夜中に、倒れた三人が陽だまり亭へと集められた。
領主権限を行使した強制収容だ。
職権乱用? あぁ、そのとおりだけど、なにか?
「あ、あの……店長さん……」
「ね、ねぇ……なんか、みんな雰囲気……怖くない?」
「えっと……私、あの、こんな、寝間着で…………ヤシロもいる、のに……」
机と椅子を壁際に避けて中央にスペースを設け、そこに三人分の布団が敷かれた陽だまり亭のフロア。
少々寒いかもしれないが、今は我慢してもらう。
酷いめまいで立ち上がることも出来ないロレッタとパウラとネフェリーが、俺たちに囲まれる中で布団に横たわっている。
ロレッタはマグダが、パウラはノーマが、ネフェリーはデリアが担いできた。
陽だまり亭のセッティングは俺がやった。エステラは各家庭への説明に奔走してもらった。
「お宅の娘さん、しばらくお借りします」と。
そしてナタリアには――
「とりあえず、ロレッタさんたちと同年代の娘がいるお宅を回ってきましたが、やはり、同じようなダイエットをされている方は多いようでした」
四十二区内のダイエット事情を探ってきてもらった。
夜中に突然押しかけてしまった各家庭には申し訳なかったが、ナタリアの話では「娘が急に食事を取らなくなった」と心配していた親御さんもいるとかで。
そっちはそっちで早急に手を打つ必要がある。
「お前ら。なんで集められたか、分かってるな?」
「え…………あの……」
狼狽するロレッタ。パウラとネフェリーも顔を見合わせるだけで何も言わない。言えないでいる。
不安げに辺りを見回す三人。
横になる自分たちを、顔見知りが怖い顔をして取り囲んでいるのだ、不安にもなるだろう。
俺にノーマにデリアにナタリア、マグダにレジーナ。
それから、ネフェリーのところへ見舞いに行ってくれていたミリィと、ナタリアが家々を回っている間に事情を聞いたというベルティーナにイメルダまでもが揃っている。
そして、その中央に立ちいまだ一言も口を利いていないジネット。
相当怖い思いをしているようだ。
ちなみにオシナには帰るように言ったのだが、「手伝えることがあるかもなのネェ」と居座っている。
ま、今は無視しておく。
「みなさん」
ジネットが落ち着いた声を出し、貧血の三人が肩を震わせる。
ベルティーナでさえ恐れさせる、ジネット本気の迫力だ。俺でさえ、向かい合えばストレスで胃に穴が開きそうなプレッシャーを感じることだろう。
「みなさんの事情は、理解しました。みなさんがやられていたことも、やられていなかったことも」
ダイエットをして、食事をしていなかったことを言っているのだろう。
身に覚えがありまくりの三人は、悪戯がバレた悪ガキのように肩をすくめて俯いている。
「わたしは、怒っています……けれど、それ以上に………………悲しいです」
その言葉に、ロレッタが顔を上げる。
今にも泣きそうな顔をしている。
「ほんの一年少し前まで、食べることもままならなかったわたしたちは、ヤシロさんやエステラさん、その他本当に多くの方々の頑張りや優しさによって、信じられないくらいに豊かになりました。いつもお腹いっぱいにご飯を食べられて、飢えることも忘れそうなくらいに……」
ロレッタたちの顔に、罪悪感が広がっていく。
ジネットは、食事を無駄にしたことを怒っている――わけでは、ない。
「みなさんは、食事が食べられない方がよかったですか?」
ジネットが怒っているのは――
「ヤシロさんや、エステラさんや、多くの方々がこれまで必死に積み重ねてきてくださった努力は、みなさんにとっては煩わしいものでしたか?」
「そんなことないです!」
「そ、そうよ! あたしも、すっごく感謝してる! ネフェリーもだよね!?」
「もちろんよ! 本当に幸せで、みんなのこと大好きで……煩わしいなんて…………」
「ではみなさんは……」
――食事を放棄するという選択。
「……生きることを、否定されますか?」
食事とは、生き物が生きるために必要不可欠な行為。
人類はその知恵と技術によって飢えを克服し、飽食を勝ち取った。
だから見失いがちになる。
食べ物に感謝する心を。
クズ野菜であろうと、使い切れずに廃棄しなければいけなかった時代のジネットは、毎日毎日心を痛めていた。
俺たちはなにも、食い物を残すなとか、感謝してるならなんだって食えとか、ダイエットがダメだとかくだらないとかやめろとか、そういうことを言いたいわけじゃない。
食い物を粗末にするなとは、声を大にして言いたい。ちゃんと感謝しろとも。
でも、ジネットが怒っているのは、そういうことじゃない。
「無理をしている自覚があり、実際に体に異変が生じてもなお、それでも食事を拒むということは……生きることを拒絶することと等しいと、わたしは思います」
痩せるために死のうとするんじゃねぇよ。
そういうことなんだ。
たとえそれが、無自覚であっても、俺たちはそれを止めたいと思う。
綺麗って、そうじゃねぇだろ。
腰が細けりゃ、足が細けりゃ、それが綺麗だって言えるのか。
周りの人間に心配かけて、テメェの健康を害して、命すり減らしてまで手にしたい『美』って、死にかけの青白い顔と、まともに立つことも出来ないようなひ弱さと、ビタミン不足で荒れ放題な――骨に張りついた皮膚のことなのかよ。
「みなさんが完全に回復するまでの間、陽だまり亭は休業します」
「「「えっ!?」」」
ロレッタたちが声を上げる。
陽だまり亭はジネットの生き甲斐であり、人生そのものだ。
宣伝Tシャツに書いた『年中無休』が嘘になる……とか、そんなことを気にしている者はいないのかもしれない。忘れているか、そんなことで『精霊の審判』を使うヤツなんかいないと思っているのか。そもそも、そんなことどうでもいいくらいに衝撃を受けているのか。
あのジネットが陽だまり亭を休む。
自分がいなくても営業だけは続けていた陽だまり亭を。休む。
そのことが、ことの重大さをこの三人に分からせたのかもしれない。
三人は、取り返しの付かないことをしてしまったというような深刻な表情をしていた。
「陽だまり亭の休業は、わたしに対する罰です。みなさんはお気になさらないでください」
「ば、罰って!? 店長さん何も悪いことしてないですよ!」
「そうだよ、ジネット! あたしたちが勝手に倒れただけで……」
「あなたが陽だまり亭を休む必要なんて……!」
「いいえ。わたしは、ロレッタさんの雇用主という立場でありながら、ロレッタさんの異常に気が付けませんでした」
「そんな……それはあたしが勝手に秘密にして……」
「それに、それだけじゃないです」
淡々と決定事項を告げるジネット。
いつもとのギャップが、一層不安をかき立てる。
「わたしには、なんの権限もありません。にもかかわらず、わたしの勝手で、わがままで、みなさんに罰を与えようとしています。それはエゴであり、秩序から著しく逸脱した越権行為です」
「か、考え過ぎだよ、ジネット!」
「そうよ! 悪かったのは私たちなんだから……そうよ、私、進んでジネットの罰受ける! 私も、ちょっと最近酷かったなって、反省してるから……だから、ジネットは罰なんて受けなくても……!」
「いいえ。もう、決めたことですから」
パウラの説得も、ネフェリーの提案も、今のジネットには届かない。
受け入れられない。
ジネットが、自分で決めたことだから。
「わたしが、みなさんに罰を与えます。とてもつらく、苦しい罰です」
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