異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

59話 来ちゃった -4-

公開日時: 2020年11月27日(金) 20:01
文字数:1,606

 イメルダとハビエルが帰ってから数時間。

 空はすっかり赤く染まり、本日の営業時間も、残すところあとわずかとなった。

 朝の賑やかな食事以降、客足はまばらで……とはいえ、当初に比べれば増えた方なのだが……やはり、改善しなければいけないとつくづく思った。


「ヤシロさん、お茶でもいかがですか?」

「ん? あぁ、サンキュウ」


 頭を抱える俺に、ジネットがお茶を勧めてくれる。

 マグダとロレッタは、現在屋台への応援に向かっていていない。

 店にいても客が来ないのでは仕方がないのだ。

 相変わらず、陽だまり亭の収入の大半が屋台による収入である以上、今はそちらで頑張ってもらうしかない。


 陽だまり亭・本店は、俺たち二人だけでも回ってしまうほど暇なのだ。


「客が来ないな……」

「でも、以前より随分と増えましたよ」

「……『以前より』、ねぇ……」


 その『以前』が、俺がここに来た当初のことを指しているのなら、それはそうだろう。あの頃は日に二人も客がいればいい方だったのだから。


「ヤシロさんも彫刻を始めてみたらどうですか?」

「彫刻?」

「はい。ベッコさんに教えてもらって、何かお店を盛り上げるようなものを作ってくださると、わたしはとても嬉しいです」

「…………無茶ぶりにもほどがあるわ」

「そうですか? ヤシロさんなら、なんだってやってしまいそうな気がしますけど」


 まぁ、その気になれば出来なくはないのだろうが……手先の器用さには自信があるからな。

 だが、今はそんなことをしている時ではない。


 あぁ、ちなみにベッコは、ここに来て早々『新しい物が作れそうな予感でござる!』と、自宅へ戻っていった。

 ……まさか、トイレに入っているイメルダを彫ったりはしないよな?


 まぁ、そんなわけで二人きりだ。

 ジネットは厨房に戻らず、ずっと俺の向かいに座っている。

 おそらく、俺を気遣ってくれているのだろう。

 ジネットは、気が付くといつも、とてもさりげなく、俺の一番近くにいてくれる。


 そんなことに気が付いても、「ありがとう」なんて礼を言うのは……ちょっと違う気がする。

 なので、俺は特に何も言わない。

 きっとジネットも何も期待などしていないだろう。


 この間隔が、俺とジネットの距離なのだ。


 それは、少しだけ……心地のいい距離感だと、そう思う。


 なんとなく頭を悩ませていた毒気を抜かれたような気がして、不意に無駄話がしたくなった。

 なんでもいい。他愛のない話がしてみたい、そんな気分なのだ。

 折角の機会なので、ずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。


「ジネット、お前さぁ」

「はい、なんですか?」

「どこかに出かけたいとか、そういう欲はないのか?」

「外に、ですか?」


 こてん、と首を傾げ、ジネットは大きな瞳をこちらに向ける。


「お前は、ずっとここにいて、ずっと働いているだろ? 息抜きとか、ちゃんとしてんのか?」


 こいつは以前、四十二区の外に出かける俺を羨ましそうに見ていたことがある。

 それはそうだろう。早朝から寄付のために厨房に入り、日中は一日中食堂内にこもり、店が終われば掃除をして早々と就寝だ。

 その間に家事までこなしているのだから、外に遊びに行っている時間などないだろう。


 こいつは、それで満足なのか?


「わたしは、このお店でいろんな方にお会いできるのが嬉しいですし、楽しいですよ」


 嬉しくて、楽しくて…………それで、満足しているのか?


 ジッと、ジネットの顔を見つめる。

 嘘は吐いていないだろう。

 だが、無理はしていそうだ。


 いつか、店を休みにしてパーッと遊びに行けばいい。……と、そうは思うのだが、ジネットのことだから店を休みにはしたくないのだろう。

 じゃあ、店番を誰かに頼んで…………というわけにもいかない。陽だまり亭の料理は、ジネットだからこそ出せる味なのだ。

 店番を頼むにしても、作り置きのものを提供するしか方法はない。

 そいつは、店を開けているとは言えない。

 屋台と同じだ。


 いつか、こいつに、たっぷりと息抜きをさせてやりたいものだな。


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