「まったく、君というヤツは。まだこんなすごいのを隠し持っていたとは、もぐもぐ」
教会で合流したエステラが、大学芋を食ってからずっと文句を垂れている。垂れ流しだ。
「文句があるなら食うな」
「文句があるのは君の秘密主義に対してだよ。大学芋に罪はない、もぐもぐ」
こいつ……なんかちょっとベルティーナに似てきてないか?
教会で一緒に飯を食っている間に感染したんじゃないだろうな。
「お前、隠れ巨乳を目指してるだろ?」
「なんで隠さなきゃいけないのさ?」
「エステラさん、否定すべきはそこじゃないと思いますよ」
モリーに指摘され、誤魔化すように大学芋を口へ放り込むエステラ。
そんなに頬張るなよ。取りゃしねぇよ。またあとでいくらでも食えるんだから。
どうせここら辺の材料費は全部アッスント持ちだ。陽だまり亭での試作分も立て替えという扱いで、後日しっかり徴収する。
教会への寄付を終え、陽だまり亭に戻ってきた俺たちは、この後のイベントについて話し合いという名の試食会を開いていた。
ベルティーナが全力で来たがっていたのだが、あとでちゃんと食わせると約束して教会へ置いてきた。ちょっとやってほしいことがあったしな。
「シスター、きっと準備が終わり次第駆けつけると思いますよ」
エステラのカップに新しいお茶を注ぎ、ジネットが「だって、待ちきれませんもん」とベルティーナの心情を代弁する。
いや、もしかしたらジネット自身も待ちきれないのかもしれない。お菓子のお披露目と、オバケコンペが。
現在、エステラんとこの給仕たちが各家々に伝え回ってくれている。『陽だまり亭のお菓子レシピがタダで教えてもらえるよ』と。
そして、オバケコンペの優秀賞として、新しいお菓子が贈呈されるということも触れ回っているらしい。
エステラの予想では、かなり多くの参加者が見込めるそうだ。
「トックリーナー!」
「トックリーノー!」
陽だまり亭のドアを開け、シーツを被ったガキが二人、謎のイタリア人の名を叫びながら飛び込んできた。
「『トリックオアトリート』だ」
「「それー!」」
「横着すんな」
白いシーツ越しにガキの頭を鷲掴みにしてぐゎんぐゎん振り回してやる。
「ぉおうっ、おうっ、酔う! 酔うからやめてー!」
こいつらは教会のガキたちで、オバケコンペの前に仮装の一例として舞台に上がってもらう予定だ。
俺が頭を鷲掴みにしてるのは八歳の男で、もう一人のゴーストは六歳の女の子だ。
「なんでオレばっかり!?」
「やりやすいからだ」
「ひでぇ! 贔屓だ!」
「ばかやろう! 差別だ!」
「もっとひでぇ!」
元気と頑丈くらいしか取り柄のないこの年頃の男の扱いなんてこんなもんで十分だろうが。
見ろ。六歳の少女ってのはこんなに小さいんだぞ。なんか両腕を持ち上げて俺の方を見ているけど、全然威嚇になっていない。
「ヤシロお兄ちゃん! こわい~? がぉ~!」
「誘拐されそうで怖いな……」
「その点は大丈夫です、お兄ちゃん。イメルダさんもばっちり参加予定ですから」
「ねぇロレッタ。誘拐犯の決め打ちはやめようか? 一応大ギルドのギルド長だから」
エステラも結構決め打ってるじゃねぇかよ。
シーツをすっぽり被って顔が見えない状態でこの可愛さだ。
ねこ娘とか狼少女とかの仮装は危険だな。この街にハビエルが増えかねない。
「とっても可愛いですよ」
「違うよ、ジネットおねえちゃん! 怖いんだよ!」
「うふふ。そうですね、もっと『わぁ~』ってしたら怖いかもしれませんね」
「わぁ~!」
「くすくす」
両手を上げて、襲いかかるようなジェスチャーのゴースト少女。
シーツが持ち上がって小さい足が丸見えだ。そりゃジネットも笑いが止まらないよな。
「お前ら。前はしっかり見えてるか?」
「うん! 平気!」
「息苦しくないか?」
「ちょっと暑い。走ってきたから」
「シーツ被って走んじゃねぇよ、危ねぇな」
「だって、お菓子!」
「ベルティーナに走るなって言われなかったか? ……あとで怒られるぞ」
「あ…………ど、どど、どうしよう……」
ゴースト男児が震え出す。
ゴーストを怖がらせるとは。一番怖いのはベルティーナか?
