異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

135話 開会式 -4-

公開日時: 2021年2月12日(金) 20:01
文字数:2,972

 領主たちが壇上に上がると、観客席から割れんばかりの拍手が湧き起った。

 

「圧巻だな……」

「さすがに……ちょっと、緊張するね」

 

 エステラと一言だけを交わし、俺たちは舞台へと上がった。

 

 領主三人が舞台中央に並び立ち、俺やハビエル、メドラは脇へと避ける。

 デミリーが片手を上げると、割れんばかりになっていた拍手がすっと静まる。

 

「これより、四十区、四十一区、四十二区、三区の合同による大食い大会を開催するっ!」

 

 デミリーの声は、怒鳴るという風でも張り上げるという風でもなく、落ち着いていて聞きやすい。それでも、会場の隅々にまで響き渡っていた。拡声器なしでも、なんとかなるもんなんだな。

 

「今大会において、我々はいかなる裏工作も取り引きもせず、正々堂々戦うことを、ここに宣言する!」

 

 デミリーの言葉に、リカルドとエステラが右手を掲げる。同意するという意思表示だ。

 

「今大会の勝者には、最大の栄誉と褒賞が与えられるだろう!」

 

 褒賞とは、優勝した区が他の区へ一つ要望をのませることが出来るというものだ。

 観客たちに詳しい説明はなされていないが、おそらく、誰もがその内容を知っていることだろう。四十二区で俺たちが行ったような、領民に対する説明会のようなことは、他の区でも行われているはずだからな。

 

「それでは、ここに、大食い大会の開会を宣言する!」

 

 開会宣言に、会場は一気に盛り上がる。

 拍手や指笛が盛大に鳴らされ、歓声が上がる。

 凄まじい音のうねりが大気を震わせる。

 

 なんか、鬼気迫るものを感じるな。

 ワールドカップの熱狂が可愛く見えるぜ。

 

 大歓声と拍手に包まれる中、各領主たちが互いの健闘を讃えて握手を交わす。

 三者が手を重ねたところで、一回り大きな歓声が上がる。

 

 歴史的な場面に、俺は立ち合っているのかもしれない。

 日本だったら明日の朝刊の一面を飾ること間違いなしだろう。

 

 ……っとっとっと。

 雰囲気にのまれている場合じゃない。

 俺には、まだ仕事が残っているんだった。

 

 うまいことぼやかしつつ、ここまで持ってこられた。エステラが気にしていて、何度か質問されたのだが、うまいことはぐらかし続けた。

 すべては、今、ここで決めるために。

 

「それでは、早速第一試合へと移行したいと思う」

「ちょっと待った!」

 

 俺が声を上げると、会場がざわつき、領主の三人が一斉にこちらへ視線を向ける。

 

「ちょっと、ヤシロ。一体何をする気なんだい?」

 

 エステラが小声で問いかけてくる。

 何をするも何も、やらなきゃいけないことがあるだろうが。

 もっとも、そのことに気付かれないように、試合の運営には領主を噛ませていないのだが。

 領主は代表者ではあるが大会には参加しない。あくまで観戦者だ。

 だから知らないだろう? 第一試合の料理をどこが担当するのか、それをどうやって決めるのかってことを。

 

「二試合目以降は、最下位の区が料理を担当するということになっているが、一試合目はまだどこが担当するのか決まっていない」

「えっ、そうなの!?」

 

 エステラと同様、デミリーとリカルドも驚いているようだった。

 うんうん、それでいいんだ。

 

「……なんで決めておかなかったのさっ!?」

 

 俺の隣へ近付き、小声で責めるエステラ。

 バッカ、お前。そんなもん、エンターテイメントのために決まってんだろうが。

 

 俺は、エステラを押し退けて、舞台の中央へと進み出る。

 

「あ~……、実は、今回。あえて一試合目の料理を事前に決めていない。なぜなら、見えないところで関係者が話し合い、一品目を決めるという行為は不平不満を生むからだ。正当な方法で決めたものにせよ、それが伝聞されただけでは、選ばれなかった区の領民は納得できない。そうじゃないか?」

 

