異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編1 ヤシロ -2-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:3,892

 なんでも、食堂にも俺を心配して駆けつけてくれた者たちがいるということで、そいつらも交えて、今俺に起こっている状況の説明を緑髪の少女がしてくれるようだ。

 

 中庭を抜けて食堂へ向かう。

 空はまだ真っ暗だ。俺が起きたのが四時前で、今は五時過ぎというところらしい。

 

 そんな早朝にもかかわらず、多くの者たちが集まっていた。

 

 銀髪の美しいシスターに、おっとりした雰囲気の人魚、健康美溢れる肉体をしたクマ耳美女、黒髪にメガネをかけた給仕服姿の美女に、ゴールデンレトリバーのような耳を頭に生やした少女。そしてニワトリ。

 見知った顔がずらりと勢揃いしていた。

 ……だが、誰一人として、名前を思い出すことは出来なかった。

 

 そして、そんな面々に向かって緑髪の少女がはっきりと言った。

 

「これは、寄生型魔草の仕業や」

 

 寄生型魔草。

 初めて聞く名だが……なんとなく想像が出来てしまうな。物凄く嫌な想像だが。

 

「この胸んところにくっついとるんが『種』や」

 

 俺の胸にくっついた種を指さして、緑髪の少女は言う。

 

 種は全部で14個ついていた。

 つか……集まった美女美少女の前で胸をはだけさせてるの、ちょっと恥ずかしいんだが……

 

「この魔草は、人体に寄生して、宿主の記憶を食べて成長するんや」

「記憶を……っ」

 

 食堂内がざわつく。

 陽だまり亭の店長が、今にも倒れそうな青い顔をしている。

 

「その人にとって、大切な記憶を好んで食べる厄介な植物でなぁ……記憶がなくなったわけやないのに、親しい人物の名前がすっぽり抜け落ちてるっちゅうんは、その初期症状なんや」

「それで、ボクたちのことは認識しているのに、名前が言えないんだね……」

「せや。大抵は、魔獣がウロついとるような深い森の中に生息して、魔獣の記憶を食べて成長する植物なんやけど……」

「……おそらく、街門を通って外の森の深層へ赴いた時に」

「ワタクシたちと一緒に外に出た、あの時に寄生されたというんですの?」

「木こりギルドのギルド長さんと勝負した時ですね。でも、あの時お兄ちゃんは特に異常はなかったです」

「潜伏期間が長いねん。宿主に気付かれんようにちょっとずつ成長する、厄介な植物なんや」

 

 なんだか、俺はとんでもないもんに寄生されてしまったようだ。

 

「だったらよぉ、その種を取っちまえばいいんじゃないのか?」

 

 クマ耳の美女が少々焦った表情で言う。

 一秒でも早く解決させたい。そんな感情が見て取れる顔で。

 

「それはアカン。初期症状が出始めたっちゅうことは、この種が記憶に根を張ったっちゅうことなんや。無理やり取ったり潰したりしたら、…………記憶が丸ごとなくなってしまうかもしれへんのや」

「それじゃあ、どうしたらいいんさね?」

 

 唯一、事情を知っている緑髪の少女に、他の少女たちが群がる。

 陽だまり亭の店長と銀髪のシスターだけは、その場に留まりぼう然とした表情で俺を見つめている。

 

「待つしかないんや」

「待つ…………って、何をだい?」

 

 群がる美少女たちを代表して赤髪の少女が問う。

 

「記憶っちゅうんは、物理的にそこにあるわけやないんや。目には見えへんあやふやなもんや。せやから、そのあやふやなもんをしっかりと心に刻み込めれば、寄生型魔草は記憶を食べられへんようになるんや」

「記憶の、定着?」

「せや。寄生型魔草によって忘れさせられた記憶を、自分の力で取り戻した時、寄生型魔草は枯れて、体から自然に取れるんや」

「忘れさせられた記憶って……ボクたちの名前、かい?」

「せやな。名前を呼んでもらえた時は……自分の記憶が彼の心に刻み込まれて定着したっちゅう証になるやろう」

 

 俺が、こいつらの名前を思い出せれば……

 

「んじゃあさ! あたいの名前を紙に書いて、それで呼んでもらえばいいんじゃないのか?」

「それではアカンのや」

「なんでだよ!?」

「なくした記憶を思い出すんは相当な体力が必要なんや。無理やり記憶をこじ開けて干渉するような真似をすれば、またさっきみたいに倒れて気絶してしまうで」

 

「気絶」という言葉で、その場にいた全員が黙ってしまった。

 俺が倒れて気を失ったと聞いてここに集まってくれたメンバーだ。同じ轍を踏ませまいとしてくれているのかもしれない。

 

「それじゃあ……ボクたちには何も出来ない…………ってことかい?」

「いや。あるで、出来ることが」

「なんだ!? 教えてくれ! あたい、なんだってするぞ!」

「アタシも協力は惜しまないさね」

「……それは、この場にいる全員がそう」

 

 トラ耳の少女の言葉に、全員が首肯をする。

 一同の視線が緑髪の少女に注がれる。

 

「自分らに出来ることはただ一つ……」

 

 そして、緑髪の少女が告げる。

 

「普段通り過ごすことや」

 

 何かをしようと意気込んでいた周りの面々は、見事に肩透かしを食らい間の抜けた表情をさらす。

 

