異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

211話 惚れたぜ -1-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:4,968

「うぅ~……」

 

 ベルティーナがうなっている。

 

「…………美味しいですっ!」

 

 ベルティーナがうなるような甘酒を造る、とは言ったが、まさか本当にうなるとは。

 大成功だな。

 

「これは、本当にお酒なのですか?」

「いや、工程は似ているが、こいつにはアルコールは含まれていない」

 

 酒粕を使った甘酒ならば、多少のアルコールを含んではいるが、麹と米で作ったこいつは完全ノンアルコールだ。

 うるち米を使ってコウジカビを繁殖させたりするのが伝統的な作り方らしいが、今回はもっとシンプルに、米を煮て一晩寝かせて作った。あ、酒の場合は「造った」かな。

 

 セロンのツボが実にいい保温効果を発揮してくれて、思いの外いい出来映えになった。

 あいつ、そのうち魔法瓶とか作り出すんじゃないか?

 

「でも、微かにお酒の香りがするような気がします」

「それは発酵の匂いだな」

 

 麹菌が米のでんぷんを糖へと変えている。

 この糖が非常に甘く、日本のオシャレ女子たちは砂糖の代わりに甘酒を使ったりすることもあるくらいだ。出来たての甘酒には酵素も含まれてダイエット効果も見込めるからな。沸騰させるとアウトだけども。

 

 米を煮て、麹を混ぜて、60度ちょいの温度を保ってじっくりと一晩寝かせてやると、いい感じの甘酒になる。炊飯器や魔法瓶があれば、誰でも簡単に作れるお手軽さだ。

 

 ――で、麹が生み出した糖に『酵母』が触れると発酵して、糖がアルコールに変わる。こいつが酒だ。

 もっとも、日本酒を作るには複式並行発酵とかいろいろ小難しい技術が必要なので、こんなお手軽には作れないが。昔の密造酒くらいならいけそうではある。

 

「素敵な香りですね」

 

 両手で包み込むようにして持った湯飲みに鼻を近付けるベルティーナ。ちょっと背伸びをした少女のような表情で微笑む。

 お酒は大人の世界の飲み物だから、だろうか。

 

 麹にも米にも『酵母』は含まれておらず、理論的には麹が生み出した糖がアルコールに変わることはない。

 だが、空気中にも『酵母』は存在するので、ノンアルコールの甘酒といえど、製造段階で多少は発酵してしまう。もっとも、それで生まれるアルコールなど微々たるもので、「含まれていない」と断言しても差し障りがないレベルだが。

 

「シスターは、干しぶどうも『お酒の香りがする』と言っていたんですよ」

 

 くすくすと、ベルティーナの過去話を暴露するジネット。

 ベルティーナは少しだけ不服そうに頬を膨らませるが、甘酒を口に含むとその頬は幸せそうに緩んでいった。

 

「大人の階段を上った気分です」

「ノンアルコールだけどな」

「でも、お酒です」

 

 造り方は一緒だからな、ほとんど。

 

「シスターが飲めるのであれば、どなたでも飲めると思います」

 

 いたずらをするように、ベルティーナをからかうジネット。

 その度にベルティーナは口を尖らせるが、甘酒を口に含むとすぐに機嫌を直していた。

 

 ジネットの太鼓判だ。

 ドニスでも、これなら飲めるだろう。

 

「こんなに美味しい物があったんですね。知りませんでした」

「その昔、二十四区では親しまれていたらしいぞ」

 

 リベカは知らなかったのだが、バーサは甘酒を知っていた。

 バーサが『情報紙の記者さん』――モコカを呼びに行っている時に、リベカに甘酒の製造を依頼したのだが、リベカの反応は未知の物に対するそれだった。

 なので、味見をしなければ危険かなと思っていたのだが、戻ってきたバーサが「まぁ、懐かしい」と瞳をきらめかせたことで事態は一変した。

 

 バーサ曰く、かつて二十四区で麹を使った甘酒を造っていたらしく、バーサ世代の人間にはとても馴染みの深い物だったそうだ。

 庶民の飲み物というイメージが強く、日本で言えば、駄菓子屋のラムネみたいなポジションだったらしい。

 なので、領主であるドニスはその存在を知らない可能性が高い。

 

 そんな甘酒だが、豆腐と時を同じくして製造されなくなったのだという。

 理由は、清酒の製造が本格化されたから。

 それ以降は、酒粕を使った甘酒の方が主流となり、そっちは今でも造られているのだそうだ。

 もっとも、あまりメジャーな飲み物ではないようだが。

 かつての味とは異なる点と、微量だがアルコールが含まれている点、そして、砂糖を入れなければ甘くないという点からあまり普及はしなかったらしい。砂糖は高級品だったからな、この街では。

 

 メジャーではないにせよ代替品があるために造られなくなった甘酒。

 豆腐共々、「無理してまで作る必要がない」と見なされ忘れかけられていた物だと、バーサは言っていた。

 

 もったいない!

 美味いのに!

