「我が騎士よ!」
とっ散らかった思考を落ち着けるため玉入れの片付けをする給仕を眺めていると、リベカが俺の前へとぴょこりと飛び出してきた。
耳、ぴーん! 小鼻、ぷっくぅー! 無い乳、張りー!
ドヤ顔で何かを自慢しに来たらしい。
「見ておったのじゃ? わしは四つも玉を入れたのじゃ!」
ん~……大したことない。
「十分の一だな」
「じゅうぶんのいち?」
「入った玉の十個に一個がリベカの入れた玉ってことだ」
「ふむふむ、十個に一個ということは、全部で二十人だから……半分はわしが入れたということなのじゃ!? わし、すごいのじゃ!」
「違ぇよ!?」
どんだけ算数できないんだ!?
こんなんがトップでいいのか、麹工場!?
「我が永遠のライバルマグダがこちらに参加しておれば、もう少しはポイントが稼げたんじゃがのぅ」
「そうだな。マグダがそっちに加勢してたら今の十倍はポイント稼げたろうな」
その代わり、青組は今の二十倍は稼いでいただろうけど。
マグダは防御に欠かせない人材だったからな。
「とにかく、わし頑張ったのじゃ!」
「あぁ、よくガキどもをまとめてくれたよ」
なんだかんだと、かわいい隊はリベカを中心にまとまりをみせている。
チーム内のユニットって、やっぱちょっと特別感あるのかねぇ?
赤組の妹たちが羨ましがってたもんな。
「じゃからの、我が騎士よ。わしを撫でるのじゃ!」
「……は?」
「頑張ったら撫でてもらえるのじゃろ? ほれ、早く撫でるのじゃ」
どこルールだ、それ?
頑張ったヤツを全員撫でて回ってたら腱鞘炎になるわ。
「さぁ、撫でるのじゃ!」
「フィルマンにでも撫でてもらえよ、自分の婚約者によ」
「しょっ、しょんにゃ……っ、そんな破廉恥なこと、付き合い始めたばかりで出来るわけないのじゃ!」
その破廉恥なことを他の男にさせんじゃねぇよ。
つか破廉恥じゃねぇわ。
「我が騎士は特別枠なのじゃ! だからいいのじゃ! 我が永遠のライバルマグダもよく撫でてもらっていると言ってたのじゃ! ズルいのじゃ!」
またマグダ発信かよ……どんだけマグダが羨ましいんだよ、どいつもこいつも…………つか、マグダ。なに言いふらして回ってんだよ、お前。
「リベカ、いけませんよ!」
ぐいぐいと俺に詰め寄ってくるリベカを、駆けつけたソフィーが止める。
リベカの体を抱きしめ、おのれの体で匿うようにこちらに背を向ける。
「そんなことを言うと、どこを撫でられるか分かりませんよ!」
「いや、分かるだろう。つか分かれや!」
「せやで。撫でるいぅたら尻に決まってるやん。なぁ?」
「お前は絶妙なタイミングで湧いて出てくるな!」
「ヤシロさん……あなたという人は…………」
「お前ら、ちょいちょい俺以外のものが感知できなくなるのなんなの!? 病気ならちゃんと診てもらえば!? 残念ながら四十二区で医療行為が出来るのは変態しかいないけどさ!」
「自分と、ウチと……」
「俺を入れるな!」
「ヤシロさん……」
「ソフィー、お前はもうなんか俺に責任擦りつけるのがクセになってないか!?」
この組み合わせはよくない!
すべてがよくない相乗効果を生んでいる!
もう帰れ! 特にそこの変態白衣ブルマ!
「……『変態白衣ブルマ』って、男子中高生的にはときめきが加速するすごいワードだな!?」
「ヤシロさん……」
「えぇい、ちきしょう! たまに指摘が的を射るから反論しにくい!」
「そういうのを身から出た錆とか自業自得とかいぅんやで」
やっぱりこの組み合わせはダメだ!
スイカと天ぷらみたいなものだ。
一緒に食うと腹を壊す。食い合わせが悪いのだ。
「リベカ、撫でてやるからさっさと姉を連れて応援席に戻ってくれ」
「し、尻はダメなのじゃ! いくら我が騎士といえど撫でさせられないのじゃ!」
「誰が尻を撫でると言ったか!?」
「ヤシロさん……」
「それ以外の言葉忘れちゃったのか、ソフィー!?」
お前は壊れかけのアレか。
おんなじ言葉ばっか繰り返しやがって。
…………くっそ、レディオは同じ言葉を繰り返さねぇ! 使いどころ間違えた!
