異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

389話 試作品をプレゼント -3-

公開日時: 2022年9月20日(火) 20:01
更新日時: 2023年1月9日(月) 17:55
文字数:3,417

「バラ、ですわね!」

「いたのかイメルダ!?」

 

 静かだからもう帰ったのかと思ったら、一人で何かを真剣に考えていたらしい。

 

「ヤシロさん。このハンドクリーム、バラの香りもお作りなさいまし。エレガントなワタクシに相応しいものになるはずですわ」

 

 もしかしたら、香りがちょっと子供っぽかったのかもしれない。

 チョコレートの香りだもんな。

 

「今回の香りはいまいちだったか?」

「滅茶苦茶気に入りましたわ! 発売した暁には箱買いする予定ですわ!」

「どんだけ塗りたくる気だよ……」

 

 手がベッタベタのぬっるぬるになるぞ。

 それで斧なんか振り回したらすっぽ抜けて、ハビエルが死ぬぞ?

 

「どうせなら、ヒノキやレモンティーツリーの香りを推せよ」

「木からも香料が取れますの?」

「もちろんだ。いい香りだろ」

「それはもう。木に囲まれていると、心が穏やかになりますわ」

 

 あぁ、それでこいつ、仕事をするようになってから性格がちょっと丸くなったのか。

 

「誰がお嬢様時代はろくに仕事に携わってなかったからちょっと尖がっていたんですの!?」

「言ってねぇよ!」

 

 思ってたけども!

 

「なるほど。イメルダが丸くなったのは木の香りのおかげなんだね。なら、『あのイメルダも丸くなる癒しの香り』って大々的に売り出せば大儲けが出来るんじゃないのかい?」

「丸みでしたら、ワタクシよりもエステラさんにこそ必要なんじゃありませんこと?」

「やかましいよ! ボクのどこに丸みが足りないっていうのさ!?」

「「胸」」

「うるさいよ、二人とも!」

 

 思わずイメルダと声を揃えてしまった。

 いや、だって、そんな小学生にも分かるようなサービス問題が来たら、答えたくなっちゃうじゃんねぇ?

 

「しかし……木の香りのハンドクリームは、斬新ですわね」

「俺の故郷では、木の香りは花や果実と同じくらいに人気だったぞ。木のアロマオイルを焚くと安眠できるんだ」

 

 ヒノキやレモンティーツリーは精神を落ち着けてくれる香りとして有名だ。

 

「レモンティーツリーという木は、聞いたことがありませんわね」

「知らないか? フトモモ科の樹木なんだが――」

「卑猥なお話でしたのね」

「ヤシロ、君ってヤツは……」

「違うわ!」

 

 あるの! フトモモって木が!

 ハワイや沖縄で栽培されてて、黄色い果実が生って食べると薄いバラみたいな香りがする常緑樹!

 英語圏ではローズアップルとか呼ばれてるヤツ!

 まぁ、世間的にローズアップルって言えば、タイやマレー半島で収穫される赤いオオフトモモの実のことを指す場合が多いけどな。

 

「フトモモの香りのハンドクリームが欲しいだなんて……懺悔なさいまし!」

「よぉし、ミリィに言って、絶対見つけてやるフトモモの木!」

「ヤシロさんでしたら、フトモモの木を探しに行って、なぜかおっぱいの木を見つけてきてしまいそうですわね」

「ヤシロ、君ってヤツは……」

「その憐れんだ目で俺を見るの、やめろ!」

 

 まぁ、乳の木って呼ばれる銀杏は、実際あるんだけどな。

 銀杏の枝から乳房のような形状の気根が垂れさがっているもので、近くで見ると割とおっぱいに見える。

 ……まぁ、めっちゃ垂れ乳だけどな。

 

「レモンティーツリーは建材になるような木じゃないから、イメルダが知らなくても当然か」

「ですが、興味はありますわ。是非探し出してくださいまし」

「あるかどうか、分からんぞ」

「無ければ作ればいいのですわ!」

 

 無茶言うな。

 品種改良で辿り着ける気がしねぇわ。

 

 まぁ、ミリィに言って、探しておいてもらおう。

 今はヘリオトロープとラベンダーが控えているから、追々でいいけどな。

 

「ところで、ヤシロさん」

「んだよ?」

「よこちぃとしたちぃの粘土型があれば、子供たちが喜ぶと思いますわ」

「おぉ、なるほど」

 

 お子様ランチの景品か。

 よこちぃ人気にあやかれば、親が欲しがるかもな。

 すっかり記憶から抜けてたよ、そんなこと。

 

「ベッコさんは使ってこそ輝く人ですわ。休憩させるなんてもったいないですわ!」

「うん……言わんとすることは分かるんだけどさ……ベッコ、死ぬよ?」

 

 エステラがよく分からない気を遣っている。

 ベッコが、死ぬ?

