異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚47 ウェディングパレード -3-

公開日時: 2021年3月10日(水) 20:01
文字数:4,158

「んはぁ!? なんですかアレ!?」

「……むむ。あれは見たことのない食べ物」

 

 ロレッタとマグダが食いついたのは、見物客が手に持っていた食べ物だった。

 ベーコンの巻かれたジャガイモが串に刺さっている。

 

「あぁ。ジャガベーだな」

「お兄ちゃん、知ってるです!?」

「おう。ほら、三十五区って海産物の街だろ? 肉が弱いんだよ。だから、肉の流通が促進されるようにルシアに入れ知恵をしたんだ」

 

 小ぶりなジャガイモにベーコンを巻いてカラッと揚げるだけ。

 屋台でも出せるお手軽さで、食うのもそう難しくない。

 

「なんで教えてくれないです!?」

「……試食もしていない」

「わたし、アレがどのようなお味なのか……興味があります!」

「あぁ、ボクも食べたいかも」

「おいおい。パレードの最中だぞ? 今度作ってやるから今は我慢しろよ」

 

 さすがに馬車を止めて、「ちょっと買ってきますね~」とは出来ないだろう。

 俺たちはあくまでお供なのだ。

 

「御者さん、止めてください。私、ちょっと買ってきます!」

「おぉーい、ナタリア!? 俺が『そんなの出来ないだろう?』って思ったことを躊躇いなくやろうとするな!」

「私、アレが食べられないならこのパレードを潰しますよ!?」

「おい、誰か! この危険な給仕長を取り押さえろ!」

 

 結局、馬車ではなく馬に乗ったルシアのとこの兵士に人数分のジャガべーを買ってきてもらい、俺たちはそれを馬車の上で食べることにした。

 

「ほいひぃです! これは、かなりのもんです!」

「ロレッタ。食いながらしゃべるな」

「……美味」

「はい。わっしょいわっしょいしますね」

「二階席ぃー!」

「宿屋の二階から見ている客にジャガベーを見せつけるな、ナタリア!」

 

 もう、この馬車だけ完全にピクニック状態だな。

 

「あぁっ! 貴様たちだけズルいぞ、カタクチイワシッ!」

「食べたい思う、私も、アレを」

 

 前の馬車から、ルシアとギルベルタがこちらを物凄い目で見つめている。

 ……じゃあ買ってきてもらえよ、お前らも。

 

「止めてほしい思う、馬車を、御者さん! ちょっと買ってくる、私は!」

「だからパレードを勝手に止めようとすんなって!」

 

 長距離のツッコミをしっかり入れ、ギルベルタの暴走を止める。

 ……どこの給仕も考えることは同じなのか?

 

「ぱぱぁー、アレおいしそう!」

「食べたいー!」

 

 俺たちが馬車の上で美味そうに食うもんだから、見物客がジャガベーに興味を持ち始めたようだ。

 こいつは、この後飛ぶように売れるぞ、ジャガベー。

 よかったな。うまくいけば海産物に次ぐ名物になるかもしれんぞ。

 

「あぁっ! 喉が渇くです!」

「……これだけ大量のイモに、塩分が多めのベーコン……口の中の水分が根こそぎ持っていかれる」

「何か、冷たい飲み物と一緒でないとつらいかもしれませんね」

 

 いやぁ……そんないうほど伸びないかもなぁ、売り上げ。

 ……商売の邪魔すんじゃねぇよ。

 

「冷たいビールと一緒に食ったら最高だろうなぁ!」

 

 ったく。

 なんで俺がこんなフォローを……

 

「ヤシロ様はお酒を嗜まれないのでは?」

「うっせぇな、フォローだよ、フォロー! 売り上げに響くんだよ、こういう場所でのマイナス評価は!」

「そんなことまで君が気にする必要あるのかい?」

 

 のほほんとジャガベーを齧るナタリアにエステラ。

 ……こいつら、ホンット四十二区以外のことには興味を示さないよな……

 

 ジャガベーがヒットしたら、インセンティブ代わりに花園の蜜を融通してもらう約束してんだよ。ちょっとは協力しろよ。

 

「おう、兄ちゃん! あんたいいこと言うな!」

 

 一人の獣人族が、大きな樽を片手に馬車へ近付いてくる。

 首は短いが、あの顔……キリン人族か?

