異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

195話 麹職人リベカ・ホワイトヘッド -3-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:3,481

「ミズ・リベカ・ホワイトヘッド。ご挨拶が遅れました。四十二区の領主、エステラ・クレアモナと申します」

「よい。堅くなるな。わしは堅苦しいのは好かんのじゃ。もっと楽にしてよいぞ」

「えっと……では」

 

 と、エステラがアッスントを見る。

 どれくらい楽にしていいのか測りかねているのだろう。

 なにせ、気難しいと噂されるような職人だ。機嫌を損ねれば即退場、出入り禁止くらいは言われそうだからな。

 

「ほれ、そこの男じゃ」

 

 どうしたもんかと対応を決めかねているエステラに、リベカは砕けた雰囲気で声をかける。

 その際、リベカの指が俺を指す。

 

「あの男の顔くらいであれば、ふざけることを許可してやるのじゃ」

「誰の顔がふざけてんだ、コラ」

「ヤシロさんっ」

「ほっほっほっ、よい。そう怒るなアッスントよ。わしは今日、機嫌がいいのじゃ。これくらいの無礼は大目に見てやるのじゃ」

 

 どっちが無礼だ。

 

 しかし、アッスントの態度を見るに、本当にこの幼女が麹職人なのだろう。

 しかも、普段はそれなりに厳しいとみられる。

 

「ヤシロ様……」

 

 そっと、ナタリアが俺の背後から声をかけてくる。

 声の潜め方からして、重要なことを伝えようとしているのか――

 

「ヤシロ様の顔くらいふざけても可ということは、おしりぷりんぷりん踊りくらいまではOKということですね?」

 

 ――くっだらないことを言いに来たかのどちらかだ。うん。後者だったな。

 やってみろよ、おしりぷりんぷりん踊り。

 

「えっと……では、親愛の意味を込めて、リベカさん、と呼んでもいいですか?」

 

 極限まで気を遣って、エステラがリベカに問いかける。

 

「くっくっくっ。なんと呼んでも構わんのじゃ。『ちゃん』以外ならの」

 

『ちゃん』はダメなのかよ。

 お前に一番しっくりくるだろうが、『ちゃん』がよ。

 

「わしはどうにも幼く見えるらしいのじゃ。特に、バーサと比較されるとなおのことじゃ」

 

 いや、お前は幼いし、バーサは婆さんだし、当たり前だろうが。

 とはいえ、見た目で決めつけるのはよくない。

 四十二区にも年齢不詳の美人シスターがいるし、この幼女はこう見えて俺たちより年上だったりするのかもしれない。

 

「アッスント……」

 

 ベルティーナと初めて会った時に、ため口を利いて酷い目に遭わされたことがある。

 ここは慎重に行動する方が無難だ。

 

「……あのリベカという職人は、見た目よりもずっと年齢が上なのか?」

「その通りじゃ、面白い顔!」

 

 アッスントに耳打ちした内緒話を、リベカの長いウサ耳がばっちりキャッチしやがった。

 ……内緒話に割り込んでくんじゃねぇよ、やりにくいだろうが。

 

「以前、出入りを禁止した行商ギルドの男が、わしを見て『五歳に見えます』などとふざけたことを抜かしおったのじゃ」

 

 いや、見える見える。

 つか、五歳くらいにしか見えねぇよ。……それで出禁食らうのか。

 

「どうやら、わしはかなり若く見られるらしいのじゃ。じゃが。実年齢はもっと上じゃ」

 

 まさか、この見た目で十六とかってことはないだろうが…………

 

「いくつなんだ?」

「今年で九歳じゃ」

「ガキじゃねぇか!」

「ヤシロさんっ!?」

 

 隣でアッスントが「ぴぎぃー!」と鼻を鳴らす。

 けど、これは仕方ねぇだろ!?

 さんざんもったいぶって、九歳って!? ガキ、ど真ん中じゃねぇか!

 

「…………ガキ、じゃと?」

 

 リベカのウサ耳が「ビンッ!」と立ち、幼い顔に怒りの表情が浮かび上がる。

 ……それがまた、一切怖くなくてむしろ可愛らしいから困る。

 

 でも一応、商談前だ。機嫌を取っておくか。

 

「いや、すまない。訂正する」

「ほほぅ! 訂正じゃと? どんな言葉に訂正するつもりじゃ!? 『ガキ』などと悪意満載の言葉を、どう取り繕えばわしの機嫌を直せるほどの言葉に代わるというのか、是非にも聞かせてほしいもんじゃのう!」

 

 んふーっ!

