異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

121話 三者会談 -3-

公開日時: 2021年1月27日(水) 20:01
文字数:2,602

 瞬間、部屋の空気が張り詰める。

 ハビエルとメドラの視線が鋭くなり、デミリーの眉間には深いしわが刻まれた。

 

「…………マジで言ってんのかよ、テメェ」

 

 最初に口を開いたのはリカルドだった。

 エステラか、でなければアッスントあたりが食いついてくるかと思ったのだが……二人ともあっけにとられて呆然としていやがる。

 こういう話は、荒事に慣れているヤツの方が平常心を保っていられるのかもしれないな。

 

「もちろんだ」

「オオバ君……」

 

 ゆっくりとした動作で立ち上がりかけたデミリーを、片手を上げて制する。

 大丈夫だ。言いたいことは分かっている。

 

 その思いが伝わったのか、デミリーは再び椅子に腰を下ろした。

 幾分、表情が柔らかくなった気がする。

 

 ……ハビエルとメドラ、怖ぇ。怒るなよ。必要な手順なんだから。

 

 俺たちは、もうそこまで踏み込んでしまっているということを、進むことも戻ることも出来ない袋小路に囚われちまっているってことを、この場にいる全員に認識してもらいたかったんだ。

 

 誰も口にはしなかった。

 だが、誰もが頭の片隅によぎっていたはずだ。その可能性が。

 それを気付かなかったことにしようとして、変に避けようとするから、話の本筋がブレて堂々巡りをしてしまうのだ。

 

 一度認識するんだ。

 俺たちは……この三区は、戦争の一歩手前まで来てしまっているってことを。

 

「だが……この場にいる全員が、もちろん、ここにいない三区の領民すべてが、そんなもんを望んではいない」

 

 俺の意見を言葉にしてやると、ハビエルとメドラの肩からスッと力が抜けた。

 臨戦態勢は解かれた。

 だが、エステラとリカルドはまだ表情を固定させたままだ。

 エステラは不安な、リカルドは苛立ちの表情を。

 

 もっと単純に考えればいいんだよ。

 

「戦争はしたくない。だが、決着はつけなきゃいけない。……なら、どうするか…………」

 

 バカバカしいと笑い飛ばされるだろうと、そうに決まっていると、お前ら全員が最初から選択肢から除外してしまっていたもんを、大真面目にやってやろうぜ。

 

「戦争の代わりに、各区が代表者を選出して、正々堂々勝負をしようじゃねぇか!」

 

 拳を握り、声を張り上げる。

 これは決して、ふざけているわけでも、血迷っているわけでも、ましてバカにしているわけでもない!

 

「この三区が共に納得できる条件で、ルールで、正々堂々戦うんだ。いいか? 冗談じゃねぇぞ。やる時は、これが戦争だと思え! それぐらいの覚悟がなきゃこの問題は解決できない!」

 

 つかつかと足を進め、もう一度エステラの隣まで出てくる。

 そして、力任せに机を叩く。

 

 バンッ! ――という音が、緊張感を高める。

 

「これは戦争だ! 誰の血も流さない、新しい時代の戦争なんだ!」

 

 シン……と、室内が静まり返る。

 誰も言葉を発さず、黙考している。

 

「…………はっ」

 

 そんな中、リカルドが俺を嘲るように鼻で笑う。

 

「そんな子供騙しで解決できるのかよ? 勝負に負けたら街門の設置を許可しろってのか?」

 

 ゆっくりと、リカルドが立ち上がる。

 

「こっちはな、領民の生活が懸かってるんだよ……テメェらみたいに浮かれた遊び感覚で行政やってんじゃねぇんだ! ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!」

 

 力任せに机を蹴り飛ばすリカルド。

 激しい音を立て、机が倒れる。

 上に載っていたインクの瓶が床の上で跳ね、黒い染みを広げていく。

 

「……だったら、交渉は決裂だ」

 

 カッカと頭に血をたぎらせるリカルドに、冷ややかな視線を向ける。

 お前が人を見下せる立場か?

 俺が、本物の嘲笑を見せてやるぜ。

 

「こっちは勝手に街門を作らせてもらう。魔獣のスワームに関しての話は聞いたな? アレはウチの街門に関係なく、早急に討伐しなければいけないものだと判断された。そうだろ、メドラ?」

 

 難しい顔をしていたメドラに話を振る。

 

「……あぁ。このまま放置すれば、魔獣が街に入り込んで、四十二区はもちろん、四十一区も、四十区も……それより先の区もみんな、滅茶苦茶に荒らされてしまうだろうからね」

「だ、そうだ」

 

 おい、リカルド。

 今、どんな気分だよ?

 

 自分の陣営にいる味方が、お前の背後から『敵対している俺に賛同した』んだぜ?

 途端に背中が寂しくなったろう?

 居場所の心理ってものがある。

 人は、背後と隣にいる人間に敵対されると、非常に居心地が悪くなる。向かい合っているヤツの何倍も、背後の人間には意識を取られてしまうんだ。

 

 なぁ、リカルド。教えてくれよ……孤立した気分は、どうだ?

 

「狩猟ギルドは、早い段階で魔獣のスワームを討伐する。これは、この街全体の意志だ。背くことは不可能。分かるな?」

「…………けっ!」

「結構。で、スワームさえいなくなってしまえば、四十二区の街門の工事を止めておく理由がなくなる。……それは、分かるな?」

「いちいちメンドクセェんだよ! 何が言いたい!?」

 

 苛立つリカルド。

 だが、お前に出来るのはその場で床を踏みつける程度のことだ。

 今、お前がやったようにな。それが、今のお前に出来る精一杯だ。

 

 殴りかかれないだろう?

 お前は今、心の中で自分の非を認めちまっている。

 勢い余って立ち上がったはいいが、振り上げた拳の収め先を見失っちまっている。

 

 今、お前が置かれた状況を考えてみろよ。

 俺とエステラは当然敵で、メドラもある部分では俺に同調している。

 デミリーとハビエルは中立だが、木こりギルドが四十二区の街門を使いたいと思っている事実は耳に入っているだろう。

 

 孤独はつらいよな?

 普段は気にならない些細なことまでもが気になり、ネガティブな結果を引き連れて、頭の中を負の要素で埋め尽くしていく。

 

「俺たちはお互いに引き下がれないところまで進んじまったんだ。今さらやめるわけにはいかねぇ。このまま交渉が決裂すれば、ウチは強行させてもらう。おそらく、そっちもそうするだろう。…………そうしたら、おしまいだ」

 

 おしまい。

 ついさっき、満場一致で回避しようと思った、『アレ』が現実のものとなる。

 そう。

 

 戦争だ。

 

「くっ…………そ、がぁ!」

 

 リカルドがもう一度床を蹴る。

 その間に、メドラが倒れた机を起こし、元の位置へと置き直していた。

 

「バカげた勝負について、耳を傾ける気にはなったか?」

「………………」

 

 無言で睨みつけてくるリカルド。

 だが、答えなど一つしかない。

 

「……さっさと話せ」

 

 視線を逸らし、リカルドは自席へと戻る。メドラが机を戻していてくれたおかげで様になってよかったな。自分で倒した机を自分で起こすのは格好悪いもんな。

 

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