異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

79話 夜中の会談 -5-

公開日時: 2020年12月15日(火) 20:01
文字数:2,346

「あ、あの、パーシーさん」

 

 ジネットがパーシーの前に立つ。

 胸の前で手を組み、慈しむような笑みを浮かべる。

 

「失敗は恐れるようなものではありません。本当に恐れるべきは、孤独になることです」

「……孤独?」

「人は、誰かと共に生きるために、少なからず摩擦を生みます。それを恐れて行動をやめてしまえば、誰かと共に生きることは出来なくなってしまいます……」

 

 パーシーの目が大きく見開かれる。

 思い当たる節でもあるのだろう。行動することをやめ、失ってしまったものが。

 

「孤独はとても寂しいことです。喜びを分かち合うことも、悲しみを分け合うことも出来ず、つらい時に手を差し出してくれる方もおらず……何より、大切な人が苦しんでいる時に何も行動できない……それはとても不幸なことです」

 

 行動を起こさなければ人との縁は生まれない。

 縁が無ければ、誰かのために何かをすることは出来ないのだ。

 

 それを悲しいと、ジネットは思うのだろう。……お人好しだからな。

 

「モリーさんのために、パーシーさんはたくさん行動を起こしました。それは怖いことでしたか? 不安なことでしたか?」

「……それは……」

「わたしたちも同じです。大切な人と、素晴らしいことを行うために、躊躇う必要などないのです」

「でも……」

「それに……」

 

 くるりと、ジネットが振り返る。

 夜風に、ジネットの長い髪がたなびく。

 

 

「わたしは……ヤシロさんを信じていますから」

 

 

 大きな月の下で微笑むジネットは、とても綺麗で……俺は思わず息をのんでしまった。

 

 

「あ、違いました。わたし『たち』は……です」

 

 お茶目な笑みを浮かべて、ジネットが肩をすくめる。

 ……俺に言うな、俺に。説得するなら向こうの落ち込みタヌキに言ってやれ。……ったく。

 

「……あんたら…………そんな理由で…………」

「そんな理由だからこそ、強くなれるのかもしれませんよ」

 

 大切な人のために頑張る。

 それ以上に原動力になる理由もそうそうないだろう。

 

「兄ちゃん」

「モリー……」

「頑張って、みようよ」

「………………あぁ。そう、だな」

 

 パーシーが涙に声を詰まらせる。

 モリーのために頑張ってきたものが、一人でずっと背負ってきたものが、フラッシュバックしたのかもしれない。

 こいつは、ちょっと不器用で、人よりも頑張り過ぎたのだ。

 

「オ、オレ! オレやるよ! 工場フル稼働させりゃあ、ここいら一帯の砂糖くらい余裕で作れんだぜ!」

 

 強がり、声を張り上げて、パーシーは立ち上がる。

 目尻から溢れた涙をグイッと腕で拭い、きらっと白い歯を見せて笑う。

 

 ……って。

 

「おいっ! パーシー!?」

「ん? なんだよ? 変な顔して」

「……もともと」

「すまないね、彼は生まれつきなんだ」

「お兄ちゃんのデフォです」

「耐えていれば三日で慣れます」

「あ、あのっ、みなさん! そういう意味では、ない……と思いますよ?」

 

 よぉし、マグダにエステラにロレッタにナタリア。お前ら覚えとけよ。

 あとジネット、それ微妙に否定できてないからな?

 

「じゃなくて! パーシー! お前、目の周りの黒いの取れてるぞ!」

「ええっ!?」

 

 慌てて自分の腕を見るパーシー。そこにはべったりと黒い物がつき、逆に、目の周りを縁取っていた黒い色はすっかり取れていた。

 

「あぁ!? 墨が落ちちまった!」

「墨っ!?」

「兄ちゃん、獣特徴が全然なくて、女みたいだっていうのがずっとコンプレックスで……」

「ばか、モリー! 言うなよ!」

「あれ、毎朝自分で書いてるんだよ」

「バラすなって!」

 

 うわぁ……

 なんか、パーシーって……

 

「しょっぼ」

「うっせぇな! 体質なんだからしょうがねぇだろう!」

「……救いようがない隠蔽体質」

「おいおい、なんでそんな憐れんだ目で見るんだよ!?」

「体質じゃなく、心根がなんか女々しいです」

「言いたい放題だな、あんたら!?」

 

 マグダとロレッタにも痛いところを突かれ、パーシーはタジタジになる。

 うん。まぁ、悪いヤツではなさそうなんだけどな。

 

「よぉし! 分かったよ! あんたらの言いたいことはよぉく分かった! いいか見てろよ! オレはこれから砂糖をバンバン作って、そりゃあもう男らしく作って、で、いつか立派な獣特徴が表れるような、そんな男の中の漢になってやるからなぁ!」

「……頓挫するに10Rb」

「あ。あたしは、挫折するに5Rbです」

「じゃあボクは、投げ出すに20Rbってとこかな?」

「私は、心半ばでこと切れるに15Rb……」

「あんたら、酷ぇな!? で、それ全部失敗してんじゃねぇか!」

 

 パーシーがウチの女子たちと遊んでいる間に、アッスントが計算を終えた。

 砂糖の流通経路やその方法。ひと月に必要な流通量と、市場の均衡を保つための価格。

 やっぱり、こういうのはアッスントに任せるのが一番いいな。使えるヤツなんだよな。一時期性根が腐りきっていただけで。

 

「さすがだな、クサッテント」

「アッスントですけど!?」

 

 どっちでも似たようなもんじゃねぇか。

 

「……あの、私たちって……」

「えぇ。もう、何も心配いりませんよ。ここにいらっしゃる方全員、とても楽しくて、とても頼もしい、ステキな方たちですので。きっと、みんなが幸せになる方法を導き出してくださいます」

 

 モリーとジネットがそんな会話をしていた。

 

「私たちがやるべきことって、なんでしょうか?」

「頑張ることだと思います」

「……そっか」

「はい」

「じゃあ、頑張ります」

「はい。頑張ってください」

 

『何を』かを明確にしないまま、ジネットとモリーは微笑み合っていた。

 

 そうそう、急に静かになったウーマロだが……疲れてたんだろうなぁ。

 気が付いたら陽だまり亭の庭先で眠りこけてやがった。……今晩は俺のベッドを貸してやるか…………明日からこき使うしなぁ。まったく、やれやれだ。

 

「オレは、男らしくなぁる!」

 

 

 そんなアホな叫びと共に、俺たちの『新砂糖』流通計画は動き出した。

 

 

 

 

 

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