「ほれ、いいから頭出せ」
「みっ、耳は、ダメ……じゃぞ?」
「耳に触れたら……滅ッシマス」
「わぁ、久しぶりに違う言葉しゃべったと思ったらすげぇ物騒なワードだこと」
「『耳は』っちゅうことは、耳以外やったらどこ撫でてもえぇんやて!」
「お前まだいたの? 早く自軍の応援席か救護テントに帰れよ、そんな『言ぅてやったで!』みたいな顔して親指突き立ててないでさぁ」
「ヤシロさん……」
「戻っちゃったね、ソフィー!?」
もうさっさとリベカの頭を撫でて解散させよう。
そう心に決めた俺の前に、またややこしい二人組が現れる。
「さぁ、約束ですよコメツキ様」
「我々はとても頑張って、大層貢献しました!」
イネス&デボラ……お前ら、いつの間にそこまで俺に懐いたの?
おかしいなぁ……ほんの数時間前までムシケラを見るような目で見られていた気がするんだけど……どっちがよかったか、比較は出来ないけどな。
「約束通り――」
「――撫でさせていただきます」
両手を胸の前で開き、もにゅもにゅと指を蠢かせる給仕長ズ。
顔が怖い。
「なぁ、自分……あの二人、自分のオケツ撫でまわす気ぃなんか?」
「違うわ!」
「せやかて、あのDカップの方が『いただきます』って言うてたやん!」
「なんでお前の中で『いただきます=オケツ』になってるの!?」
「お尻は愛でるもの、オケツはいただくものやん?」
「『やん?』じゃねぇよ! その投げかけに共感できるヤツはこの世界にはたぶんいねぇよ!」
ケツと尻の使い分けなんか知ったことか!
「なぁ、他区の給仕長はんら。自分らぁは頭とオケツと、どっちが撫でたいん?」
「「………………………………、頭です」」
悩んだなぁ!?
思いの外沈黙の時間が長かったな他区の給仕長ズ!?
一瞬「あわよくば」的な思考が働いちゃった? 立場逆だからね!?
それで悩んじゃうのは俺みたいな健全な男子のポジションだから!
「さぁ、撫でさせてください」
「約束したはずです。頭かお尻を撫でさせると!」
「お尻は言ってねぇよ!」
頭を撫でさせるって方も、約束したかと言われれば怪しいもんだけどな!
「自分ら。男性のあんなところを撫でまわすんは、自分らぁの陣地に戻ってからにしてな」
「なぜわざわざ濁した!? 頭だよ、頭! 卑猥な要素が一切ない部位だよ!」
「我が騎士よ! わしも撫でるのじゃ!」
「お前は撫でられたいんじゃなかったのかよ!?」
「やっぱり、結婚前の女子が他の男に触れられるのはよくない気がしてきたのじゃ!」
「お前から触れるのはいいのかよ!?」
「ヤシロさん。私も先ほどマーシャさんから新鮮なウニをいただいたところですので、撫でて差し上げますね?」
「俺傷だらけになっちゃうから!? ウニで撫でるとか、拷問だからな!? めっちゃいい笑顔が逆に怖ぇよ、ソフィー!」
とかなんとか抵抗してみたものの、給仕長ズ&リベカに拘束されて白組陣地へと引き摺られて行く俺。……か弱い男子に救いの手は差し伸べられないものなのか。
神もなんもあったもんじゃねぇな。
「では」
「いざ」
腕まくりをして、イネスとデボラが同時に俺の頭に手を乗せる。
細い指が髪の間に滑り込んできて、背筋がぞくぞくする。
「こ……これは……っ!」
イネスが両目を「くわっ!」と見開いて、俺の髪を撫でる手の速度を速める。
「まったく手入れがされていないかのように見えた伸ばしっぱなしの髪ですが、触れてみるとなんともしっとりすべすべで、髪の一本一本がしっかりとしていながらもふんわりと柔らかいです! まとまりがありつつもベタ付きがなく、重たさを感じさせないばかりか指通りがなめらかで、こんなにも指先が心地よいと感じたことはありません!」
お前はロレッタか!?
どこのグルメ漫画だよ!?
グルメ漫画でも髪の毛の触り心地についてここまで言及しねぇわ!
「指の間でほどけるようで……まるで高原の草花を揺らす微風のよう……」
デボラはデボラで、なんかソムリエ的な喩えを持ち出してきたし!
大袈裟だっつの。
一応、傷まないように髪のケアはしてるけどよ。
「むほぉー! これは確かに気持ちがいいのじゃ! 我が騎士の頭はふわふわじゃ!」
「この温かさ……行商ギルドの荷車を引く馬のお尻と似ていますね」
人の頭を馬の尻と比較してんじゃねぇよソフィー。
つか、なんでお前まで撫でてんだよ!?
「自分……け、毛深いんやねっ! きゃっ!」
「うっせぇ。お前は心底うっせぇ」
なんでか白組に混ざり込んでる変態白衣ブルマを足で排除する。
「あ、足蹴とか、ヒドない!?」とか言ってるが、お前への対応なんかこんなもんで十分だ。
「さぁ、もういいだろ」
「いえ、もう少し」
「もう一度」
頭にまとわりつくウサギ姉妹を追い払うと、給仕長ズが再びまとわりついてきた。
もふもふもはもは、もはや撫でるというより髪の毛を掻き乱されている感じだ。
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