異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

371話 それぞれのけじめ、それぞれの思い -1-

公開日時: 2022年7月8日(金) 20:01
文字数:5,351

「集まってもらったのは他でもない――」

「茶碗蒸しの食品サンプルを作ってくださいまし、ベッコさん!」

「おそらく、そのための招集ではござらぬよ、イメルダ氏!?」

 

 俺の前にぐいっと割って入ってきたイメルダを「ぺいっ!」っと脇へ廃棄する。

 ……なんでこんな残念な娘に育ってしまったのか。

 出会った当初は…………あぁ、わがままなだけの残念娘だったか。

 

 木こりギルド四十二区支部が出来たころは、そこそこ頼れるオーラが出ていたこともあったのになぁ。

 

「原点回帰だな」

「そんな納得はいいから、本題に入ろう。もう夜も遅いから」

 

 港の完成イベントはまだ続いている。

 おそらく、酒飲みどもは夜通し飲んで騒いで日の出と共に屍になるのだろう。好きにすればいい。

 

 食材を使い切り店じまいをした俺たちは揃って陽だまり亭へと戻ってきた。

 そのような流れだったため、もうすでにいい時間だ。マグダやカンパニュラはそろそろ眠たくなっていることだろう。

 それでも、椅子に座って真剣な瞳でこちらを見ている。

 

「お茶をどうぞ」

 

 陽だまり亭に着くなり厨房へ向かったジネットがお茶を全員に配る。

 手伝いを申し出たマグダとロレッタを強引に座らせ、一人で準備をしてくれた。

「みなさん、お疲れですから」と。お前もだろうに。

 

 今この場には、ジネット、マグダ、ロレッタ、カンパニュラ、テレサの陽だまり亭メンバーと、エステラ、ナタリア、ルシア、ギルベルタの領主と給仕長、ノーマ、イメルダ、ネフェリーたちいつものメンバーと、デリア、パウラ、ミリィという『湿地帯の大病』で家族を失った遺族が揃っている。

 おまけで、ウーマロとベッコも混ざっているが。


 マーシャは港に停泊している海漁ギルドの連中のところへ行ってやることがあると、今回同席しなかった。

 それでも、今夜はデリアのところに泊まる約束らしく、あとで迎えに来てくれとデリアに頼んでたな。

 

 全員にお茶が行き渡り、ジネットが最前列の空けられていた席へ座る。

 それを確認して、俺は再び口を開く。

 

「いろいろとトラブルはあったが、港は完成した。ここにいるみんなにもいろいろ迷惑をかけたと思う。正直助かった、ありがとうな」

 

 素直な感謝を述べると、緊張していた空気が少しだけ緩和した。

 無理を言って集まってもらったせいだろう、全員が緊張した表情をしていた。重大な話があると察している表情のまま、ほんの少し緩んだ空気に各々が息を吐く。

 

「情報紙は見たか? 忙しくてまだかもしれんが――」

「見たよ。エステラ、すっごい良く書かれてたね」

「え、そうなの? ボクまだ見てないよ」

 

 パウラの言葉に、エステラがそわそわとし始める。

 そこへ、ジネットがどさっと紙の束を積み上げる。

 

「よろしければご覧になりますか? タートリオさんに融通していただいて、わたし、たくさん買いましたから」

 

 やっぱり大量購入してたか……

 本棚の増設が必要かもしれないな。

 

 まだ読んでいなかったエステラとルシア、給仕長二人が情報紙を手に取る。

 パウラたちも購入したのか、自分の荷物から情報紙を取り出して開く。

 

「俺にも一部売ってくれ」

「必要ないですよ。こちらは、タートリオさんからヤシロさんへ贈られたものですから」

 

 と、一部を俺に渡してくれる。

 

 ちなみに、個人間での購入は行商ギルドの領分を侵害するので基本的にはアウトなのだが『代理購入』は認められている。

 ジネットが俺の代わりに購入した情報紙を、俺があとから代金を渡して受け取る場合、これは売買には含まれない。利益が出ないからな。

 その際「おだちん」と称して少額の金銭授受が発生しても、それはあくまでお小遣いの範疇として黙認される。

 昔のアッスントなら、その黙認を逆手に取ってイヤラシク攻撃してきたかもしれんが、丸くなった今、そんなことはしないだろうし、そんなことを言い出すようなら潰してやろうと思っている。

 

「そうだ、アッスント潰そう」

「代理購入はアッスントさんも問題ないとおっしゃっていましたから、今後も変わらず仲良くしてあげてくださいね」

「じゃあ、今後も変わらず薄ぅ~い繋がりを維持するとしよう」

「うふふ。アッスントさんが寂しがりますよ、そんなことを言うと」

 

 にこにこと、ジネットは俺にアッスントの仲良しを押しつけようとする。

 これは一体なんの罰ゲームなのか。

 

「うひゃぁ! 何これ……なんか、恥ずかしいんだけど……」

 

 自分の特集記事に目を通し、エステラが顔を押さえて身もだえている。

 絶賛に次ぐ絶賛。

 身に覚えもない功績が神がかり的な手腕として明記されているのはいたたまれない気分だろう。

 

「これ、ほとんどヤシロのやったことじゃないか。ボクの功績じゃないよ」

「いやいや、歴史的な功績ってのはその『顔』となる者の手柄として語り継がれるものだよ」

 

 この街の街門を作ったのは初代国王ということになっているが、国王が直接大工仕事をしたわけではない。

 歴史書に『街門を作ったのは○区の大工○○という男である』なんて書かないだろ?

