異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

13話 川漁ギルドのギルド長 -4-

公開日時: 2020年10月12日(月) 20:01
文字数:2,619

「それじゃあ、行きましょうか、ヤシロさん」

 

 ジネットはどこまでも明るい。

 分けてほしいよ、その能天気さを。

 

 歩き出した俺の足取りは重い。

 踏み出す一歩一歩は、死地へ赴く敗残兵の如くだ。

 

「しかし、君はビビり過ぎじゃないのかい?」

「あのな、エステラ。俺は、人間相手ならどんなヤツにだって負けない自信がある」

 

 口でなら、だけどな。

 

「けれど、理屈も通じない相手なら話は別だ。俺は腕力には自信がないんだ」

 

 実際、五十代間際のオッサン如きに刺されて一度他界している身だ。

 俺が一端に強ければ、あんなやつれきったオッサンに負けはしなかっただろう。

 俺の戦闘能力など、その程度なのだ。

 

「でも、街で普通に生活されている方ですし、本当の熊というわけではないと思いますよ?」

「本当の熊は武器を使わないからな。……一層厄介な相手だと考えた方がいい」

「ネガティブだな、君は……」

 

 バカヤロウ。

 慎重なんだよ。

 人生に無頓着なヤツは、見え見えの落とし穴にすら嵌り込んでしまうからな。

 

「あっ! あれはなんでしょうか?」

 

 ジネットが指さした先に、丸い樽のようなものが置かれていた。

 川の中に少し浸るように置かれた大きな樽。人間がすっぽり入れそうな巨大さだ。

 ……まさか、あの中にいるわけじゃないよな?

 

「行ってみましょう」

「あ、おい!」

 

 ジネットが樽へと近付いていく。

 俺たちも急いで後を追う。

 勝手な行動を取られては敵わん。

 あいつなら、ちょっと押しちゃって樽を川に落とすくらいのことは仕出かしそうだからな。

 

「わぁ……お魚がいっぱいです」

 

 俺たちが追いつく前に、ジネットは樽の中を覗き込んでいた。

 その中にいたのが猛獣だったら、お前食われてたかもしれないんだぞ。危機感ってもんがないのか、こいつは。

 

 ジネットの隣に立ち、中を覗き込む。

 樽の高さは、俺の胸くらいなので覗き込むのは容易だった。

 

 中には無数の魚が泳いでいた。

 こいつは…………

 

「鮭、か?」

 

 よく覗き込んで見てみる。

 どこからどう見ても鮭だ。

 アゴのシャクレ具合も、鱗の色も、傷付いたヒレも。どれもこれもが完全に鮭だった。

 

 手に取ってもっとよく見てみたいな。

 と、樽の中に手を伸ばした時――

 

「あたいの魚を盗もうってのか、あんたたち!?」

「――っ!?」

 

 突然、背後から怒号が飛んできた。

 心臓が割れたかと思った。

 

 慌てて振り返ると、そこには一人の女が立っていた。

 紫がかった長い髪を腰の辺りで一つに結び、きりっとした顔つきの美しい女だ。

 しかしながら、体つきはがっちりとしており、身長は俺よりデカい……目測だが、180弱くらいはありそうだ。

 そして、鍛えられた太ももと、八つに割れた腹筋。さらに剥き出しの上腕二頭筋は男の俺でもため息を漏らしてしまいそうなほど美しく引き締まっている。

 その肉体美のなせる技なのだろうが、ホットパンツと胸だけを隠すチューブトップのようなものしか身に着けていないにもかかわらず、彼女はとてもオシャレに見えた。

 そして、頭のてっぺんにちょこんちょこんとついている丸っこい耳。

 クマ人族は…………クマ耳美女だった。

 

 だが、そんなことよりも……

 最も目を引いたのは、引き締まった体から不自然なまでに突き出した二つの膨らみ。

 THE・DEKAPAI!

 物凄い巨乳だ。

 

「……デカい」

「そうですね。大きな方ですね」

「ジネットちゃん。ヤシロに同意しない方がいいよ。彼は君とは違うものを見ているから」

 

 なんとも張りのありそうなおっぱいだ。

 まるで『皮まで食べられるマスカット』のようだ。

 

「で? どいつが首謀者だい?」

 

 首謀者?

 この女は何を言っているのだろう?

 

 そう思った瞬間、クマ耳美女の腕が俺の襟を締め上げた。

 

「あたいの獲物を横取りしようなんざ、いい度胸じゃないか! 死ぬ覚悟は出来てるんだろうね!?」

 

 出来てねぇよ!

 つか、なんつうパワーだ!?

 こいつ、本当に人間か!?

 

 俺の体は軽々と持ち上げられ、襟を締める指を解こうと両手でこじ開けにかかるがビクともしない。

 手首の内側をこちょこちょ~っとしても無反応だった。くっそ、ここすげぇこそばゆいところだと思ったのに!

 

「あ、あの! 誤解です! わたしたちは魚泥棒ではありません!」

「本当かい?」

「はい! もしお疑いでしたら、どうぞ、わたしを『精霊の審判』におかけください」

「…………」

 

 ピシッと背筋を伸ばして立つジネットを無言で見つめるクマ耳美女。

 ……あの、とりあえず下ろしてくんないかな? 苦しいんだけど……

 

「…………分かった。お前を信じる」

「ありがとうございます」

 

 ジネットが深々と頭を下げると、クマ耳美女はようやく俺を解放した。

 ……っはぁぁぁああ~!

 空気のありがたさが身に沁みる!

 

「悪かったな、疑っちまって」

「いいえ。勝手に樽に近付いたわたしが悪いです。申し訳ありませんでした」

「やめとくれよ。これじゃ堂々巡りになっちまう」

「はい、ではここで幕引きといたしましょう」

 

 朗らかな笑みを交わし合うジネットとクマ耳美女。

 

 ……いや、まず俺に謝れよ、お前ら。

 俺はジネットを止めようとしたんだぞ。

 

「ヤシロ」

 

 河原に蹲る俺のもとへ、エステラが近寄ってきて、しゃがみ込む。

 慰めてくれるのか? いいヤツだな、お前。

 

「持ち上げられている時に、二度ほどスネが巨乳に当たっていたけど、感想は?」

「……そんなもん、感じてる暇、あったと思うか……?」

 

 こいつ……どこまで性根が腐ってやがるんだ…………

 

「んで、あんたらは一体なんなんだ? あたいに何か用か?」

「わたしたちは、ペトルさんに言われて川漁ギルドのギルド長さんにお話をしにやって来たんです」

「あぁ! ってことは、あんたらが陽だまり亭の?」

「はい。わたしが店主のジネットと申します。そして、従業員のヤシロさんと、お手伝いをしてくださっているエステラさんです」

 

 エステラがいつ手伝いをしてくれたのか、俺にはとんと覚えがない。

 

「そうかい。あんたらが」

 

 クマ耳美女はこほんと咳払いをすると、大きな胸を強調するように張って、自信に満ち満ちた表情で名乗りを上げた。

 

「あたいが、川漁ギルドのギルド長、デリアだ。よろしくな」

「こちらこそ。よろしくお願いいたします」

 

 差し出された手をギュッと握るジネット。

 ……の、足元で呼吸困難に陥っている俺。

 

 なぁ、誰か俺を心配してくれても、罰は当たらんと思うんだが?

 なぁ?

 

 まぁ。

 ただ一つ分かったことは……

 真っ裸で仕事をする人はいないかもしれんが、限りなく裸に近い格好で仕事をしている漁師はここにいた。

 それが分かっただけでもめっけもんだ!

 

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