 観衆に向かって問いかける。

 ざわざわと、観衆がざわめき始める。

 そうだろうそうだろう。蚊帳の外はつまらないよな。

 

 なら、お前たちの見ている前で、お前たちの代表者が一試合目の料理を決めれば文句はないだろう。

 

「今ここで、領主たちにくじ引きで決定してもらおうと思うのだが、どうだろうか!?」

 

 その問いかけには、「ぅぉおおおおおっ!」という、賛同の雄叫びが上げられた。

 そうそう。観衆は殊更盛り上がることを好む。

 中には、きちんと協議をして公平に話し合いで決めるべきだという意見の者もいるだろう。

 だが、この場面において、冷静な判断が出来る者の意見は封殺される。今この瞬間においてだけは多数決ではなく、声のデカい方が勝つのだ。

 つまり、煽って乗せれば、俺の思惑通りに事が運ぶというわけだ。

 

「会場の了承も得られた。で、領主の意見はどうだ?」

 

 振り返り、今度は三人の領主に問いかける。

 群衆の意見が出た後なら、こいつらの答えは決まっている。

 

「私は構わんよ」

「テメェの意見だってのは気に入らねぇが……まぁ、好きにしろよ」

「ボクも、それでいいよ」

 

 こいつらに選択肢などない。

 俺の思惑通りだ。

 

「では、ちょっと待っててくれ。ウーマロ!」

「はいッス!」

 

 俺の合図で、ウーマロが舞台へと駆け寄ってくる。

 

「悪いな、ウーマロ」

「いやいや。これくらいどうってことないッス。お手伝いするッスよ」

 

 ウーマロの手には、大小二つの箱が抱えられている。

 一つは、縦横奥行きがそれぞれ30センチほどの木製の立方体。天辺に直径13センチ程度の穴があいている。

 中身が丸見えになることはなく、また、その穴に腕を突っ込めば中にある物を簡単に取ることが出来る、そんなサイズの穴だ。

 もう一つの箱は、横幅が20センチ弱、縦と奥行きが5センチ程度の箱で、こいつにはある物が入っている。

 蓋を開けると、中には直径5センチの玉が三つ入っている。赤玉が一つに白玉が二つだ。

 

 俺は壇上で、それらを各々観衆に向かって掲げて見せる。

 

「この箱の中に、三つの玉を入れ、順番に一つずつ引いてもらう。赤い玉が当たりだ。単純で分かりやすいだろ?」

 

 これならば、誰の目にも明らかで、領主たちが不正をすることも出来ない。

 これでみんな納得だ。

 

 と、思っていたのだが。

 

「ちょっと待て!」

 

 空気の読めない、友達の少ない、目つきの悪いリカルドが待ったをかけた。

 ま、食いつくとは思ったけどね。

 

「その箱と玉、調べさせてもらうぞ」

「俺が信用できないって言うのか!?」

「当然だっ!」

 

 言い切られたぁーっ!

 

 ま、そうなるように、あえてリカルドたちに内緒で進めてたんだけどな。

 さぁさぁ、疑ってかかれ。そうそう、そうやって、執拗に中を調べればいい。

 それでお前がなんの仕掛けもないって証明すれば、観客も不正がないと心底思えるだろう。

 

「もういいか?」

「もう少しだ!」

「そんな、女子のスカートの中を必死に覗き込むみたいにねっとり観察したって、なんも見つかりゃしねぇぞ」

「なっ!? テメェ! 公衆の面前で侮辱すると、統括裁判所に訴えを起こすぞ!」

「分かったよ。じゃあ、あとで……二人っきりで侮辱してやるな」

「いらんわ、ボケェ!」

 

 リカルドが乱暴に箱を投げ返してくる。

 なんてヤツだ!? これから使う大事な箱を!?

 

「何か怪しい仕掛けはあったか?」

「なんもねぇよ!」

「だ、そうだ。デミリーも調べるか?」

「いや、私はいいよ。リカルドが十分調べてくれたしな」

「そうか」

 

 まぁ、俺は『デミリーの』気になる部分をちょっと調べてみたいけどな、公衆の面前で。

 

「オ、オオバ君……生え際を凝視するのはやめてくれるかな? 調べさせないからね?」

 

 そうか。残念だ。

 

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