 精々『初代国王が建築した』と書かれる程度だ。

 

 大阪城を建てたのは豊臣秀吉でいいのだ。

 小学校のテストで回答欄に『大工』と書いたらバッテンをされるだろう。

 

「――というわけで、これらの功績はすべてエステラのものだ」

「なんか必要以上に祭り上げられてて落ち着かないよ!」

「「「「え、お乳がない?」」」」

「言ってないし、声が揃い過ぎててムカつく!」

 

 エステラが俺とマグダとナタリアとイメルダを指さして「まったく」と肩を怒らせる。

 

 と、その時、陽だまり亭のドアが開いた。

 

「な~んや、賑やかやなぁ」

 

 こんな夜中に、レジーナが、誰に呼ばれるでもなく陽だまり亭へやって来た。

 

「イベントに参加しようかどうか悩んでいる間にこんな時間になったのか?」

「アホやな。誰が行くかいな、あんな人のぎょーさんおる場所。大通りスッカスカやったで、今日」

「まぁ、微笑みの領主様のお治めになる四十二区の大通りですから領主に似てスッカスカなのは頷けますね」

「うっさい、ナタリア、うっさい」

 

 そんないつものやり取りを横目に、レジーナが空いている席へ腰を下ろす。

 手には、どこで買ったのか情報紙が持たれている。

 

「……話、するんやないかな~って思ぅてな」

 

 レジーナはへらへらとした笑みを浮かべているが、声に緊張が感じられる。

 

「待たせたか?」

「平気や。人のおらん四十二区をぷらぷらしとったさかい」

「では、お腹が空いていませんか? 何か簡単に食べられる物を――」

「あぁ、構わんとってんか、店長はん。今は……何も食べられへんし」

 

 かなり緊張しているようだ。

 レジーナがらしくもなく弱々しい笑みを見せる。

 嫌われやしねぇってのに……まぁ、気持ちは分かるけどな。

 

「それじゃあ、まぁ、とりあえず揃ったってことで……ルシアたちは巻き込む形になっちまうが――」

「くだらぬことを気にするな、貴様らしくもない」

 

 情報紙を閉じて、ルシアが俺を睨むように見つめる。

 

「そのつもりでこの場にいるのだ。少しは格好を付けさせろ」

 

 万が一、俺やエステラへ不満が向かいそうな時は共に矢面に立ってくれるつもりらしい。

 情報を秘匿していたのは俺らだが、ルシアはその判断に一定の理解を示しているようだ。

 なら、そこで見ててくれ。

 

「……はぁ」っと、長く深い息を吐き出し、俺は一同を見渡す。

 

「すごく気の滅入る話だ。だが、お前らにはきちんと言っておきたいと思った」

 

 聞かされるも方も堪ったもんじゃないと思うが……

 

「次号の情報紙では、ウィシャートの罪に対してもっと掘り下げた記事が掲載される。その中には、『湿地帯の大病』について詳しく書かれた記事もある」

 

 フロアの空気がざわりと波立つ。

 ウィシャートと『湿地帯の大病』に何の関係があるのかという疑問と、もしかしてそうなのかという不確定な推測と、得も言われぬ気持ち悪さが空気を伝ってくる。

 

 誰も疑問を口にしないが、聞きたいという思いは表情によく表れている。

 その疑問を肯定するように、俺は一度大きく頷く。

 

 少しだけ緊張しながら、俺は事実を告げる。

 

「『湿地帯の大病』は、ウィシャートによってもたらされた、史上最悪の人災だ」

 

 息を呑む音がやけに大きく聞こえる。

 ジネットは両手で口を押さえ、ミリィは大きな瞳を見開いて固まり、パウラは「……は?」と放心し、デリアは瞳をギラリと光らせた。

 

「詳しくはボクが説明するよ」

「いや、……ウチが話すわ」

 

 エステラが立ち上がるのに被せるようにレジーナが立ち上がる。

 なぜレジーナがという疑問が勝ったようで、一同の視線はレジーナに向かう。

 

「いや、君の話はあとにしよう」

「せやけど……」

 

 エステラもレジーナも苦しそうな表情をしている。

 そんな死にそうな顔をしてるヤツに話をさせるわけにはいかない。

 

「俺が話す。二人とも座ってろ」

「でもヤシロ――」

「いいから」

 