あ、シスターだからゴーストが恐れるのか。成仏させられるしな。
「他の仮装も楽しみです」
ジネットが待ち遠しそうにドアに視線を向ける。
こいつらが来たってことは、このあと次々に小さいオバケが押し寄せてくるだろう。
朝食の席で、教会のガキどもにちょっとした仮装を提案したのだ。
寮母のおばさんらが面白がって、俺の提示した仮装を手縫いで大至急作ってくれることになった。
寮母たちも、小耳に挟んでいたハロウィンに期待大なのだとか。
「今、教会には布と糸が余っていますから、ちょうどよかったです」
ハムっ子たちが教会でお世話になるからと、なんとロレッタが新しい子供服用に、ついでに補修用にと、布と糸を大量に寄付したのだそうだ。
寮母のおばさんたちは大喜びで、ハムっこやガキどもの新しい服を作ると意気込んでいるらしい。
「こっそりいい人ぶりやがって」
「ち、違うですよ! ウチの弟妹が教会の子の服を破いちゃったですよ。それで、その弁償にと……ついでに、今後もきっと同じようなこと仕出かしそうだったですから、ちょっと多めにって」
「ロレッタさんは、しっかりとしたお姉さんですね」
「ふぉお!? 店長さんに褒められると照れるです! あたし、自分では裁縫できないですから寮母さんに丸投げしただけですし……それに、ウクリネスさんに事情を話したら大マケしてくれたですから、それほど懐も痛んでないです」
だから、たいしたことではない――と、ロレッタは言うが、なかなか出来ることじゃないと思うけどな。
こいつは、なんで普通に褒められると照れるんだろうな。
とても褒められない状況の時ほど褒めて褒めてとうるさいのに。
「ふんがー! ふらーんけーん!」
「みぃーらー!」
「け~つけつけつけつ! きゅうけつき!」
わさっと、小さなオバケたちが陽だまり亭へとなだれ込んできた。
って、吸血鬼は「けつけつ」笑わないから!
「みなさん、とっても怖いですよ」
「「「ぅははーい!」」」
これで大体出揃った。
こちらから提案出来るオバケはこの程度しかおらず、衣装を作るのにも時間はかかるし、全員で仮装というわけにはいかない。
壮絶なじゃんけんバトルに勝利した一部の者たちだけが仮装をしているのだ。
「ヤシロさん」
ガキどもの後ろから、ベルティーナがゆっくりと姿を現した。
やっぱり、お菓子が待ちきれなくなって早々とやって来たか。
と、思っていると――
「にゃあ!」
――と鳴いて、ベルティーナが口を開いた。そこには、獣のような鋭い牙が生えていた。
「うふふ。ヤシロさんのアイデアの牙を作ってみました。少し違和感がありますが、可愛い仕上がりになりそうだと思いませんか?」
お手製の牙が自慢なのだろう。ベルティーナがにこにこしている。
……のは、いいとして。
「なぜ『にゃあ』?」
「いえ、牙と言えばネコかと思いまして」
「オバケなんだから、もっと怖い感じで鳴かないと」
「そうですか? では……、ぅにゃー!」
威嚇された。
両手の指を曲げ気味に開いて、顔の横に持ってくる、ねこ娘がしそうなポーズで。
「よし、餌付けしよう!」
「ヤシロさん。ハロウィンの方向性がちょっとズレた気がします」
なぁに、ジネット、問題ないさ。
可愛い仮装をした娘にお菓子をあげて仲良くなる。
ざっくりまとめればハロウィンなんかそんなもんだ。
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