異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

106話 陽だまり亭裁判 -1-

公開日時: 2021年1月12日(火) 20:01
文字数:2,011

 バカ爬虫類が陽だまり亭に突撃してきたあの日から数日が経っていた。

 

 今日は裁判である。

 

「被告、ポンペーオ」

「待ちたまえよ、君たち!? 私が一体何をしたと言うのだ!?」

 

 陽だまり亭の客席をコの字型に移動させて作られた即席裁判所。

 本法廷の被告は、四十区において「ケーキと言えばここ」と言われるほどの有名店、ラグジュアリーのオーナーシェフ、ポンペーオだ。

 

 陽だまり亭の中で、俺たちはポンペーオを取り囲んでいる。

 ポンペーオの右手側にジネット、正面にロレッタ、エステラ、デリア、そして左手側に俺、そして後ろの傍聴席側にパウラ、という並びだ。

 

「なんだと言うんだ、一体!? 失敬じゃないか!?」

 

 ウーマロに心酔するポンペーオ。だもんで、ちょこ~っとウーマロを使って、「オイラがリフォームした飲食店の内装とか見たくないッスか? 特別に内部まで見学できるようにするッスよ」と、誘い出してもらい、うきうきワクワク陽だまり亭の前に差しかかったところで拉致してきたのだ。平和的に。

 

「平和的に裁判を行う」

「もうすでに手段が乱暴ではないかっ!?」

 

 ダンディの域に踏み込みそうなイケメン、ポンペーオが顔を歪ませる。

 

「今スグ私を解放したまえ! 私は四十区で最も尊ばれている人物だぞ!? こんなことをしてただで済むと思っているのか!? 戦争になるぞ!?」

「いや、絶対木こりギルドが一番だろ」

 

 んで、トルベックが二番かな。

 お前は、貴族の女子にいい顔してるだけじゃねぇか。

 

「ラグジュアリーは四十区の顔だ! 四十区の名物はと聞かれれば、誰しもが私の店のケーキだと答えるだろう!」

 

 そのケーキ、俺が伝授したヤツじゃねぇかよ。

 

 最近ラグジュアリーでは、俺の教えたショートケーキが爆発的な人気を博しているらしい。

 前の黒糖パンより甘く、可愛らしく、乙女たちは夢中なのだとか。

 くっそ、マージン取っておけばよかった。

 

「私は、ウーマロ様の手掛けた飲食店の内装を見せていただくためにわざわざ四十二区まで来たのだ! 貴様らに構っている暇などない!」

「あぁ、それ、ここのことだから」

「なに!?」

「この店、ウーマロが全面リフォームしてくれたんだよな」

 

 ……『ご飯二ヶ月無料』と引き換えに。

 

「どうりで……空気が美味しいと思った」

「お前、実は結構適当だろ?」

 

 空気が美味いのは田舎だからだよ。

 ……四十区も大概だろうが!

 

「それで、一体なんのマネなんだ、これは? なぜ私がこのような仕打ちを受けなければいけないのだ?」

「自分の胸に聞いてみなさいよ!」

 

 突如、威勢のいいイヌ耳美少女の声が飛んでくる。パウラだ。

 ここまで黙って話を聞いていたパウラだったが、ついに怒りの感情が溢れ出てしまったらしく、テーブルをダンッと叩いて立ち上がる。

 

「とぼけたってね、無駄なんだからねっ!」

「まぁ、落ち着けパウラ。でないとお乳突くぞ」

「ふょっ!? ダ、ダメよ! あ、あたしの胸は……特別な人専用なんだから……まだ、ダメ」

「なにをうまいこと言った感じでセクハラしてるんだい、君は……」

 

 折角パウラが可愛らしい感じで照れているというのに、エステラが無粋な言葉を挟み込んでくる。突く乳も無いくせに……

 

「突く乳も無いくせに……」

「つ、突くくらいは出来るさ! 揉むことは、それは確かに、ちょっと難しいかもしれないけれ…………何を言わせるんだい!?」

 

 おっとっと。思ったことがつい口からぽろりしてしまったようだ。

 

「なぁ……私は一体、なぜこんなところに連れてこられたのだ?」

 

 こちらのやり取りを、引き攣った顔で眺めるポンペーオ。なんだか一秒でも早く帰りたそうな顔つきだ。

 

「おっぱいに聞いてみろってよ」

「胸! 自分の胸!」

 

 パウラが自分の胸をバシバシ叩きながら訴える。……そのジェスチャーは「あたしのおっぱいに飛び込んでおいで!」に見えて、なかなかいいものだ。

 

「まるで覚えがない。私は、君たちに恨まれるようなことは何もしていないぞ」

 

 己の胸をバシッと叩き、ポンペーオは澱みのない声で断言する。

 ……似たようなジェスチャーなのに、こいつの胸には飛び込んでいきたくないな。微塵も。

 

「……もっとも」

 

 男のくせにやたらと長いまつげがゆっくりと下降し、ポンペーオの目がすがめられる。

 

「私の店のケーキが美味し過ぎて、こちらのお客様を奪っている……というのであれば、恨まれても致し方無しと、覚悟はしておりますがね」

「あーダイジョウブダイジョブ。客層は食い合わねぇから」

 

 ラグジュアリーの客は貴族や小金持ちがほとんどだ。

 その点陽だまり亭はド庶民がほとんどだ。客が奪われるなんてことはお互いにない。

 

 つか、こいつの天狗っぷりはさらに磨きがかかってんじゃないだろうか。

 覚えてるのかねぇ、黒糖パンを『ケーキだ』つってドヤ顔していた頃のことを。

 高級ぶっていても、お前が使ってるのは貴族が『貧民砂糖』なんて呼んでる代物だろうが。

 もっとも、それで喜んでいる貴族の方がお笑いだけどな。味の違いなんざ分からんのだろうな、きっと。

 

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