オルキオとシラハ。
一見すれば、カンパニュラとは関係がないようなこの二人にも、協力を要請しなければならない。
そうでなければ成功はあり得ないだろう。
だが、その前に。
「『大口を叩く』の対義語は『貧乳を突っつく』だと思うのだが、どうか?」
「どっこも対になってないよ!?」
「いや、エステラさん。そこは、『急に何を言い出すんだ』と問うべきところだと思うよ」
オルキオが、見当違いなことを言うエステラに苦言を呈する。
まぁ、オルキオの意見も、ちょっとよく分かんないけども。
しゃべりたくなった時、それすなわちしゃべる時だろうが。
「お前はどう思う、タイタ?」
「オレは、『大口を叩く』の反対は『貧乳を褒める』だと思うぜ!」
「口を閉じな、アンタ。馬鹿がバレる」
『叩く』を『非難する』の意味で捉えたタイタの意見は、なるほど、一理あると思える。
だが、ルピナスが強引にタイタの口を塞いでいる。
若干だが、ルピナスの頬が赤い。身内の暴走は恥ずかしいものなのだろう。
「ん…………んんっ……ぷはぁ! ヒデェな、カーチャン!? 俺、いっつもカーチャンのこと褒めてるだろう? だからピーンときたんだぜ?」
「へぇ……誰が貧乳だって?」
「カーチャンの顔がめっちゃ怖いことにっ!?」
その後タイタはほんの数瞬の間に……いや、これ以上は語るまい。
こんな悲劇は、後世に残らない方がいいのだから。
「タイタ……安らかに眠れ」
「他人事みたいに言ってるけど、半分は君の責任だからね」
いやいや、まさか、そんな。なぁ?
「ちなみにエステラは、『大口を叩く』の対義語は『貧乳を』なんだと思う?」
「そもそも、『大口』の対義語は『貧乳』じゃないんだよ!」
えっ!?
マジで!?
言葉って難しぃ~……
「――と、話は逸れたが、オルキオ、お前に頼みがある」
「うん、いささか逸れ過ぎだとは思うけどね、まぁヤシロ君だしね、それにしても逸れ方が激し過ぎるとは思うんだけどね」
オルキオが、渋そ~ぅな顔をしている。
小さいことにこだわると、デミリーの足音が聞こえてくるぞ。
「カンパニュラを領主にするにしても、周りからの後押しでウィシャート家にねじ込むのは危険だ」
「まぁ、そうだね。カンパニュラがどれほど聡明な子であろうと、貴族の群れの中に一人で放り込むような真似は賛成できない」
オルキオも、カンパニュラを大切に思っていてくれるらしい。
「なら、ルピナスを貴族に戻してカンパニュラを守ってもらうか……と言っても、現実的にそれもまた難しい」
「そうだね。長らく貴族の世界から離れていたか弱い母娘二人が、オールブルームの門番の任に就くとなれば、各区の貴族が三十区に集まって大騒動になるだろう」
ルピナスは強い。
だが、それでもやはり女性であり、守るべき者を持つ母親だ。
侵略を目論む者にとっては、格好の餌食となる。
貴族の知識に疎いタイタでは、そういった危険からルピナスとカンパニュラを守り切るのは難しい。
もっと力を持った、頭のキレる者がバックにいなくてはいけない。
誰もが、手出しを躊躇うくらいの大きな力を持った後ろ盾が、な。
「オルキオ、こんな言葉を知っているか? 『数は力』」
戦争において、兵の熟練度を凌駕する絶大なる力、それは圧倒的な数だと言われている。
どれほど強い英雄であろうと、数十、数百の敵に囲まれては助からない。
アリやハチのように、圧倒的な数を有していることを内外へ示せれば、どれほど力を持ったヤツであろうと下手に手出しは出来なくなる。
もちろん、四十二区や三十五区、その他エステラと懇意にしている外周区領主や『BU』の連中が味方に付けば、それだけカンパニュラ率いる三十区は安泰になる。
だが、それだけではなく、三十区単体で強大な力を持つことが、そうであると示すことが重要になってくる。
力である『数』を持ち合わせ、貴族としての振る舞いや心得、そして貴族らしい策略を時には練り、時にはかわせる人物。
そんなもんは、こいつしかいない。
「オルキオ。お前がカンパニュラの後見人になってくれ」
三十五区で、仕事にあぶれていた虫人族たちへ救済の手を差し伸べ、多くの人間を抱えてまとめ上げているオルキオは、その人柄や手腕と相まって多くの獣人族、虫人族から支持を得ている。
一時は悲劇のアゲハチョウ人族の話が広がり、虫人族から悪印象を持たれていたオルキオだが、ウェンディたちの結婚式以降、シラハが本当に幸せそうに暮らしている姿が度々目撃され、不名誉な噂は駆逐された。
