それじゃあ、弁当の手伝いでもしてくるかな……と思った時。
「カタクチイワシィィィィィィィィイイイイイ!」
遠くに馬車が見えたかと思うや、そんな叫びと共にルシアが馬車から飛び降りて、馬車以上の速度でこちらに向かって突撃してきた。
「どふっ!」
全体重を乗せた体当たりに、俺は吹き飛ばされる。
ころころ転がって、巨大看板の脚に激突する。
おぉう……痛い。
「貴様! どういうつもりだ!?」
「それはこっちのセリフだ、このヤロウ……」
般若顔で俺を見下ろすルシア。
テメェ、乳が腫れ上がるくらいぺしぺし叩きつけるぞ。
「私の触覚さわり放題を返せっ!」
……あぁ、その件か。
以前、俺がミリィに教えた言葉が、そのまま一語一句間違うことなく伝わり、俺の予想通りに「分かった! その通りに伝えておくよ!」と、エステラは面白がってそのまんまルシアに手紙を書き、ウェンディにも話を通したらしい。
つまり、三十五区の花園の花を使わせてくれると、触覚ぷにり放題をプレゼント(ただしその触覚はウェンディの父・チボーの触覚だけどな!)という話を真に受けて、「さぁ、ミリィたん、触覚ぷにぷにしましょーねー!」という段階でネタばらしされて、怒髪天を衝いて四十二区まで殴り込んできたわけだ。
「確認を怠ったお前が悪い」
「きっさっまっはぁぁぁああああ!」
なんだか、ルシアが最終形態にでも変身しそうな禍々しいオーラを放ち始める。
怖い怖い。
「ヤシロ~? 何を騒いで…………あっ……」
店から顔を出したエステラだったが、怒り心頭に発するルシアを見て、静か~にドアを閉めやがった。
「エステラ!」
「は、はい!」
だが、ルシアに名を呼ばれて飛び出してくる。
そうだそうだ。
入れ知恵したのは俺だが、実行したのはエステラなんだから、怒られるのはエステラであるべきだ。
「怒られろ、エステラ」
「ヤシロの入れ知恵だろう!?」
「同罪だ!」
と、自分の度しがたい変態性を棚に上げてルシアが怒る。
お前がもっとまともな人間なら、こんなことにはなっていないと思うんだが……まぁ、これは口にしないでおくか。
「……ヤシロが、『自分の度しがたい変態性を棚に上げてルシアが怒る』と思っている」
「おまけに『お前がもっとまともな人間なら、こんなことにはなっていないと思うんだが』って思ってそうな顔してるです」
「お前らすげぇな!? それとも、俺の顔、そんなに分かりやすい!?」
最強詐欺師のポーカーフェイスを、こうまで見事に読み取りやがって。
あぁ、ほら見ろ。
ルシアが「これが私の……本当の姿だぁ!」直前みたいな顔でこっち見てんじゃねぇか。
「カタクチイワシ……エステラ……」
「お、おぅ……」
「なんでしょう、か……?」
「明日が、二十四区で『宴』を行う日らしいな?」
「ま、まぁ……な」
「その予定、です……けど?」
まさか、ルシアは自分も参加させろと言い出すつもりか?
「ならば、私の館へ来い」
「「へ?」」
「た~っぷりと自己弁護を聞いてやろうではないか」
……って、それはつまり。
「ヤシロさんとエステラさんに、泊まりに来いというお誘いですね」
大きな弁当箱を持ったジネットがひょっこりと顔を出す。
弁当はまだ出来ていないようだが。
「な、何を言うのだジネぷーよ! 私はこの者たちに説教をしてやりたいだけだ!」
「わたしも、ヤシロさんやエステラさんがテントで眠るのは心配だったんです。ルシアさんのお家でしたら安心ですね」
「む……むぅ……違うと言うのに」
「ルシアさん。お二人をよろしくお願いしますね。お弁当、ルシアさんの分もご用意しますので」
ジネットを前にしては、ルシアも怒りを持続させることが出来ないらしい。
……領主をも抑え込むとは。お前はたいしたヤツだよ。
つか、ジネぷーって……そういや、こいつはそう呼ぶんだっけな、ジネットのことを。
「ふ、ふん! ジネぷーの料理は美味いからな。魅力的な申し出ではあるか。ジネぷーに感謝するのだな、二人とも! 弁当に免じて、説教だけで許してやる!」
「うふふ。ルシアさん、寂しかったんですね」
「は、はぁ!? 何を言うのだジネぷーよ!? いくらそなたといえど、適当なことを言うと承知せんぞ!」
「うふふ。すみません」
「くっ………………ぅぅうう、カタクチイワシのバーカ!」
「なんで俺だ」
「しょうがないじゃないか。ジネットちゃんに暴言なんて吐けないんだよ、ルシアさんも」
「俺にも吐くなよ」
「吐きやすいんじゃない、君は?」
納得できねぇ。
「ルシアさん。お弁当に入れてほしいおかずはありますか?」
「ハム摩呂たんを!」
「おかずだっつってんだろ」
「ふっ……分かっていないようだな、カタクチイワシ……私は、ハム摩呂たんで白米が食えるっ!」
「おい、エステラ。自警団呼んでこいよ」
「前向きに検討しておくよ」
……横着しやがって。
「俺だって、ミリィで白米が食えるぜ!」
「マグダ。メドラさんを呼んできてくれるかい?」
「……迅速に」
「ちょっ!? お前、自警団の何倍の戦力投入する気だよ!? 殲滅戦か!?」
「お兄ちゃんとルシアさんの差ですねぇ」
バカ、ロレッタ。
俺とルシアじゃ大差ねぇよ! ……誰がルシアと大差なしか!?
「特にないようでしたら、おまかせくださいね」
にっこり笑って、ジネットが店内へと入っていく。
「折角だから、ルシアの馬車に乗せてもらおうか」
「何を勝手なことを。貴様は徒歩で来い」
「偶然にも、大型の馬車で来てるみたいだからな」
「…………」
ギルベルタすらいないのにこんな大型馬車に乗ってきたってことは、最初から乗せてくれるつもりだったのだろう。
「弁当が出来たら、ウーマロんとこ行って、先に二十四区の教会に連れて行ってくれ」
「ふん。仕方のないヤツめ。今回だけはジネぷーの弁当に免じて貴様の言うとおり行動してやろう」
ルシアなりに、『BU』突き崩しの力になりたいということもあるのだろう。
こんな回りくどいことをしなけりゃ動く理由が作れないなんて……
「ツンデレめ」
「ヤシロそっくりだね」
「……うりふたつ」
「まるでお兄ちゃんです」
誰がルシアとそっくりか!?
で、すげぇ嫌そうな顔してんじゃねぇよ、ルシア。こっちこそがだっつうの!
ジネットの弁当の完成を待ち、俺たちはルシアの馬車で出発した。
いろいろと手を回した準備も終わり、いよいよ『宴』に向けて行動を開始する。
始まればあっという間に終わってしまうだろう。
そのあっという間に、ドニスを説得し、こちら側に引き込まなければいけない。
ゆっくりと四十二区を進む馬車の中で、俺は今一度気合いを入れ直した。
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