 と、勢いよく鼻息を漏らし、癇癪を起こした子供のように血走った目で睨んでくる。

 拗ねたガキを宥めるのは骨が折れるんだが……まぁ、やってみるか。

 

「まさか、『お子様』とか『お嬢ちゃん』などと、わしの神経を逆撫でするような言葉は出てこんじゃろうな? それともなんじゃ? 『レディ』や『マダム』と見え透いた世辞に逃げるか? さぁ、その足りなそうな頭をフル回転させてよく考えるんじゃな。選択を誤れば、そなたら全員出禁にしてくれるのじゃ!」

「そんなっ!?」

 

 アッスントが必死の形相でこちらを振り返る。

 そんなに見つめんな。額からラード出てるからとりあえず拭いとけよ、お前は。

 

 テメェの好き嫌いで、確実に利益を上げられるであろう交渉を蹴ろうとしやがる。

 このリベカってヤツは気難しい職人なんかじゃない。ただの、わがままなガキだ。

 なら、それ相応の対処法ってもんがあるんだよ。

 

「さぁ、答えるのじゃ、面白い顔の男! わしをどんな言葉で形容するのか、今すぐ申してみるのじゃっ!」

 

 びしっと俺を指さし、一切の妥協を許さないという意思のこもった瞳で睨みつけるリベカ。

 そんなリベカの前に跪いて、騎士がするように恭しくその手を取る。

 

「機嫌を直してください。プリンセス」

 

 そして、そっと手の甲へと口づける。

 ……ま、ガキ相手だからこれくらいサービスしてやっても構わないだろう。

 

「プリンセス…………じゃと?」

 

 低くくぐもった声が漏れる。

 そして、小刻みに震えるリベカの手にきゅっと力が入る。

 

「よいっ! なんかよい響きなのじゃ!」

 

 うん。機嫌が直ったようだ

 

「んも~! なんじゃなんじゃなんじゃなんじゃ! おぬし、きちんとレディの扱いを弁えておるではないか! そうじゃ、そうなんじゃ! こういう大人な扱いこそが、わしには最も相応しいのじゃ! むふっ、むふふふ!」

 

 女の子はお姫様に憧れるもので、お姫様扱いをされて嫌がる女の子はそういない。

 特に、子供扱いを嫌う女の子ならなおさら。

 

 女の子がお姫様の何に憧れるかといえば、綺麗なドレスに、きらびやかなお城、豪華な食事に、色とりどりのスイーツ…………そして、忠誠を誓ってくれるカッコイイ騎士。

 

 大多数が、白馬に乗った王子様を相手役と認識しているが、自分のそばに忠実なる騎士がいるのだと知った時の女の子はその事実に心をときめかせるのだ。

 

 考えてもみてほしい。

 他国の王子が、自分をちやほやしてくれるだろうか?

 どんな言い付けも愚直に守ってくれるだろうか?

 

 たとえ自分が姫であっても、相手も王族なのだ。

 立場は対等。いや、向こうが王子なら自分の方が立場は弱くなる可能性が高い。

 

 しかし騎士は違う。

 姫に忠誠を誓い、姫のために身命を賭す。

 命令すれば確実に実行し、望めば優しい笑みを向けてくれる。

 

 そんな、自分だけの騎士がそばにいてくれると知ったお姫様はどうなるか……言わずもがなだろう。

 

 ごっこ遊びで騎士役を買って出てくれる男の子は少ない。まぁ、いないだろう。

 どんな命令にも唯々諾々と従い、その間ずっと優しい笑みを向け続ける。そんなもん、暴れたい盛りのガキんちょどもには無理なのだ。

 俺くらい、大人の余裕がないとな。

 

 大人ぶりたい年頃の女の子には騎士が効く。

 騎士は姫を子供扱いしないからだ。

 幼い子ほど、騎士を気に入ってくれる。

 

 

 ……というわけで、俺はリベカをこれでもかと子供扱いしているのだが、当のリベカは嬉しそうに「むふむふ」言っている。

 ガキは単純だな。

 

「よいじゃろう! 先ほどの失言はチャラにしてやるのじゃ。さぁ、皆の者座るのじゃ。商談を始めるのじゃ!」

 

 リベカの機嫌が戻り、エステラとアッスントが分かりやすく息を吐く。

 アッスントなんか、今にも倒れそうなほど顔色を悪くしている。

 

 まぁ、アッスントみたいなタイプなら、「大人っぽいですねぇ」とか「知性的ですねぇ」とか、そういう当たり障りのない言葉しか出てこないのだろう。

 だから、リベカとの交渉が難しく感じるのだ。

 

 七十代くらいの女性に「お若いですね」といえば褒め言葉になるかもしれん。だが、二十代や三十代に同じことを言えば「年寄り扱いをされた」と不快感を示す者も少なからずいるだろう。

 

 オッサンを相手に媚びを売っていたオッサンどもには少々難しいかもしれないな。子供に媚びを売るってのは。少なからず、商人が必死に気に入られたいと思う人種からは外れているからな、子供ってのは。

 だから、「子供扱いするな」と言われて、「大人っぽいと褒めよう」なんて発想になってしまうのだ。

 

 だが、褒め言葉なんてのは年齢に合わせてやらなければまるで響きはしない。

「子供扱いするな」という子供に最も響くのは「楽しい大人体験」――つまるところやっぱり「子供扱い」なのだ。

 

 

 気難しい麹職人の正体は、子供心が分からない大人に対して癇癪を起していた、ただのお子様だったってわけだ。

 

 

 

 

 

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