異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

217話 『宴』の準備3 -1-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:3,373

 外での『宴』と言えばお花見。

 というわけで、明日は朝からミリィのところへ顔を出そうと、ジネットとそんな話をしていた閉店作業中。

 陽だまり亭のドアがノックされた。

 

 こんな時間に誰だ?

 なんとなく嫌な予感を覚えつつドアを開けると――

 

「ヤシロ! 金型が完成したさね!」

「早ぇよ!」

 

 今日言ってもう出来たのかよ!?

 お前、自分のとこの仕事大丈夫か!? ちょっと心配になってきたよ、金物ギルドの先行きが!

 

 両目を真っ赤に充血させ――お前、この数時間で三日くらい徹夜してきたのか? 時空歪めるほど頑張るんじゃねぇよ――フラフラになったノーマがそこにいた。

 なんだか物凄く張り切って、超特急で仕上げてきてくれたらしい。

 

「ゴンスケたちがアタシを差し置いて面白そうなものを作ろうとしていたからねぇ。さっさとこっちを終わらせて向こうに合流したいんさよ」

 

 ゴンスケってのは、ノーマの『右乳』……もとい、『右腕』と言われる凄腕のオッサンだ。どのオッサンなのか見分けがつかない、というか、見分ける気がないので分からんが、技術は確からしい。

 なので、そいつにベアリングの簡単な構造を教え、簡単に出来そうな『ころ軸受』を伝授してきた。

 日本では、高性能な球体が容易に作れるので、より摩擦面の少ない『玉軸受』をよく目にするが、こっちの連中に綺麗な球を作れというのはさすがに厳しい。球体は、それだけ難しいのだ。

 なので、大小の筒の間に円柱を噛ませる『ころ軸受』にしてみた。こっちだって相当な技術がいる代物だ。が、まぁ、連中ならなんとかしてくれるだろう。

 ……というか、ノーマが意地でもなんとかするに違いない。

 

「あぁ、でも、心配は無用さね」

 

 ――と、誰が見ても本当にいろいろ、私生活も含めて心配にしかならないノーマが胸を張る。

 乳の成長だけは、心配無用だな。ぽいん!

 

「超特急で終わらせたとはいえ、この金型の精度はばっちりさね! アタシが持てる力のすべてを結集して鋳型を作ったからね。表面のザラつきも少ない、我ながらいい仕上がりになったさね」

 

 相当自信があるようだ。

 確かに、金型の表面はザラついておらず、これなら焼いた時に焦げつきや目詰まりを起こすことなく綺麗に焼き上がるだろう。

 合わせ目も綺麗だし、問題ない。

 

 俺が今回発注したのは、長方形の金型に鯛が八尾並んでいるタイプだ。左右対称の二つの金型を、蝶番ちょうつがいがしっかりとつないでいる。

 木製の取っ手もいいグリップ感で、こちらの注文通り仕上がっている。

 

「これなら問題なくたい焼きが作れるだろう。ありがとうな、ノーマ」

「どうってことないさね! アタシの手にかかればこれくらい!」

「うんうん、すごいのはよ~く分かったから……寝ろ。な?」

 

 もう、直視に耐えられないくらいに疲れが出ている。顔に。肌に。髪の毛に!

 このままいけば、きっとノーマの疲れは乳にまで現れるだろう。それだけはなんとしても阻止しなければいけない!

 乳は宝! 人類の至宝なのだから!

 

「そうさね……さすがにちょっと疲れたみたいさね」

「そうだろうそうだろう」

「じゃあ、ベアリングが出来たら休むさね」

「それ絶対休まないフラグだな!?」

 

 ベアリングが出来たら、また次の仕事が湧いてきて、結局休めないパターンだ! ブラック企業の負の連鎖と同じ構造だ!

 

「ジネット。ノーマにはちみつ入りのホットミルクを」

「はい。ノーマさん、そこに座って、少々お待ちください」

 

 見かねて、ノーマに処方箋を授ける。

 体が温まって、眠気を誘発するホットミルクを。

 診断結果、寝不足。

 治療法、寝かせる。だ。

 

「気持ちは嬉しいんさけれど、アタシは忙しいんさよ。これで失礼するさね」

「まぁ、そう言わず。『ジネットの温かいミルク』だぞ?」

「……それで釣れるんは、ヤシロとベッコのアホくらいさね」

 

 甘いな! ウッセもモーマットも飛びつくさ!