 ここまで情報を秘匿していた後ろめたさがエステラを襲っているのだろう。

 もしかしたら、すべてを話した後「なんで黙っていた」と責められるかもしれない。その矢面に自分が立つべきだと、妙な罪悪感に支配されている二人は心配そうに俺を見る。

 

「大丈夫だから、座ってろ」

「……うん」

「……分かったわ」

 

 エステラとレジーナが座ったことで、視線が俺へと戻ってくる。

 

「もったいぶっても仕方がないから一気に全部話すぞ。『湿地帯の大病』を引き起こしたのは、バオクリエアが生み出した細菌兵器が原因だった」

 

 その細菌兵器が四十二区へ持ち込まれた経緯、ウィシャートの権力欲によって起こった使者襲撃事件、その結果Mプラントの種が四十二区の湿地帯へバラ撒かれたことを話して聞かせる。

 俺が話をしている間、悔しそうに顔を歪める者は多くいたが、声を発する者は一人もいなかった。

 話を聞くみんなの様子を、ルシアは一歩退いたところでじっと見つめていた。

 カンパニュラとテレサはその当時のことを知らないが、黙って話を聞いていた。

 

「――で、レジーナがここにいるわけだが。その細菌兵器は、レジーナの研究成果を盗んだ馬鹿野郎の手によって生み出されたんだ」

 

 そして、Mプラントが生まれた経緯を説明する。

 レジーナを庇い過ぎて妙な反感を買わないように、事実を、偏りなく、分かりやすく伝える。

 レジーナの両親を奪った病を克服する、人々を救うための薬が悪用された経緯を。

 

 ここには、Mプラントの犠牲者遺族が多くいる。

 なるべく、彼女たちの傷を刺激しないように言葉を選んだつもりだったが、それでも告げられた真実は重く彼女たちの心にのしかかったようだ。

 

 ミリィもパウラも、目を真っ赤に染めて静かに涙を流していた。

 

「……ウチが、生み出してしもたようなもんなんや」

 

 俺の話が途切れるのを待って、レジーナが口を開く。

 椅子に座ったまま、テーブルの上で指を組み、ぎゅっと握りしめる。

 

「ウチが、あんな薬……生み出さへんかったら――」

 

 その時、けたたましい音と共に、テーブルが一脚破砕した。

 デリアの拳が壊れたテーブルの上でぶるぶると震えていた。

 力を込め過ぎたようだ。殴った形跡はないから、今のレジーナみたいにテーブルに置いた拳を握っていたのだろう。

 感情の暴走に、力の加減が出来なかったらしい。

 

 デリアが立ち上がり、レジーナを睨む。

 

「レジーナ」

「……ごめんな」

「ばかやろう!」

 

 デリアが駆け出し、ナタリアとノーマが素早く二人の間に体を割り込ませる。

 ナタリアがレジーナを背に庇い、ノーマがデリアの体を押さえる。

 

「お前は悪くないんだから謝るなよ! あたいらと一緒に怒るんだよ! なんてことしてくれたんだ、ふざけんなって!」

 

 叫ぶデリアの瞳からキラキラと雫が舞う。

 

「悔しいよな。分かるよ。あたいと一緒だろ? お前が謝ると、悪いヤツを庇ってるみたいでヤダ! 何も出来なかった自分が悔しくて、もう遅いんだけど、でも諦めきれなくて、父ちゃんや母ちゃんのために努力しなきゃって思うのは当然だろ! それを悪いヤツが悪いことに利用して……そんなの悔しいじゃねぇか! だから、一緒に怒るんだよ! ふざけんなって! そんな顔すんな!」

「そうさよ、レジーナ」

 

 デリアの肩をぽんぽんと叩いて、ノーマがレジーナを振り返る。

 

「デリアはバカだけど、言ってることは間違ってないさね」

「うん。レジーナのせいじゃないよ、全然。その薬で救われた人もたくさんいるんでしょ?」

 

 ノーマに続いて、パウラが涙でぐしゃぐしゃの笑みで言う。

 

「なら、レジーナが謝ることない。それくらい、あたしたちだって分かるもん」

 

 そして、ミリィが駆け出し、座るレジーナに抱きつく。

 

「ょしよし……つらかったね、れじーなさん。今度からは、みりぃたちと一緒に泣いてもいいから、ね」

 

 ぽんぽんとレジーナの頭を叩き、髪に顔を埋める。

 

「……おおきに……な」

 

 なんとか絞り出して、レジーナはミリィの腕を握って、泣き出した。

 

 誰もレジーナを責めない。

 それが分かって、安心した。

 

「…………」

 

 ジネットが静かに立ち上がり、ゆっくりとレジーナのもとへと歩いていく。

 そして床に両膝を突いて、俯いて涙を流すレジーナの顔を覗き込む。

 そっと両手を伸ばして、涙に濡れる両頬を包み込む。

 

「いつか、どんなに時間がかかっても構いませんから――レジーナさんご自身が、レジーナさんを許してあげてくださいね」

 

 その言葉を聞いて、レジーナは初めて、声を上げて泣き出した。

 

 

 

 

 

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