 いや、ベッコは死なないぞ? ……たぶん。知らんけど。

 

「ベッコさんには、もっと活躍していただいて、名を上げてもらわなければいけませんわ。……ワタクシのためにも」

「えっ!? イメルダ、それって……」

 

 もしかして、自分の伴侶に相応しくなるためにかい? とでも言いたげな顔でイメルダを見るエステラ。

 そんなエステラに、イメルダはゆっくりと頷いてみせる。

 

「ワタクシの食品サンプル博物館に箔が付きますでしょう? 四十二区の名もなき残念芸術家では、格好がつきませんもの」

「……な、わけないよねぇ」

 

 何を期待したのか、エステラががっくりと肩を落とす。

 あるわけないだろう? イメルダとベッコだぞ?

 

 この街の連中、まともな結婚できるんだろうか……

 

「では、ワタクシも戻りますわ。テーマパークの建設が始まるまでに、建材を大量に用意しなければいけませんもの」

「ハビエルも動いてるんだろ?」

「本部だけでは到底追いつきませんわ。なにせ、二年はかかるであろう工期を半分の一年で引き受けたキツネの棟梁さんがいらっしゃるんですもの」

 

 ははっ、ウーマロへの風当たりきついなぁ、こいつは。

 

「これからしばらく、森へ籠る生活になりますわ」

 

 森と館を往復する毎日。

 イメルダは最近遊び回ってないんだよなぁ。どこかで息抜きが出来ればいいんだが。

 

「使わせていただきますわね」

 

 そう言って、首から下げたポーチを見せる。

 仕事まみれの日常でも、甘い香りのハンドクリームでほっと息が抜けるなら、それに越したことはない。

 

「なんかあったら言いに来いよ」

「えぇ、もちろん。盛大に甘えさせていただきますわ。ヤシロさんは、発起人――責任者ですもの」

「……そんな重いもん、背負わせんじゃねぇよ」

「殿方には、相応の責任を負っていただきたいものですわ。でなければ、頼り甲斐というものがありませんもの」

 

 にこりと笑って圧をかけてくるイメルダ。

 イメルダ級の女子と添い遂げるには、男の方も相当自分を磨かなければいけないのだろうな。

 怖い怖い。

 

「では」とイメルダは帰っていった。

 

「あいつの眼鏡に適う男って、ハビエル以外にいるのかねぇ」

「ただ、残念ながらミスター・ハビエルはその嗜好のせいで審査落ちなんだよ」

 

 ロリコンは落とされる要因になるらしい。

 そりゃなるか。

 

「それにしても遅いな」

 

 フロアを出て行った連中がことごとく遅い。

 帰った連中はさておき、教会へ向かったジネット……は、まぁ、ガキどもに捕まってるんだろう。戻ってくるまでもう少し時間がかかりそうだ。

 テレサは、きっとバルバラにハンドクリームの説明をして、お揃いで嬉しいってことを伝えて、これでもかと可愛がられているのだろう。重いからなぁ、あそこの姉の愛。

 マグダはきっと、必要以上に寄り道をして、盛大にハンドクリームを見せびらかしてくるのだろう。少々遅くなっても構わない。

 

 で、ベッドへ寝かしつけに行った連中だが、そんなに時間かかるか?

 と、思っていたら、ナタリアが疲れた顔で戻ってきた。

 

「ウクリネスさんは、ベッドに親でも殺されたのでしょうか……反発が凄まじいなどというレベルではありませんでしたよ」

 

 曰く、疲れて眠ったウクリネスをベッドに横たえた瞬間、「寝るものか!」と跳ね起き、ベッドから飛び出そうとしたらしい。

 なんとか押さえつけ、布団をかけると「布団などに屈するものか!」と暴れ始めたので、「トンッ!」を行使したらしい。

 

 ……「トンッ!」、使っちゃったかぁ。

 

「なぁ、ノーマってさぁ、ベッドのこと嫌いなのかぁ?」

 

 くたびれた顔で戻ってきたデリアからも、似たような話が語られた。

 ノーマ、ウクリネス……お前らは、寝るリハビリが必要だな。

 

 ロレッタとカンパニュラも、引き攣った苦笑を浮かべて戻ってきた。

 

「いいですか、カニぱーにゃ。あんなになるまで働くのはダメです。人間として、何かが終わってしまっているです」

「お二人とも、存分にお休みになられるとよろしいのですが……」

 

 カンパニュラにまで心配されてるぞ、お前ら。

 もう寝てろ。

 

「それでお兄ちゃん。ルシアさんは今、何してるですか?」

「ん? 照れて潜ってるマーシャを見て身悶えている、いつもの風景だが?」

「……それがいつもの風景なのが残念です」

 

 まぁ、いいんじゃない。静かだし。

「んきゅっ、かわっ、かわヨっ、萌えるっ! 萌えるぅぅう!」とか言う声さえシャットアウトすればな。

 

 

 

 

 

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