 いや、モーマットは微妙か……あいつ、ジネットに対しては「近所のいいオジサン」ポジションを貫いてやがるからな……じゃあ、ウッセだけか……

 

「ウッセ、最低だな!?」

「よく分からんさけど……たぶん、言いがかりさね」

 

 そんな、卑猥の権化ウッセの話をしていると、ジネットがホットミルクを持って戻ってきた。

 早いな。さては自分で飲むつもりで準備していたな。

 

「ノーマさん。お時間は取らせませんので、どうぞ召し上がってください」

「店長さん……なんか、悪いさね。店も閉まっちまった後だってのに」

「そんなことないですよ。陽だまり亭は、いつだってみなさんをお待ちしていますから」

 

 いや、営業時間外は追い返すけどな。

 客に必要以上のサービスを提供するのは逆によくない。ある程度の制約があって初めていい関係というものは築かれるものなのだ。なんでもOKにしてしまうと、どうしても甘えが出てしまう。慣れや甘えは、良好な関係をぶち壊す危険因子の最たるものだと認識する必要がある。

 悲しいかな、人ってのは他人からの親切に慣れると、それを「当然の権利」だと錯覚してしまう生き物だからな。

 義務と権利は、折を見て再確認させてやる必要があるものなのだ。

 

「ノーマ。ホットミルクをもらう時は、お返しにお前もホットミルクを……」

「さぁ、召し上がってください」

 

 俺が言い終わる前に、ジネットに遮られた。……わざとか? いや、ジネットに限ってそんな、まさか……

 

「実は俺、ミルクを温めるのが得意で……」

「はちみつがたっぷり入っていますので、とても甘くて美味しいですよ」

 

 ぐ、偶然が二度続くことって、どれくらいの確率であるのかなぁ!?

 

 にこにこ顔のジネット。悪意は微塵も感じられない。

 俺の思い過ごしか、考え過ぎか……

 

「『このミルク美味しいね』『あぁ。でも、もっと美味しいミルクがあるんだよ……それは君の……』」

「懺悔してください」

 

 優しくたしなめられた。

 どうやら、偶然ではなかったらしい。最後まで言わせてくれないあたり、エステラの口添えの可能性が高いな。……あのぺったんこめ、余計なことを吹き込みやがって。

 

「ほぁあ……美味しいさねぇ」

 

 俺とジネットが攻防を繰り広げている横で、ノーマがホットミルクに口をつけた。

 幸せが溢れ出してくるような緩みきった表情でほっこりと微笑む。

 普段澄まし顔の多いノーマが見せた無防備なこの表情は、なんだか見ることが出来て得した気分になるいい表情だった。

 

「胸の奥がぽかぽか温まってきたさね」

「え、どれどれ?」

「ヤシロさん。ダメですよ」

 

 伸ばした腕をそっと掴まれる。

 くっ……これもまたエステラの入れ知恵か!?

 

「ぺったんこー!」

「ひゃうっ!? なんですか、急に?」

「エステラと何かあったんさね?」

 

 俺の心に満ち溢れる憤りを、窓の外へ向かって吐き出した。

 しかしながら、「ぺったんこ」というワードだけで名前が上がるとは、さすが領主だ。知名度が半端ないな。

 

「あの、ヤシロさん。ノーマさんはお疲れのようですから、あまりそういうことでからかわないであげてくださいね」

「つまり、揉むなら真剣に――ということか!?」

 

 分かっているさジネット!

 聖なるお乳の尊さと神々しさを理解している俺に、そんな注意はナンセンスだ。

 俺はいつだって真剣に、真摯におっぱいと向き合っている。遊びで揉んだりなどしない。

 揉む時は命がけだ!

 

「あ、あの…………真剣になられるのは……ちょっと、……困り、ます」

 

 ……ん?

 ………………ん?

 

 ま、まぁ、そうかな。

 ほら、俺。真剣になると没頭して、二~三時間くらいあっという間に過ぎちゃうような熱中型だし? さすがに三時間もノーマを拘束するのは問題だよな。うん。そりゃそうだ。つまりはそういう意味の『困ります』だ。うん。そう。きっとそう。

 

「……冗談だ。間に受けるな」

「はい。……一応、分かってました、よ?」

 

 なに、この空気!?

 やだもう、甘い!

 はちみつ入れ過ぎたんじゃねぇの!? ホットミルクから甘さが漂ってきてるんだな、きっと! うん、きっと!

 

「というわけでノーマ。お前のおっぱいは揉まずにつつく程度に留めておくことが決まっ……」

「ヤシロさん」

 

 く……せめて、冗談を言わせてくれ。

 すべてを有耶無耶にするための冗談を……っ!

 

「……すぅ……すぅ」

「ん?」

 

 いやに静かだと思ったら、ノーマがテーブルに突っ伏して眠っていた。

 

 すげぇ押し潰されて「ぎゅむぅー!」ってなっている。……が、今は口に出せない。くそぅ。いつもならこういう時にいろいろ言えるのに!

 

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