「ほゎぁぁあああっ!?」
ジネットが奇妙な雄叫びを上げている in 陽だまり亭厨房。
「なんか、ぽんぽんいってますよぉ~!?」
蓋をしたフライパンを揺らしながら、ジネットは盛大に怯え、腰が完全に引けている。だが、しっかりとフライパンを揺すって熱を均等に行き渡らさなければ焦げてしまう。
「大丈夫、死にはしない。気にせず続けろ」
「ほ、ほふぁいっ!」
恐怖で返事がアホみたいな感じになっている。
カラカラと乾いた音を発していたフライパンの中から急に破裂音が鳴り出し、それは断続的に、次々と、乱発するように鳴り響き始めた。
ジネットが泣きそうになるのも頷ける。
俺も初めて作った時は爆発するんじゃないかとかなりビビった記憶がある。
フライパンの蓋に打ちつける破裂音は絶え間なく鳴り響いた後、徐々にその回数を減らしていく。
辺りには、バターの焦げたなんとも言えないいい香りが充満している。
最初、何が起こるのかと厨房に入り興味深そうな視線を注いでいたマグダとエステラも、今は厨房の外へと避難している。
俺たちが留守の間にナンとピザとお好み焼きを完食していたベルティーナは「出来上がったら持ってきてください」と食堂で待機している。
ウーマロは俺たちが戻ってきたのと入れ替わりで帰っていった。一応、仕事の準備はしておかなければいけないそうだ。……たぶん、明日も休みになるだろうなとはボヤいていたが。
そんなわけで、今厨房にいるのは俺とジネット。そして、今にも気を失いそうな青い顔をしたヤップロックと、献身的に夫を支えるウエラー。破裂音に大はしゃぎをするシェリルと、暴れる妹を必死に押さえつけているトットの計六人だ。
ここの嫁と息子は出来た嫁と出来た兄だな。
「ヤ、ヤシロさん……音が…………止みました…………」
涙目でジネットが報告してくる。
「んじゃ、ボウルに移してくれ」
木製のボウルを手渡すと、ジネットがそれを受け取…………れなかった。
手が物凄く震えている。よほど怖かったようだ。……しょうがない。
「シェリル、トット。ちょっと来い」
「はーい!」
「う、うん!」
シェリルは元気よく、トットはおっかなびっくりといった様子で近付いてくる。
俺はフライパンを受け取り、子供二人の顔の前に持っていく。
そして、ゆっくりと蓋を開けた。
「「わぁっ!?」」
瞳をキラキラさせて、子供たちが最高のリアクションをしてくれた。
バターのいい香りが一気に広がり、そして、さっきまではそこになかった真っ白でもこもこした食べ物がフライパンの中にぎっしり詰まっていたのだ。
その光景に子供たちは大はしゃぎだ。
「すごーい! なにこれー!?」
「いい香り……」
ふふん。この反応…………こいつは売れるっ!!
俺は出来上がったポップコーンをボウルへと移し、軽く塩を振る。これで塩バターポップコーンの完成だ。
「美味しそうですね」
「そうだろう。どうだ、一つ食べてみ……」
「えぇ、是非に!」
ジネットだと思って話しかけたのだが……そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべたベルティーナだった。
「あの……食堂にいたんじゃ……?」
「いい香りがしましたもので。気が付いたらここにいました」
瞬間移動かよ!?
「たべたいー!」
「ぼ、僕も!」
子供たちが俺に詰め寄ってくる。
「……興味深い」
「へぇ……不思議な変化をするものだね」
さっきまで避難していたマグダとエステラも、匂いにつられて戻ってきたようだ……こいつら。
「ウチのトウモロコシが、こんな形に……」
「不思議ですねぇ」
ボウルを覗き込み、ヤップロックとウエラーが複雑な表情を浮かべる。
トウモロコシをトウモロコシとしてではなく、おかしな手を加えたことに引っかかりを覚えているのかもしれない。だがまぁ、食えば納得するだろう。
で、一番の功労者のジネットなのだが……
「……立てるか?」
「す、すみません……腰が抜けてしまいまして……」
厨房の床にへたり込み、膝をプルプルと震わせていた。
そんなに怖かったのか?
「お前が一番頑張ったからな……最初に食う権利をやろう」
「本当ですかっ、ありがとうございます」
憔悴しきっていたジネットの顔に、笑みが戻る。
ボウルを差し出すが……ジネットは手が震えてうまく掴めないでいた。
周囲からは「早く食え」というタダならぬプレッシャーが、無言のまま圧しかかってくる。
「ぁう…………あの、わたしは、あとでも構いませ……」
「では、年長者である私が……」
「ベルティーナさんは二歩下がって!」
俺の言葉に、ベルティーナは多少の抵抗を見せるも、「あげませんよ?」と一言呟いた瞬間に二歩下がった。……この人の食い意地……とんでもないな。
しかし、折角の出来たてだ。冷めてしまってはもったいない。
しょうがない……
「ほら、ジネット。口を開け」
「ほぇっ!? …………あ、あぅ…………で、では……失礼して…………あ~ん」
ギュッと目をつむり、口を大きく開けるジネット。
そこへ、ポップコーンを一粒摘まんで放り込んでやる。
口に入った異物に驚き、ジネットが咄嗟に口を閉じ、そして咀嚼する。
シャクッという小気味よい音がして……ジネットの瞳がキラキラと輝き始める。
「もいひーれふっ!」
「……口に物入れてしゃべんじゃねぇよ」
一粒のポップコーンを、大切そうに何度も何度も咀嚼して味わうジネット。
……分かってねぇな。
「こいつはな、こうやって豪快に食うんだよ」
言って、ボウルの中のポップコーンを鷲掴みにして口へと放り込む。
頬をパンパンに膨らませて、シャクッパリッとダイナミックに咀嚼する。
うん、美味い!
「ズ、ズルいですよ、ヤシロさん! 私にも!」
「……マグダ、準備万端」
「な、なんだかとても興味深い食べ物だね」
どうやら観衆の我慢は限界のようだ。
「じゃあ、どーぞ。召し上が……ぬぉゎぁわああああっ!?」
言い終わる前に四方八方から腕が伸びてきて、ボウルの中のポップコーンを強奪していく。
あちらこちらでポリポリ、シャクパリ、カサカサと、軽やかな音がする。
「わたしも、もう一口」
ジネットも手足の震えが収まったようで、細い指でガシッとポップコーンを掴み取り、豪快に口へと運ぶ。
「もぉうぃひぃれしゅぅうう~っ!」
だから、口に物を入れたまましゃべんなってのに……
「ヤシロ……ポリポリ……これは一体……ポリポリ……どうなっているんだい? ……ポリポリポリ…………どうして……ポリ……あんな小さな粒が……ポリポリ……こんな大きな白いものに変化して……ポリポリポリポリ…………ポリポリ?」
「あぁっ! 鬱陶しい! 食べるかしゃべるかどっちかにしろ! あと、最後疑問文までポリポリになってたからな!」
やめられない止まらない状態の一同は、あっという間にボウル一杯分のポップコーンを平らげてしまった。
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