「座れよ」
「……あぁ」
パーシーに椅子を勧め、俺はその隣に腰を掛ける。
向かいの席はアッスントなのだが……まだ地面の上に転がっていやがる。さっさと椅子に座り直せよ、みっともない。
今度はジネットに視線を向ける。それで意図を察してくれたのか、ジネットはぺこりと頷くと食堂へと入っていった。
「あの場でお前のやってきたことをバラすという選択肢はなかった」
腰を落ち着けて、ゆっくりと話を始める。
そう。そんなこと出来やしなかったんだ。
「アリクイ兄弟にとって、お前は『いい人』で、生活を支えてくれた『恩人』だ。利用されていたのはともかく、騙されていたと知れば、いくらあの兄弟が救いようのないアホでも爪の先ほどはショックを受けるだろう」
「……ヤシロ、言い過ぎ。そこまで酷くはないはず」
マグダがフォローする。
まぁ、あいつらのアホさ加減などどうでもいいので甘んじて受け止めておく。
そんなことをしていると、ジネットがお茶を持って食堂から出てきた。
ご丁寧に、全員分ある。
他の面々は、用意した別のテーブルについてもらう。ここは俺たち三人だけでいい。
「少し間を開けたかったんだよ。お前もいろいろ考える時間が必要だったろうし、こっちも、メンツを揃える必要があった」
「……まんまと考えさせられたよ、いろいろとな」
腹を決めたのか、諦めの境地か……吹っ切れた様子でパーシーが呟く。
何より、人を一人殺そうと決意して、それが失敗に終わった。その過程はパーシーの心に大きな負荷を与えたことだろう。
もともと、こいつは悪人ではない。そんなもんは会話の端々から感じられる。
そいつを追い詰め、もうそれしかないと決意させ、行動に移させて、失敗させる。
そうして頭を冷やさせた後、こいつの頭に浮かぶ感情は何か…………『安堵』だ。
「あぁ、よかった。殺さずに済んだ。取り返しがつないことにならなくて、本当によかった」
今パーシーの心の中は、そんな安堵の気持ちでいっぱいだろう。
安堵は疲労を連れてくる。『ドッと疲れる』というやつだ。
事実、今現在のパーシーは脱力したような表情を隠すこともなくさらしている。
完全に無防備だ。まな板の上の鯉状態だな。
からっからに乾いたスポンジが水を一気に吸うように、水泳中に空になった肺が一瞬の息継ぎで満杯に空気を吸い込むように、出し切った後はいつもより多く吸収しようとする力が働く。
感情を一気に叩きつけたパーシーは、これで俺たちの話を素直に聞いてくれるだろう。
「砂糖を流通させたい。それも、安く、安定してだ」
変わらない、俺の望みを告げる。
裏工作などせず、まっすぐにだ。
「……無理だぜ、そりゃあ。オレも、そうなってくれりゃあいいとは、思うけどよ」
テーブルに肘を載せ、頬杖をつく。
……やめろ、その気だるげな感じがアイドル雑誌のグラビアみたいで、尚且つ妙に似合っててイラッてする。
「親父がよ……まぁ、今から思えば、俺らのためだったんだろうが……貴族に尻尾を振る人間でな…………土下座なんざ当たり前。時には、ご機嫌をとるために賄賂まがいのことまでやってやがった…………ガキの頃のオレには、その姿が酷く醜く見えたもんだ」
「おい。アッスントの悪口はそれくらいにしろ」
「ヤシロさん、あなたが一番酷いです。すみませんが、こちらの方の話を聞きたいのでしばらく黙っていてくれませんか?」
1Rbのために平気で頭を下げられそうなアッスントが険しい表情を見せる。
分かったよ、お口チャックしてりゃいいんだろ。ふん。
「子供ってさ、そういうの敏感じゃん? だから、近所の子供らからは、結構いじめられてな……『貴族に媚び売って自分たちだけいい暮らししてる』って……」
「それのどこがいけないのか、皆目見当がつきませんね! そんなふざけた発言をしたガキ……おっと、お子様たちに是非真意と、成長した今現在社会の厳しさを知った上で同じことが抜かせるのか……失礼、口に出来るのか問い質したいところですね!」
