールするようにお好み焼きの載った皿を掲げて、指さして見せている。
視線の送り方がベテラングルメリポーターのようだ。
もしカメラさんがそばにいれば「ちょっとカメラさん、見てくださいよこれ」とか言いながらお好み焼きの断面を見せつけていることだろう。
「これは、美味しい食事をさらに美味しくしたような味でやんす!」
残念。たとえがすげぇ下手。
何ひとつ伝わってこない。
「ハム摩呂。今焼けた新しいお好み焼きを食って、感想を聞かせてやれ」
オッサンが悶えている間に焼いておいたお好み焼きをハム摩呂に渡し、試食させる。
躊躇いなくお好み焼きに齧りつき、小さな口をもくもく動かすハム摩呂。
見ていろ、なんちゃってグルメレポーターめ。
これが、食レポってヤツだ!
「うまみと幸福感の、協奏曲やー!」
「俺にもくれ!」
「俺にも!」
「こっちは三枚だ!」
さすがハム摩呂。あっという間に観衆の我慢が限界を突破してしまった。
お前、その道で食っていけるぞ。
「……ハム摩呂。こっちも」
「おぉー! マグダたんの『あーん』やー!」
お好み焼きの人気に負けず嫌いが刺激されたのか、マグダがたこ焼きを一つハム摩呂に食べさせてやる。
「あふっ、あふっ、あふっ、あふっ!」
口の中でたこ焼きをはふはふさせるハム摩呂に、集まっているご婦人方から「かわいぃ~」の声が上がる。
……ばかやろう。はふはふくらい、俺も出来るわ。
可愛さならハム摩呂と五分だっつの。
「ぉほ、ほぃひふぁの……はふっ、はふっ、あつあつやー! はふっ、あふっ」
最早感想にすらなっていない。
『美味しさの熱々やー』ってなんだよ?
「あたし、買うわっ!」
「私もよっ!」
「アタークシは三つザーマスっ!」
さっきのザーマスオバサンまで!?
女子人気が物凄いな!? ハム摩呂があっという間に婦人方に取り囲まれる。
……俺も、はふはふしながらお好み焼き焼こうかな。
「お、おお、俺にもたこ焼き!」
「俺にも!」
「いいや、俺が先だ!」
ハム摩呂を愛でる婦人方を押し退けんばかりの勢いで、オッサンどもがたこ焼きの前に群がる。……いや、『マグダ』の前に群がっている。
そして、全員揃って口を限界まで大きく開く。
「「「「あーん!」」」」
「……そのサービスは行っていない」
「「「「えぇーっ!?」」」」
ハム摩呂がしてもらった「あーん」を羨ましがってんじゃねぇよ。
うわぁ……オッサンたちの殺意混じりの視線がハム摩呂に突き刺さってるわぁ。
オッサンの嫉妬って、みっともねぇなぁ。
「……ただし。購入者には漏れなく、ロレッタが『ふーふー』してくれる」
「なんであたしですか!?」
「「「「買ったっ!」」」」
「物凄い数の漢たちが、ユニゾンでっ!?」
すげぇ単純につられた漢たち。
……この区も、バカしかいないのか。
「うぅ……過酷ですぅ……」
マグダから手渡されたたこ焼きに、一度「ふぅ~」と息を吐きかけてから客に手渡すロレッタ。
……なに、このプレイ。俺も並ぼうかな?
しかし、あっという間にたこ焼きに人気を掻っ攫われてしまったな。
ちらりとこちらに視線を送ってきたマグダは、すげぇ勝ち誇ったドヤ顔をしていた。
……このやろう。
「ジネット!」
「はい」
「お好み焼きを、一回挟んで提供するサービスを……」
「懺悔してください!」
ダメかぁ!
まぁ、火傷するもんな。
しょうがないよなぁ。
しょうがないから、今度日を改めて、俺だけやってもらおう。
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