トラックを見ると、妹たちがスタートラインに立っていた。
十歳から十二歳までのちょっとお姉さんチームの妹たちだ。
年少組みたいに「ぅははーい!」とはしておらず、少し落ち着いた雰囲気を纏っている。
「ヒューイット家の底力」
「「「みせてやるー!」」」
「いや、お前ら全員ヒューイット家だろうが」
ただ、最年長がロレッタだからな……成長したところでってのは、正直あるんだよな。
「がんばってくださ~い!」
「「「「は~い!」」」」
ジネットの声援に、全妹が返事をする。
……あいつらの場合、名前で区別とか出来ないからなぁ。
「誰が勝っても嬉しいですね」
「いやいや。白組を応援しろよ」
「でも、先週まで二号店の売り子をしてくれていた妹さんもいますし、ほら、青組の。黄組の妹さんは先月、赤組の妹さんは厨房の大掃除の時に――」
「え、ジネット……見分けられるの?」
「はい。さすがに全員とはいきませんが、陽だまり亭で一緒にお仕事してくださった方はなんとなく」
すげぇ……
俺にはみんな同じ顔に見えるんだが……
そういえば、個々にファンが付いているヤツがいるって言ってたな。
客の中にも、妹たちを見分けられるヤツがいるのか……
「年を取れば、それぞれに特徴が分かりやすくなっていくですから、この年代の妹たちは見分けるのが比較的簡単ですよ」
「確かにそうですね。ロレッタさんは、妹さんたちの中に入ってもすぐ見つけられますし」
「それはそうです! なんたって長女ですから!」
確かに、それは一理ある。
性格もそれぞれ特徴が出てくるし、口調も結構違う。
髪型も違うし、顔つきも違う、かもしれない。
が、一覧を見せられて「だ~れだ?」とかやられたら絶対分かんない自信がある。
描き分けの出来てない漫画家の描いたクラスメイト一覧みたいな感じだ。物語の中では、話の流れで誰なんだなってのは分かるんだが……グッズとかになられるとお手上げだ。
「……誤差」
「ウチの弟妹に酷いですよ、お兄ちゃん!?」
ロレッタが憤るが、俺の目にはみんな同じ顔に映るのだ。
おっさんが人数の多いアイドルグループのメンバーを見分けられないようにな!
……誰がオッサンだ!? 失敬な。
「位置について、よぉ~い……」
――ッカーン!
そんな話をしているうちにレースが始まる。
先頭を行くのは赤組の妹。白組は二番手だ。
……速い。
あっという間に勝負は決まっ……と、思ったら赤組の妹がゴール手前で転んだ。
「あっ!?」
思わず声を漏らしてジネットが身を乗り出す。
妹はすぐに立ち上がりゴールしたが、妹たちのレースでは一瞬のロスが命取りになる。赤組の妹は最下位となってしまった。
「わたし、怪我の手当てをしてきます!」
言うが早いか、ジネットは陣地から飛び出して、怪我をした妹のもとへと走っていく。
…………遅っ!
妹たちのレースを見た後だけに、余計に遅く感じる。
あぁ、もう。
「俺も行ってくる」
たたっと駆けていって、ジネットを追い抜き妹のもとへと向かう。
「手伝いに来てくれたんかぁ? 助かるわぁ」
救護テントから薬箱を持ってレジーナが歩いてくる。
……走れや。
「妹さん、大丈夫ですか?」
「うん。平気ー! 唾付けとけば治るよ」
爛漫に笑う妹。
だが、擦り剥いた膝がじゅくっとしていて痛そうだ。
「消毒して絆創膏を貼っておこうな」
「平気だよ? こういう怪我、家でもよくするし」
「それでもだ。ちゃんと手当てをして、ジネットとレジーナを安心させてやってくれ」
「店長さんと薬屋さんを?」
きょろきょろと二人の顔を交互に見て、妹はニコッと笑う。
「なんか、大事にされててくすぐったいねー」
薄く頬を染めて嬉しそうに肩を揺らす。
こういう仕草は、ちょっとロレッタに似ているかもしれないな。
「ありがとうね、お兄ちゃん」
「……そっちの二人に言ってやれ」
たまたま一番近くにいたから、俺が妹の手当てをしてやっているが、薬を持ってきたのはレジーナだし、一番心配しているのはジネットだ。俺なんかただのついでみたいなもんだ。
「自分、ホンマ上手やなぁ」
俺の処置を見て、レジーナが感心したような声を漏らす。
「未成年少女の生足いじらせたら天下一品やな!」
「他の表現は思いつかなかったのか!?」
「よっ、テクニシャン!」
「消毒液ぶっかけるぞ!」
そして浄化されてしまえ!
俺が消毒を終えると、ジネットが薬を塗り、レジーナが器用に包帯を巻いた。
少し大げさに見えるが、この後も砂埃の舞うグラウンドで走り回るならしっかりとガードした方がいいという判断だったようだ。
うまいこと膝の曲げ伸ばしの妨げにならない巻き方をしていた。その辺はさすがだな。
「えへへ……一番取るより嬉しかったかもー!」
手当てをしてもらって、甘やかされた気持ちになったのか、ジネットに抱きついてもきゅもきゅ頭をこすりつける妹。
楽しそうだな、そのアトラクション。何分待ち?
トラックの中で手当てを行っていた間も、レースは順調に消化されていた。
レジーナがいそいそと救護テント――というか、日陰に帰る後ろ姿を見送ってから俺たちもその場を離れる。
「あっ、ちょっと待ってください!」
トラックを横断しようとした俺たちを、エステラのとこの給仕が止める。
「もうレースが始まるので、終わるまで待ってください」
見れば、選手がもう位置についていた。
これが終わるまではコースを横断するなということらしい。
「位置について、よぉ~い……」
――ッカーン!
ジネットと並んでトラックの中からレースを眺める。
「すごい迫力ですね、内側から見ると」
今日はまだなんの競技にも参加していないジネットは、これが初めてなのだ。トラックの内側から見るレースが。
「なんだか、胸がドキドキします」
「え? どれどれ?」
「もう……言うと思いました」
伸ばした手の甲をつねられ、優しく叱られる。
だって、それはもはや「言え」ってフリだろうよ。
「まさか、わたしがこのような大会に参加するなんて……」
速まる心臓を抑えるように、組んだ両手を胸に押しつける。
……沈むなぁ。埋まるよねぇ。
「わたし、今日は精一杯頑張りたい気分なんです。……まぁ、運動は苦手なんですけど」
本当に、今日のジネットはテンションが高い。
頬が薄く紅潮して、楽しそうによく笑う。
本当に珍しくて……
そんな顔を見られてよかったな、とか、思ってしまった。
「……『おっぱい万歩計競争』をプログラムに入れておけばよかった」
「ヤシロさんっ」
精一杯頑張るジネットを見てみたかった……と、そんなおふざけでお茶を濁す。
まぁ、なんつうか、あれだな……
運動音痴が張り切ると怪我をするから、今日一日はジネットから目が離せないかもしれないな……なんて。
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