「アッスント。パーシーの話を聞きたいからちょっと黙れ」
金儲けのためには手段を選ばないアッスントの逆鱗に触れる発言だったらしい。が、無視だ。
「まぁ、実際。親父はペコペコとバッタみたいに頭を地面にこすりつけて金を得、俺たちはその金でそこそこの暮らしをしていた。それは事実だから何を言われても仕方ねぇ、そう思ってた。……だが」
テーブルの上で、パーシーの手が握られる。
拳に力がこもり「ギュッ」と、微かな音を立てる。
「両親が事故でいなくなった時……近所のヤツがこう言ったんだ……『ざまぁみろ』って…………そんなに、酷いことをしたのかよって……家族守ることが、そんなに悪いことなのかよって……スゲェ悔しかった。……あんなに嫌いだった親父なのに……ふざけんなって……そいつのこと殴り飛ばしてたよ」
金は人をおかしくさせる。
それは、金を持った者はもちろん、周りにいる者にまで少なくない影響を与えてしまうのだ。
嫉妬や、腹黒い企みを抱く者は、どこにだって存在するのだ。
「両親がいなくなって、オレと、生まれたばかりのモリーの二人きりになって……オレ、モリーだけは絶対、何があっても守ってやろうって思った……」
たとえ、自分が泥を被り…………悪の道を行くことになっても…………か。
「気付いたら……親父より汚ぇこと、しちまってたわけだけどよ……」
「それだけ、必死だったのでしょう……分かりますよ、私には」
驚いたことに、アッスントがパーシーに共感を示した。
こいつ、他人を思いやる心なんて持っていやがったのか? それとも、交渉を優位に進めるための芝居か?
「実は、私にも妹がいましてね……」
「気の毒過ぎるっ!」
「ヤシロさん、今からいい話をするんで、黙っていてもらえませんかねっ!?」
アッスントがテーブルをバンと叩く。
自分でいい話とか言っちゃって……寒ぅ~い。
「私も、唯一の肉親である妹を守るため、必死になって働きました。汚いことにも、少々手を染めたりもしました」
……少々だぁ?
『精霊の審判』で一発アウトだぞ、それ。
「そうしたら、ある日妹に言われましてねぇ……」
「汚い仕事はやめてくれ……ってか?」
「いいえ……」
パーシーの問いに、アッスントは小さく首を振る。
そして、握り拳を握って力強く言い放つ。
「『まだまだ甘い! 絞りカスをもう一回絞るくらい貪欲でないと商人はやっていられないわよ!』……と」
「怖ぇよ、お前の妹……」
アッスント以上のがめつさを誇る妹……嫌過ぎる。
「妹というのは、兄のことを分かってくれるものですよ」
「そりゃ……あんたんとこの妹は逞しいからそうかもしれねぇが……オレんとこのモリーは……繊細で、可愛くて、声とかマジイケてて、たまに朝寝癖がついてる時があるんだが、それがもう堪らなくマブくて……」
「妹自慢、いい加減にしろよ、このシスコン」
話が脱線し過ぎだ。
「……けど、オレがそんな汚い人間だって知ったら…………きっと」
「アホか」
しょぼくれるパーシーに、俺はハッキリと言ってやる。
お前はアホだ。
「お前はモリーのことをなんにも見ていないんだな」
「は……、はぁ!? ざけんなよ! オレはモリーだけを見て、これまで頑張って……!」
「頑張る過程で、お前はモリーを見失っていたんだよ」
「なんで、あんちゃんにそんなことが言い切れんだよ!?」
「モリーは、全部知ってるぜ」
「…………は?」
砂糖工場で会ったモリーは、周りがよく見えていた。
おそらく、パーシーの偽装工作に俺たちが気付いたことにも気が付いていたはずだ。
モリーは、恐ろしく勘がいい娘だ。
だから、伝言を頼むだけで連れてくることが出来ると踏んだんだが……どうやら読みは当たっていたな。
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