その日は朝から、街中が賑やかだった。
「どこが勝つかな?」
「ウチだウチ! 四十区!」
「バーッカ! 四十一区に決まってんだろ!」
「あ、そうだ! 四十二区のケーキ食べた? チョー美味しいんですけど!」
「フードコートいいよなぁ! ずっと置いといてくれねぇかなぁ」
「さぁさぁ! どの区が優勝するか! 一口100Rbからだ!」
「四十一区に5000Rbだ!」
「四十区に2万!」
「四十二区に500Rbだ!」
「モーマット氏。張り合うのはよくないでござる」
「しかも、微妙にセコイのが致命的ッスよ」
……何やってんだ、あいつら。
ま、とにかく。そんなこんなで、四十区から四十二区まで、区の境を越えて、この付近一帯がお祭り騒ぎである。
「すごいですね」
「はぐれるなよ」
「……平気。店長のことはパウラが面倒見てくれる」
「うん! 任せといて! 絶対迷子にさせないから!」
「パウラさん、よろしくお願いするです。店長さんの手を離さないであげてほしいです」
「あ、あの、あの、みなさん……どうしてわたしが一番子供扱いされているんでしょうか?」
「お前が一番外に出てないからだよ」
人ごみに慣れていないであろうジネットを、俺たちで取り囲むようにしてゆっくりゆっくりと歩いていく。
大食い大会の会場となる四十一区には、夥しい数の人間が集まってきていた。
三区分の人間がすべて一ヶ所に集まるのだ。これは凄まじい。
そんな人波に押されながら、はぐれないように懸命に目的地を目指す。
「すごいですねぇ……こんなにたくさんの人を見たのは生まれて初めてです」
「……おそらく、みんなそう」
「ウチは弟妹多いですけど、さすがにここまではいないです」
当たり前だ。こんなに兄弟がいたら、お前の両親カッサカサになってるぞ。
……ちなみに、まだまだ増える予定らしい。
「俺は久しぶりだな……」
初詣とか、祇園祭とか、コミケとか、日本には人間が一ヶ所に集まるイベントが多いからな。
江戸時代の出雲大社とか伊勢神宮って、こんな感じだったのかなぁ……
「おにーちゃん!」
「ポップコーン、バカ売れ!」
大通りの一角に、陽だまり亭の二号店と七号店が並んで店を出している。
許可を取っての販売なので問題はない。並んでいるのはトラブル対策だ。分散させると一人にかかる責任が重くなるからな。何かあったらみんなで協力して乗り越えろと言ってある。
当然、自分たちでどうにもならない問題が発生した場合は俺たちを呼びに来るようにとも伝えてある。
「ようやく二号七号店のとこまで来たです」
「……もう少しで会場」
「移動も大変なんですね」
妹たちは昨日の夜からここでスタンバイしていたようだ。
俺たちだって夜も明けないうちに四十二区を出発したのだが、四十一区に入ってすぐ渋滞に巻き込まれてしまった。
人の大渋滞だ。
「これで、このあと向かうのが選手用の場所じゃなかったら……俺は帰っていたかもしれん」
「一般観覧の方たちはもっと大変そうですね」
俺たちは選手として、ジネットとパウラは料理番として、専用に設けられたスペースへ入場する。だから、会場に入りさえすれば、もう少し移動が楽になるだろう。
「そういえば、エステラさんはどうされたんでしょうか?」
「……朝から別行動」
「お金持ちっぽいんで、どっかズルっこい、いい席に座ってるんじゃないですかね? むむむ、ズルいです!」
いや……領主だから先に行ってるんだよ。
まぁ、黙っておくけども。
会場に入ると、四十一区の自警団の誘導により関係者通路へと案内された。
……はぁ、これで一息つける。
「凄まじかったな、人込みは」
「……牛歩」
「かたつむりさんの気分でしたね」
「え、え? えーっと、えーっと!」
マグダとジネットがぽんぽんと比喩を出したことでロレッタがテンパっている。いや、いいんだぞ、無理にうまいこと言わなくても。
「し……死にかけのお爺ちゃん!」
「こらっ!」
散々考えて出てきたのがそれか!?
不適切発言によりほっぺたむにむにの刑に処する。
「むぁあぁああ……ごめんなさいですぅ……」
「ダメですよ。言葉は、きちんと考えてから発するようにしないと」
「ジネットの言う通りだぞ」
「……死にかけは、歩行すらままならない」
「そう言うこっちゃねぇよ!」
フォローになってないぞ、マグダ!
「おーい! ヤシロー!」
「遅いぞ、お前らー!」
関係者入り口の前に、ネフェリーとデリアが立っていた。
あ、奥にベルティーナがいる。
「早いな、お前ら」
「前乗りだっ!」
なぜデリアが、そんな業界用語をっ!?
まぁ、『強制翻訳魔法』のお遊びなんだろうけど。
「ベルティーナも早かったな」
「はい。子供たちを人ごみにさらしたくはありませんでしたので、日が昇る前に来ました」
「ガキどもは?」
「寮母の方たちが見てくださっています」
「そっか」
ウーマロたちの頑張りにより、会場には物凄い数の観客が収容できるようになっている。
それでも全員は入れないので、一試合ごとに入れ替え制になるのだ。
四十区と四十一区、そして四十二区では所得差があるため、一律の入場チケットという制度は取れなかった。
だから客席を三ブロックに分け、各ブロックをそれぞれの区で管理することになったのだ。
チケットの料金は各区の判断で決めていいことになっている。
チケットの収益はそのまま領主へと行く。
というわけで、四十二区は入場料が50Rbになった。
ぼったくることも出来たのだろうが、みんなが見られるようにと、エステラが領民たちに説明をして、チケットを分配したのだ。
「利益は別のところで取れれば、それでいいよ」
とか言ってたっけな。
甘ちゃんめ。
四十区は座席の一部を、全試合を通して見られるプレミアムチケットとして高額で売り出したらしい。当然のように貴族や金持ちがそのチケットに飛びついた。
それ以外は一試合ごとの入れ替え制で、お値段もお手頃なのだとか。
そうやって、あからさまな格差をつけておくのも、ある意味で公平と言えるのかもしれない。
身分の高い者と平民を差別なく一緒くたに扱う……ってのは平等に見えて実は結構歪な発想だったりする。
頑張って金を稼いだヤツと、遊び呆けてド貧乏になったヤツが平等に扱われるのは、果たして平等と言えるのだろうか……
まぁ、考え方はいろいろだろう。いろいろだろうから、いろいろな『公平』が生まれるのだ。民主主義国と社会主義国で価値観を共有しようってのが難しいようにな。
が、仲良しこよしの四十二区は、全員を一律同じ扱いにしている。
貴族も平民も奴隷も一緒。同じ『人間』だという考え方だ。
もっとも、四十二区にいる貴族はエステラくらいで……まぁ、最近ではイメルダも含まれるが……それくらいだ。
こいつらに関して言えば、むしろ他の連中と隔離されると寂しがるレベルだからな。特別扱いなど願い下げという感じだろう。
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