「記憶っちゅうんはデリケートなもんやからな。忘れたくないもん、思い出したくないもん、人それぞれあるやろ? それを、周りが勝手に『アレ忘れんな』『コレ思い出せ』なんてしたらあかん。思い出は、自分のもんであるべきや」

 

 その言葉に、反論できる者はいなかった。

 消化しきれない思いはあるものの、納得せざるを得ない、妙な説得力があった。

 

 そして、緑髪の少女は俺に優しい笑みを向けた。

 

「せやから、自分。自分は、自分の思うように行動しぃ。きっと、自分の無意識が、本能が、忘れたくないっちゅうもんを思い出させてくれるはずや」

「俺の、思うように?」

「せや。記憶が定着すれば、魔草は枯れて種が体から勝手に取れる。けど、もしその種から花が咲いてしもうたら……」

 

 種から、花が咲いたら……

 

「もう二度と、記憶は蘇らへん」

 

 寄生型魔草に記憶を食われた証拠……ってことか。

 

「あ、あのっ」

 

 店長が不安げな顔で声を上げる。

 襲いくる恐怖を振り払うように、眉をきゅっと吊り上げている。

 

「……もし、記憶がなくなってしまったら…………その……どう、なるのでしょうか?」

「もう一回やり直しや」

「……やり、直し…………?」

「せや。もう一回出会って、もう一回仲良ぅなって、もう一回新しい思い出を作っていく……やり直しや」

「…………そう、ですか」

 

 食堂内に、重い沈黙が落ちる。

 

 ……やり直し、か。

 言ってしまえば、それだけのことだ。

 別に命を落とすわけではない。

 

 忘れたことは、もう一度覚え直せばいい。

 

 もっとも、やり直した結果、元通りになるとは限らないけどな。

 

「そんな『どよ~ん』とした顔せんときぃや」

 

 妙に明るい声で、緑髪の少女が言う。

 この重くなった空気を払拭しようとしているのだろう。

 

「この寄生型魔草は、大切な記憶に取りつくんや。つまりは、そんだけ大切に思われてたっちゅうことなんやで?」

「……それは、そうかもしれないけど」

 

 赤髪の少女が反論をしようとして、やめる。

 その代わりとばかりに、俺にちらりと視線を寄越した。

 

「それにや。このお人はなぁ……」

 

 と、俺の肩にぽんと手を載せる。

 

「おっぱいのことは覚えとったんやで? つまりはここにいる全員が、『おっぱいよりも大切や』思われとるっちゅうわけや。自信持ちぃや」

 

 そんな、励ましなんだかふざけているんだか分からない微妙なことを言う。

『おっぱいより大切』と言われて喜ぶようなヤツがどこに……

 

「ボクたち、実はすごく大切に思われてたんだね!?」

「……ヤシロにとってのおっぱい以上とは」

「国宝級扱いです!」

 

 その場にいた全員が、物凄く嬉しそうな顔をしていた。

 …………あれぇ?

 

 なんだか妙に盛り上がる一同。

 そんな空元気にも思える賑やかな声に紛れるように、肩に手を置いた緑髪の少女がぽそっと、俺に耳打ちしてきた。

 

「よぅ見ときや。自分が、どれだけ大切にされてるか…………」

 

 目に映るのは、俺を心配してくれている者たちの、いまだ不安そうな顔。

 無理して笑ってみせても、ぎこちなさの取れない不器用な笑顔。

 

「自分の記憶は自分のもんやけどな、……思い出は、一人だけのもんやないんやからな」

 

 ぽんっ、と肩を叩かれ、緑髪の少女が俺のもとを離れていく。

 

「ほなら、みんなはそれぞれの仕事に戻りぃ。下手に画策したり、無理やり記憶を掘り起こすようなことは考えんと、普段通りに過ごすこと。いつもの風景っちゅうんは、記憶を取り戻すのに一番効果があるんや。『懐かしいなぁ』っちゅう感情は、『それを忘れたくない』って思いの表れやからな」

 

 そう言って、食堂のドアを開ける。

 

「ほなら、あんじょうがんばりや」

 

 最後に一度、俺へと視線を向けて緑髪の少女は食堂を出ていった。

『あんじょう』ってのはたしか、『いい感じに』みたいな意味だったかな。

 

「……私も、ニワトリの卵、採らなきゃ」

「あたしも。帰って、魔獣のソーセージ仕込まなきゃ」

「あたいは…………うぅ……」

「ほらほら、あんたも帰って漁に出るさよ。ヤシロを信じてやるんさよ」

 

 そんなことを言いながら、一人、また一人と食堂を後にする。

 

 全員が、帰り間際に俺へ視線を向けてドアから出ていく。

 

 そして、最終的にこの場に残った陽だまり亭の三人も……

 

「では、開店準備を始めましょう」

「……うむ。下ごしらえを手伝う」

「なら、あたしは掃除をするです!」

 

 それぞれの仕事にかかる。

 

「ヤシロさんは、今日はお休みしてください。あ、もちろん、働きたい時に働いてくださって構いませんので、好きなように行動してくださいね」

 

 店長が俺へ向ける笑顔は、とても柔らかくて…………

 

「じゃあ、ちょっと頭をスッキリさせるために、散歩に行ってくるわ」

「はい。まだ暗いですから、お気を付けて」

 

 

 ……忘れちゃいけないって、はっきりと思わせてくれた。

 俺は行動しなければ……

 

 

 こいつらのことを、誰一人として――

 

 俺は、忘れたくなんかない。そう確信していた。

 

 

 

 

 

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