 

「俺はここらでビールを売り歩いてんだ! 一杯サービスするぜ!」

「それはありがたいが、馬車に近付くのは危険だから気を付けろよ」

 

 こうやって商人に群がられてはパレードが台無しになる。

 やんわりと断っておかないとな。

 

「わぁかってるって! パレードの邪魔はしねぇ! ただ、その……ほら、…………お、俺は……」

 

 なんだ? 急にもじもじし始めやがったぞ……で、チラチラとナタリアを見て……

 

「そ、そっちの美人なお姉さんに、俺のビールを飲んでほしいんだっ!」

 

 うんうん。

 パレードの邪魔しねぇとかなんとか……全然分かってねぇじゃねぇか。

 ナタリアが手を振った時に「今、目が合った!?」とか思って一目惚れでもしたのだろうか。

 

 まぁ、タダでくれるってんなら、一杯もらってさっさとお引き取り願おうか。

 

「どうするナタリア。もらっとくか?」

「ですが、職務中ですので」

「職務っつっても、今日はそんなに何があるわけでもないんだ。ビール一杯くらいはいいんじゃないか?」

「私……飲むと脱ぎたくなるのですが、それでもいいとおっしゃるのなら……」

「悪いな、キリン人族のオッサン! パレードの間飲酒は控えたいんだ! 気持ちだけもらっておくぜ!」

 

 ……ナタリアに酒は与えられない。

 一瞬でパレードが潰されてしまう…………エステラ。お前、しつけとかちゃんとしとけよな……くっそ、目を逸らされた。

 

 キリン人族のオッサンにはお引き取り願い、俺たちは馬車の上からひしめく人込みと、華やかな飾りをつけて居並ぶ屋台を眺めた。

 実に賑やかだ。

 そして、なんとも楽しそうだ。

 

 これ、言っちゃ悪いが、ただの一般人の結婚式なんだぜ?

 お前ら全員、セロンもウェンディも知らねぇだろ? まぁ、光るレンガの考案者と言えば、知ってるヤツは知っているかもしれんが……その程度だ。決して有名人でもなければセレブリティでもない。

 それでも、観客たちは大いに盛り上がっていた。

 

「すごいですね。これだけたくさんの人がみなさん笑顔で」

 

 ジネットが、少しだけ圧倒されたように言う。

 実際、こちらに伝わってくる熱量は凄まじい。

 

 特別ではないはずの、ただの男女の結婚。それを見ている多くの観客。

 

「ここにいる連中は今、同じ景色を見ている。けど……同じことを考えているとは限らない」

 

 連中が何に歓喜し、何に興奮し、何に感動しているのか、それは分からない。

 けれど。

 

「それでも、今日のことを思い出した時は、似たような笑みを浮かべるんだろうな。これから先、ずっと」

 

 今日がターニングポイントなのだ。

 こいつらにとっての。

 そして、この街にとっての。

 

「そうですね。……きっと」

 

 ジネットと並び、観衆に向かって手を振る。

 わざと体を揺すって触角を揺らして見せてやる。と、小さな虫人族のガキ共が嬉しそうにはしゃぎ出す。

 

 今、この大通りに広がっているのは非日常の世界なのだ。

 人間は触角カチューシャをつけ、虫人族は虫人族で浴衣なんかを着込んで、出店に並んで同じものを食う。

 何もかもが初めての経験で、バカみたいにはしゃげるほどに楽しいのだろう。

 

 ここにいる連中の中の、一体誰が思うだろうか。

 

