「ギルド長、あの……」
少年が心配そうな声でデリアを呼ぶ。
何事かとそちらを見ると、少年三人が蹲るモリーを取り囲んでいた。
「どうした、モリー?」
「あ、あの…………せ、背中の筋が……っ」
どうやら、巨大な岩を放り投げたせいで筋を違えたらしい。
あるある。
火事場の馬鹿力的にすごいパフォーマンスを発揮した直後に体が悲鳴を上げること。
モリー。
今日のお前、すっごく面白残念なことになってるぞ。
なんだろう。
ダイエットって、人をアホっぽくしてしまうのかな。
思考が短絡的になってる気がする、どいつもこいつも。
「なんだ、筋違えか」
手に持っていた大岩を元あった場所に、あったとおりにそっと置いたデリア。
え、何かこだわりあるの? 元の景観を崩しちゃいけないルールでも?
「ならあたいに任せとけ。治し方知ってんだ」
そう言って、にこにことモリーの肩を抱くデリア。
その瞬間、少年たちの顔からざっと血の気が引いていった。
「あ、あの……っ、ギルド長……!」
「ギルド長の治し方って……!」
「そのお姉さん、素人さんなので……!」
一体なんの素人だというのか……
一つ言えることは、俺はそのジャンルのプロには死んでもなりたくない。詳しくは知らなくても、絶対なりたくない。
「大丈夫大丈夫。オメロにもよくやってやってんだ」
あぁ……オメロに対する感じかぁ。
どうしよう、止めようかな。モリー死んじゃうかもしんないし。
「あの、デリア。モリーはか弱い女の子だから、オメロ的なヤツは――」
「じゃあ、いくぞー! ふんっ!」
「いたぁぁぁあああああああああああああっい!」
止める間もなかった。
すまん、モリー……
この日、何度目かのモリーの絶叫が河原にこだまして、河原の遠くの方から川漁ギルドの面々が全員揃ってこっちに向かって土下座して謝っている姿がなんとも印象的に網膜に焼きついた。
そうか。
誰も止められないのか。
……本気で開催した方がいいかもしれないな、パワハラ講習会。
「どうだモリー? 治ったろ?」
「……はい」
モリー、声、出てないよ!
「筋は、もう痛くないんですけど…………筋以外が全部痛い気がします……」
「あはははっ、モリーは大袈裟だなぁ」
いや、絶対大袈裟じゃない。
俺、この先一生、デリアの前で筋を違えない。心にそう誓った。
「え~っと、モリー……デリア流シェイプアップトレーニングなんだけど……」
「すみません、ヤシロさん……体が、動きません」
だよねぇ。
「じゃあ、初心者向きの、俺が考えたシェイプアップ教室が夕方からあるから、それをバルバラと一緒に受講するか」
「ヤシロさん考案なら……信用、でき……ます」
そうかそうか。
さすがモリーは頭がいいな。
もう学習したんだ。……デリア流は危険だと。
「デリアさんが教える『ヤシロさんのシェイプアップ体操』で、お願いします」
「おう、それなら簡単だから子供でも出来るぞ、きっと」
あはは。デリア~?
普通の大人が息切れしてしばらく立てなくなるくらいの難易度なんだけどなぁ~? 伝わってないのかなぁ~?
危険だなぁ~、講師変えようかなぁ~?
「ヤシロさん……正確な難易度は?」
「ネフェリーがバテるくらいだ」
「まぁ、それくらいなら…………体調が戻れば、きっと」
そんな前向きなモリーではあるが、切実に、この後二時間くらい休憩させてほしいと懇願された。
断れなかったよね、うん。
「それはそうとさ、店長」
「は、はい?」
いまだ、谷間ずっぽん事件の尾が引いているジネットが少し赤い顔で首を傾げる。
「店長、なんか柔らかくなったか?」
「えっ!? まさか、またおっぱいが成長を!?」
「し、してませんよ!?」
「ちょっとよく見せてみなさい、ジネット!」
「ダメです! もう! ヤシロさん!」
胸を両腕で隠して腰をかがめるジネット。
えぇい、くそぅ!
サイズが分析できない!
「あぁ、いや、胸っていうか…………腹?」
「………………へ?」
赤い顔をしていたジネットの顔色が、微かに悪くなった。
「なんかさぁ、店長さぁ……」
言いながらジネットに近付いていくデリア。
そして、隣に並び立つとおもむろにジネットのお腹をぷにっと摘まんだ。
「ちょっと太ったか?」
「――ぃっ!?」
声にならない悲鳴を上げて、ジネットが目を見開く。
そしてバッと背中を向けて、自分のお腹をさすさすぷにぷに確認して……栗色の髪が一瞬逆立った、気がした。
ぎぎぎ……と、錆びたブリキの人形みたいな動きでデリアの方へと顔を向けるジネット。
震える唇は少し血色が悪くなっていて、か細い声がそこから漏れていく。
「デリアさん……体重計とか、ありますか?」
「おう。ウチに来てくれりゃ貸すぞ。今から行くか?」
「…………はい。きっと、ウチの体重計だと……一人だと……怖くて乗れない気がしますので……」
「んじゃ、みんなでウチ来いよ」
友達を家に呼べるのが嬉しい。そんな笑顔のデリアと、売られる仔牛みたいな顔のジネット。
あぁ、このままデリアの家に行ったら、もうちょっと面倒くさい事態になるんだろうなぁなんて、そんな確信めいた予感が胸の奥に広がっていく。
「モリーはどうする?」
「……すみません、おんぶを……」
「へいへい」
モリーをこんなゲジミミズの住処に放置は出来ないからな。
俺は満身創痍のモリーを背に負って、河原を後にする。
「すみません、私がこんな体で……」
「それは言わない約束だろ、おとっつぁん」
「えっと……よく分からないですけど……重ね重ねすみません」
背中で小さくなるモリーに気にするなと声をかけてデリアの家へと向かって歩き出す。
対照的な顔をしたデリアとジネットの背中を見つめながら。
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