今では、悲劇のアゲハチョウ人族を、単身貴族から守った彼女専属の騎士――と、そんな風に言われているらしい。
まぁ、姿をくらませていた時とは違い、今は誰でもオルキオと触れ合うことが出来る。
一度会話を交わせば、その人となりははっきりと分かる。
オルキオを嫌うような人間は、おそらく存在しないだろう。悪意を抱く敵対勢力でもない限り。
偏屈なゼルマルのジジイでさえ、オルキオの悪口は言わないのだから。
「けれど、私は貴族ではないよ」
「そんなもん、些末なことだ」
おそらく、貴族連中は後見人の家柄なんかを気にするのだろう。
むしろ、それしか気にしていないと言ってもいいくらいかもしれない。
だが、俺が欲しいのは目に見える『数の力』だ。
三十五区で仕事を斡旋していたオルキオだが、三十五区以外にもはみ出し者の獣人族や虫人族がいると聞きつけ、その勢力を他の区へと伸ばしている。
エステラやルシアとの交流が生まれた外周区の領主たちへ話を持ち込み、仕事にあぶれている彼らのために働き口を探してやっているらしい。
そんな噂が広まり、外周区で仕事に就けていない獣人族や虫人族が日々オルキオを尋ねてきているのだとか。
この辺のことは、全部ルシアからエステラを経由して聞いたことだ。
ジネットに話してやったら、嬉しそうにしていた。
このように、オルキオは多くの者に支持されている。
それはもう疑う余地もなく。
おまけに元貴族で、ウィシャートの息がかかった厄介な連中の被害に遭った経験がある。
貴族の汚い部分もしっかりと見てきて、その上で今のお人好しの性格になっているのだ。
こいつほど、カンパニュラの後見人に相応しい人物はいない。
「お前が貴族でなくとも、怖ぁ~い貴族連中がお前をバックアップするから大丈夫だ。な、怖い領主様?」
「ふん、こちらを向くなカタクチイワシ。言われんでも、私は全力でバックアップすると決めておる。――私は、もっと以前から二人を支えたいと思っておったのだからな」
悲劇のアゲハチョウ人族。
その後の軋轢に悩み、身を切るような思いをし続けていたのが、このルシアという領主だ。
オルキオの支援となれば、一も二もなく協力してくれる。
「オルキオ先生が後見人になってくださるのなら、私たちは安心して身を任せることが出来ます」
ルピナスも、もちろんオルキオを信頼している。
「どうだろう、オルキオ。少し考えてみてはくれないかい?」
エステラがオルキオに声をかける。
必殺の、微笑みの領主スマイルで。
「君やルピナスさんが貴族へ戻れるかどうかは、まだ確約できないけれど、君たちがどのような身分で、どのような立場であれ、カンパニュラを守れるのは君たち以外にいないと、ボクは確信しているよ」
権力を持った他の誰かに、カンパニュラを預けるつもりはさらさらない。
『お上』がどう言うかは、正直まだ分からない。
それでも、強引にごり押しさせてもらう。
今こそ、利用できる権力のすべてを利用してな。
現領主デイグレア・ウィシャートの危険性と、自浄作用のないウィシャート家を明確に悪であると訴え、その上で、ウィシャートの血を引くカンパニュラが引き継ぐことこそが最良であると理解させてやる。
そして、その背後には、外周区で人間よりも割合が多い獣人族からの高い支持を得ているオルキオが立つのだ。
カンパニュラを切り捨てることは、外周区を切り捨てることだと分からせてやる。
目覚ましい発展を遂げる四十二区と、より強固な結びつきを見せ始めた外周区と、生まれ変わった『BU』と、その各区と連携を密に取っている三大ギルド長、及び組合をも凌駕する勢いで急成長を遂げたトルベック工務店率いる大工連合。
それらを切り捨てて、バオクリエアと結託する現領主を選ぶのか。
そう詰め寄れば、バカでも理解するだろう。
獣人族は貴族に相応しくないなどと、古い慣習にとらわれていることが、如何に馬鹿げているかってことをな。
「この街の安全と、カンパニュラの明るい未来のためには、お前の協力が必要なんだ、オルキオ」
右手をそっと差し出せば、オルキオは面食らったように目を丸くして、頬のシワを深くして笑った。
「こりゃあ、とんでもないものを背負わされてしまったな」
そう言って、俺の手を力強く握ってくれた。
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