「あ、あの、パーシーさん」
ジネットがパーシーの前に立つ。
胸の前で手を組み、慈しむような笑みを浮かべる。
「失敗は恐れるようなものではありません。本当に恐れるべきは、孤独になることです」
「……孤独?」
「人は、誰かと共に生きるために、少なからず摩擦を生みます。それを恐れて行動をやめてしまえば、誰かと共に生きることは出来なくなってしまいます……」
パーシーの目が大きく見開かれる。
思い当たる節でもあるのだろう。行動することをやめ、失ってしまったものが。
「孤独はとても寂しいことです。喜びを分かち合うことも、悲しみを分け合うことも出来ず、つらい時に手を差し出してくれる方もおらず……何より、大切な人が苦しんでいる時に何も行動できない……それはとても不幸なことです」
行動を起こさなければ人との縁は生まれない。
縁が無ければ、誰かのために何かをすることは出来ないのだ。
それを悲しいと、ジネットは思うのだろう。……お人好しだからな。
「モリーさんのために、パーシーさんはたくさん行動を起こしました。それは怖いことでしたか? 不安なことでしたか?」
「……それは……」
「わたしたちも同じです。大切な人と、素晴らしいことを行うために、躊躇う必要などないのです」
「でも……」
「それに……」
くるりと、ジネットが振り返る。
夜風に、ジネットの長い髪がたなびく。
「わたしは……ヤシロさんを信じていますから」
大きな月の下で微笑むジネットは、とても綺麗で……俺は思わず息をのんでしまった。
「あ、違いました。わたし『たち』は……です」
お茶目な笑みを浮かべて、ジネットが肩をすくめる。
……俺に言うな、俺に。説得するなら向こうの落ち込みタヌキに言ってやれ。……ったく。
「……あんたら…………そんな理由で…………」
「そんな理由だからこそ、強くなれるのかもしれませんよ」
大切な人のために頑張る。
それ以上に原動力になる理由もそうそうないだろう。
「兄ちゃん」
「モリー……」
「頑張って、みようよ」
「………………あぁ。そう、だな」
パーシーが涙に声を詰まらせる。
モリーのために頑張ってきたものが、一人でずっと背負ってきたものが、フラッシュバックしたのかもしれない。
こいつは、ちょっと不器用で、人よりも頑張り過ぎたのだ。
「オ、オレ! オレやるよ! 工場フル稼働させりゃあ、ここいら一帯の砂糖くらい余裕で作れんだぜ!」
強がり、声を張り上げて、パーシーは立ち上がる。
目尻から溢れた涙をグイッと腕で拭い、きらっと白い歯を見せて笑う。
……って。
「おいっ! パーシー!?」
「ん? なんだよ? 変な顔して」
「……もともと」
「すまないね、彼は生まれつきなんだ」
「お兄ちゃんのデフォです」
「耐えていれば三日で慣れます」
「あ、あのっ、みなさん! そういう意味では、ない……と思いますよ?」
よぉし、マグダにエステラにロレッタにナタリア。お前ら覚えとけよ。
あとジネット、それ微妙に否定できてないからな?
「じゃなくて! パーシー! お前、目の周りの黒いの取れてるぞ!」
「ええっ!?」
慌てて自分の腕を見るパーシー。そこにはべったりと黒い物がつき、逆に、目の周りを縁取っていた黒い色はすっかり取れていた。
「あぁ!? 墨が落ちちまった!」
「墨っ!?」
「兄ちゃん、獣特徴が全然なくて、女みたいだっていうのがずっとコンプレックスで……」
「ばか、モリー! 言うなよ!」
「あれ、毎朝自分で書いてるんだよ」
「バラすなって!」
うわぁ……
なんか、パーシーって……
「しょっぼ」
「うっせぇな! 体質なんだからしょうがねぇだろう!」
「……救いようがない隠蔽体質」
「おいおい、なんでそんな憐れんだ目で見るんだよ!?」
「体質じゃなく、心根がなんか女々しいです」
「言いたい放題だな、あんたら!?」
マグダとロレッタにも痛いところを突かれ、パーシーはタジタジになる。
うん。まぁ、悪いヤツではなさそうなんだけどな。
「よぉし! 分かったよ! あんたらの言いたいことはよぉく分かった! いいか見てろよ! オレはこれから砂糖をバンバン作って、そりゃあもう男らしく作って、で、いつか立派な獣特徴が表れるような、そんな男の中の漢になってやるからなぁ!」
「……頓挫するに10Rb」
「あ。あたしは、挫折するに5Rbです」
「じゃあボクは、投げ出すに20Rbってとこかな?」
「私は、心半ばでこと切れるに15Rb……」
「あんたら、酷ぇな!? で、それ全部失敗してんじゃねぇか!」
パーシーがウチの女子たちと遊んでいる間に、アッスントが計算を終えた。
砂糖の流通経路やその方法。ひと月に必要な流通量と、市場の均衡を保つための価格。
やっぱり、こういうのはアッスントに任せるのが一番いいな。使えるヤツなんだよな。一時期性根が腐りきっていただけで。
「さすがだな、クサッテント」
「アッスントですけど!?」
どっちでも似たようなもんじゃねぇか。
「……あの、私たちって……」
「えぇ。もう、何も心配いりませんよ。ここにいらっしゃる方全員、とても楽しくて、とても頼もしい、ステキな方たちですので。きっと、みんなが幸せになる方法を導き出してくださいます」
モリーとジネットがそんな会話をしていた。
「私たちがやるべきことって、なんでしょうか?」
「頑張ることだと思います」
「……そっか」
「はい」
「じゃあ、頑張ります」
「はい。頑張ってください」
『何を』かを明確にしないまま、ジネットとモリーは微笑み合っていた。
そうそう、急に静かになったウーマロだが……疲れてたんだろうなぁ。
気が付いたら陽だまり亭の庭先で眠りこけてやがった。……今晩は俺のベッドを貸してやるか…………明日からこき使うしなぁ。まったく、やれやれだ。
「オレは、男らしくなぁる!」
そんなアホな叫びと共に、俺たちの『新砂糖』流通計画は動き出した。
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