 人間と結婚するウェンディを見て、「あぁ、あの子は奴隷のように扱われるに違いない」などと。

 

 俺たちがやったことは、本当に単純で簡単なことなんだ。

 あっちこっち走り回って話をつけたりはしたのだが……突き詰めて考えるならば、『ただ、一緒になって騒げる場所を作った』、それだけだ。

 

 勝手なイメージだの思い込みだのでグダグダ言うなと。

 よく分からねぇんなら、お前らも一緒になって騒いでみりゃあよく分かるぞと。

 そういうことを教えてやったに過ぎない。

 

 これから先は、こいつら自身が自分で見て聞いて、そして直に感じたことを記憶として、経験として、その心に刻んでいくのだろう。

 

 話は逸れるが、詐欺師と営業マンには共通した考え方がある。

 商品を売りたければ、その商品の優れているところを宣伝するのではなく、その商品の持つ物語を聞かせてやれというものだ。

 製品の高性能をいくら謳っても、興味のない人間には届かない。

 人は、物語に感動を覚え、心を動かされる。

 

 クッキーを売りたい時は、それがいかに贅沢な食材を使用して高度な技術で作られたかを切々と説くよりも、『幼い頃に祖母がよく作ってくれた思い出の味なんです』と言ってやる方が売れたりするのだ。

 人はそこに物語を想像し、その物語に触れたいと感じる。その味を知りたいと、財布の紐を緩めるのだ。

 

「あっ、ヤシロさん! シラハさんたちですよ!」

 

 ジネットが人ごみの中から見知った顔を見つけて声を弾ませる。

 見れば、シラハとオルキが寄り添い合ってパレードを見物し、その隣にはニッカとカールがオシャレをして付き添っていた。ニッカのヤツ、浴衣が似合うじゃないか。

 

「嬉しそうですね、シラハさん。オルキオさんも」

「あぁ。そうだな」

 

 数十年前――

 シラハとオルキオは、互いがどれだけ素晴らしい人物かを懸命に説いて回った。

 異人種でも分かり合えると、一心不乱に訴え続けた。

 それでも、それを『実感できない』連中は頑なに耳を貸さなかった。

 

 製品の高性能をいくら謳っても、興味のない人間には届かない。

 

 人の心を動かすのは、有無を言わさぬ感動。

 心を震わせるストーリー。

 

 それはちょうど、シラハとオルキオがその身をもって見せつけてくれたような、口を挟む余地もないくらいの絶対的な愛の形――そういうものだったりするわけだ。

 シラハたちの姿を見た者は一人の例外もなく『実感した』ことだろう。

 あの二人の結婚は決して間違いではなかったと。

 

「きっとあの二人はこれから先、多くの者たちから感謝されることになるだろうな」

「はい。わたしも、そう思います」

 

 シラハたちに手を振りながら、ジネットは確信しているように呟く。

 そして、シラハへと向けていた視線を俺に向け、先ほどよりも自信たっぷりに言った。

 

「ヤシロさんも、多くの方に感謝されると思いますよ」

 

 そして、微塵も疑う様子もなく、満面の笑みを浮かべる。

 

「わたしは、感謝していますから」

 

 ……だから、俺は大したことはしてねぇってのに。

 

「絶対、いい結婚式にしましょうね」

「あぁ」

 

 今回、ジネットは陽だまり亭を離れて多くの者たちに触れてきた。

 その想いが、今日という日に結実したのだろう。

 

 この後、ジネットには大舞台が待っている。

 披露宴の料理の総指揮という、大仕事が。

 

「最高の結婚式にしてやろう」

 

 そして、お前もまた感謝される人間になるのだ。

 この先何年も、ずっと……

 

 お前の料理を口にする度に何度も何度も思い出されるくらいにな。

 

 

 ゆっくりと、でも確実に、パレードは大通りを進んでいく。

 四十二区へと向かって。

 

 

 

 

 

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