「確かに、見りゃ分かるだろうよ。だが、エステラがメイクをしてそれで美人になったとしても、今は意味がないんだ」
なぜなら。
「『メイクをすれば綺麗になれる』なんてのは、ここにいる全員がすでに知っていることだからな」
知ってることを今さらドヤ顔で見せられても、「だからなんだ」という感想しか生まれない。
それに、美しさを扱う時ってのは繊細な気配りが必要になるんだよ。
顧客の状況にあわせ、顧客が望むものを、顧客が望むとおりに提供しなければ、顧客は食いついてくれない。
食べ続けると美人になれる薬があったとして、それが一錠百万円もしたら誰も買わない。
自分に合った美容法でなければ、「始めてみよう」とは思わせられないのだ。
「そういうわけで、エステラじゃダメなんだ。こいつは元から美人だからな」
美人がメイクをしてすっごい美人になりました! と、広報した時、一般人の反応は「ふーん……で?」ってなもんだ。鼻とかほじっちゃう勢いだ。
すっごいお洒落な洋服を、素晴らしいプロポーションの美人モデルが着こなしていたとしても、それを自分も着てみようと思う女子は割と少ない。ハードルが高過ぎるのだ。
エステラが綺麗になる様を見て、『じゃあ私も!』となれるヤツは、たぶんここには来ていない。
そういうタイプは、綺麗になれる方法をすでに自分で見つけているに違いないからだ。
「顔のつくりが元からよくて、おまけに領主で金も知識も技術もあるエステラじゃお手本にならねぇんだよ。な?」
「ひゃふっ……い、今、こっち見にゃいでくれるかにゅ!?」
なんかめっちゃ変な噛み方してる!?
っていうか、「お前どうした!?」ってくらいに顔真っ赤じゃねぇか!?
違うぞ? お前を褒めたんじゃなくて、アホのリカルドに分かりやすく説明をだな…………ぇぇえええい! チラチラこっちに視線を寄越すな! リカルドの時との対比で余計、なんか、こう……アレみたいだろうが!
エステラがポンコツ化したので、俺は参加者の女性たちへと向き直る。
――と、なんかめっちゃ「やっぱり美人には弱いのよねぇ、男って。あ~ぁ、美人が羨ましいわぁー」みたいな目で見られていた。
……いや、まぁ、そんな冷たい視線で見ないでくれ。
でもまぁ折角なので、今彼女たちに芽生えた不快感を利用させてもらおう。
その不快感の正体は「ねたみ」。もっとまろやかに言えば「羨ましさ」だ。
美人を美しいと思うならば、自分もそうなればいい。なる努力を始めればいい。
「まぁ、確かにエステラは美人ではあるが、だからといってエステラと比べて自分を卑下することは一切ない。いわばこいつはプロだ。他人に自分を美しく見せるのはこいつの仕事の一環だからな」
まぁ、モデルのように「こんな風に綺麗になりたい!」と、憧れを持たれるという役割は担ってくれそうだが。
というか、いつぞやロレッタが言ってたっけな。「領主の娘が綺麗で憧れている」って。
「ここにいるのは、綺麗になってみたいけれど、どうすればいいのか分からない。おまけに自信もない。そういう『一般的な』女性たちだろう?」
ここで『一般的』を強調しておくと、「綺麗になれない自分は劣っているんじゃないか?」という不安が払拭される。「あ、これで普通なんだ」と思えると、チャレンジ精神に火をつけやすい。
『ダメな自分』を『綺麗に』はハードルが高く感じるだろうが、『普通な自分』を『ちょっと素敵に』くらいなら、「やってみてもいいかな」と思わせられる。
今回、ここにいる女性たちに求めるのはまさにその『ちょっとやってみようかな』なのだ。
「けれど、諸君は自らの意思で一歩を踏み出した。綺麗になってみようと、今、この場所に集まった。その一歩は、行動しなかった他の者たちを大きく引き離したと言ってもいい。行動を起こした勇気。それをここにいるみんなが、全員、しっかりと持っているんだ。そのことを、もっと誇るといい」
なんとなく起こした行動が称賛される。
そのことに戸惑いの色が現れるが、それでも、ここへ来ようと思った時にはある種の迷いがあり、そして決断があったはずだ。
それが間違いでなかったとはっきり言ってもらえたことは、彼女たちの中できっと大きな安心感に繋がったことだろう。
人は、認められることで強くなれる。勇気を持てる。
ここから一気に畳みかける。
今ここにいる女子たちは、「自分なんかが」という『自信のなさ』がぐらつき始めている。
そのぐらつきをさらに刺激して、俺が彼女たちの『自信のなさ』を一気に吹き飛ばしてやる。
「プロじゃなくても綺麗になれる。その方法を、俺たちは知っている。しかもそれは、とても簡単で――少しの知識と、ちょっとしたコツを掴めば――誰にだって実践可能な技術だ」
続けることも簡単だし、他人に教えることもたやすい。
「殺風景な部屋に花を一輪挿すだけで、その風景はぐっと鮮やかに生まれ変わる。プロの技術が必要な大改装は無理でも、好きな花を部屋に飾るくらいは誰にだって出来るだろう。しかもその簡単な行為は、『自分の好きな花を選ぶ』というちょっとしたこだわりを持つだけで、他の誰でもない『自分だけの美しさ』を実現してくれる」
大切なのは、やってみようという意気込みと、最初の一歩を踏み出す勇気だ。
「不器用だって、下手くそだって構わない。やり続けることが大切なんだ。人は絶えず変化する。最初は誰かの真似だったとしても、やがてそれは自分の色に染まる。世界に一つだけの、『自分』という名の芸術。それを生み出せるのは、自分自身だけだ」
俺の話に聞き入っている女性たち。
その心の中には、小さいながらも芽生えているはずだ。
「もしかしたら、私も綺麗になれる……かも」そんな微かな希望が。
その希望をもっと大きく、明確なものにするために、俺は彼女たちに向かって断言する。
「綺麗になる権利は誰にでもある。それは決して浅ましいことではない! なぜなら――大切な誰かのために綺麗になりたいって努力する女の人って…………素敵やん?」
「「「はふぅ~……」」」
観衆から吐息がもれた。
無事、心に根付いたようだ、綺麗の素が。
あとはそれを大切に育んでいける環境を整えてやれば、この街の女性たちは…………綺麗になるためにお金をじゃんじゃん使ってくれるYO・NE☆
「おい、オオバ……テメェ、四十一区で結婚詐欺なんかすんじゃねぇぞ」
アホのリカルドは本当にアホだなぁ……
やるわけないだろう、そんなリスクの高いB級詐欺なんか。……復讐率が高いんだから、結婚詐欺は。
「俺は、すべての女性に、今よりちょっと素敵になってほしいだけSA☆」
「くぁあ! 今すぐテメェに『精霊の審判』をかけてぇ!」
リカルドが震える右腕を押さえてもがいている。
「鎮まれ、俺の右手よっ!」状態だ。……ぷぷっ、中二病め。
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