 

「ほふぅ……体の芯から温まりました」

 

 体温が上がり、ベルティーナの頬が薄く色づく。

 真っ白な肌に薄桃色が差して、とても色っぽい。……やっぱ、甘酒はお酒の仲間に入れてやるべきだな。酔ってなくてもこんなに艶っぽい。

 

「ヤシロさん。鼻の下が伸びていますよ」

 

 ほんの少しだけトゲのある声でジネットに注意された。

「むぅ」と、分かりやすく不満げに眉を歪める。なにそれ、可愛い。お前も飲む? 甘酒。

 

「二十四区で、この甘酒を振る舞うのですか?」

「あぁ。麹工場のバーサってバーさんが造り方も、かつての味も知っているって言ってたんで、大量に作ってもらうことになった」

「教会の子供たちも、これなら安心して飲めますね」

 

 ノンアルコールでとにかく甘い。

 まさに『子供の飲み物』だ。だが――

 

「新しく出会った美味いものってのは心を躍らせる。大人も大いに盛り上がってくれるだろう」

「そうですね。未知なる美味しい物との出会いは、人生の喜びですものね」

 

 ベルティーナが言うと、物凄い説得力があるな、その言葉。

 

「では、甘酒に負けないように、美味しいお料理をたくさん作らないといけませんね」

 

 ジネットはジネットで、妙な対抗意識を燃やしている。

 未知なる美味しい物との出会い――ジネットにとっては、ベルティーナとは別の意味で幸せなようだ。

 

「……粒もいい」

「あたしはさらさらの方がいいです!」

 

 向こうでガキどもと一緒に甘酒を堪能するマグダとロレッタ。

 二つの甘酒を飲み比べている。

 

「このつぶつぶとさらさらの違いはなんなのですか?」

「もともとは粒があったのを、裏ごししてなめらかにしたんです」

 

 米の粒が残っているのがいいというヤツも、嫌だというヤツもいる。

 なので、裏ごししてさらさらバージョンも作っておいたのだ。……面倒くさかった。

 

「私はさらさらの方が好きですね。口当たりがよくて」

「でもつぶつぶの方が『食べた』感がしないか?」

「…………つぶつぶも捨てがたいですね」

 

 くすりと笑い、マグダの持つつぶつぶの残る甘酒を一口分けてもらっている。

 回し飲みか。酒っぽいな。

 

「「「おーいしー!」」」

「飲み物界の、ニューカマーやー!」

 

 ガキどもにも、甘酒は好評のようだ。

 ハム摩呂は相変わらずだな。

 

「子供たちも気に入ったようですし、二十四区に行ったら、麹をたくさん買ってこなくてはいけませんね」

 

 ガキどもを連れて『宴』に参加することにはなっているのだが、さすがに全員というわけにはいかない。幼いガキどもに長旅は危険でもあるし、向こうで人見知りやホームシックにかかられても困る。

 今回は、ある程度の年齢になっている者たちだけを連れて行く。馬車の関係もあるしな。

 

「たくさん買って帰って、四十二区でも『宴』を開催しましょう」

 

 そんなわけで、お留守番組のためにベルティーナは四十二区での宴開催を提案してきた。

 それが、今回俺たちに協力する条件だとも。

 ……まぁ、条件云々は建前だろうけどな。新たなおねだりの手法ってところだろう。

 

 想像通り、ベルティーナはソフィーとリベカのことを知っていた。ソフィーが麹工場に帰れないでいる現状も。

 だからこそ、あえてあの場で教会の話題を出したのだ。あわよくば、俺たちをけしかけて姉妹間のわだかまりを解消してやれないかと考えて。

 

「まんまと」という言葉が適当かはさておき、ベルティーナの要望はいい方向へと向かうことになった。

 だから、『宴』への協力は惜しまないという気持ちなのだろう。

 

 ただ、少し甘えてみたくなっただけに違いない。

 なにせ、俺に『条件』を突きつけた後、嬉しそうにくすくす笑っていたからな。

 きっとエステラにでも毒されたのだ。あいつはすぐに人を頼るからな。……あいつがDカップくらいまで成長したら揉み放題確定だな、これは。それくらいの権利が、俺にはあるはずだ。うん。

 

「おはよう~! ジネットちゃん」

 

 そんなことを考えていると、ひょっこりとエステラが顔を出した。

 教会の談話室が騒がしさを増す。相変わらずガキどもに人気があるな、ウチの領主は。

 

「あ、ヤシロもおはよう」

 

 ひとしきりジネットとじゃれ合った後で、ベルティーナに挨拶をし、マグダとロレッタと一言二言言葉を交わし、ガキどもの頭を順に撫でた後で、俺に言葉を向けてくる。

 ……随分と優先順位低いんだな、俺は。

 

「……Dカップになれ」

「な、なんだい!? 応援してくれてるのかな? ならありがとう」

「そして揉み放題プリーズ」

「ふざけんな」

「揉めないDカップに、なんの価値がある!?」

「存在感!」

「…………確かに」

「納得しないでください、ヤシロさん」

 

 脇腹を拳でキュッと押された。

 なんだか、今朝のジネットはちょっと怒りん坊だ。

 自分もおっぱいを褒めてほしいのか?

 

「ジネット。お前がナンバーワンだ」

「懺悔してください。主に、今の目線について」

 

 ガン見していることを咎められてしまった。

 いやだって、チラ見してもバレるっていうから、ならガン見の方がさ。な? どうせバレるならさ。な?

 

「それで、みんなで集まってなんの話をしていたんだい?」

 

 いつも以上に賑やかな談話室。

 あちらこちらで満足げな笑顔が咲き乱れている。

 その雰囲気に乗っかりたいらしい。……させるか。

 

「ベルティーナが、二十四区で食材を大量購入したいんだそうだ」

「えっ!?」

「エステラさん、驚き過ぎですよ。別に買い占めるつもりはありませんからね?」

 

 素直なエステラの反応に、ベルティーナが軽くショックを受けている。

 しかしな、ベルティーナ。お前が大量購入したいって話は、イコール『買い占め』だと思われても仕方ないんだぞ。

 

「甘酒をたくさん作りたいというお話をしていたんですよ」

「あっ。甘酒出来たんだ! 飲みたい飲みたい!」

 

 みんなが持っている物が甘酒だと認識できていなかったらしい。

 知らないんだから無理もないが。

 

「では、エステラさん。さらさらとつぶつぶ、どちらがいいですか?」

「え、なにそれ?」

 

 ジネットがエステラに甘酒の説明を聞かせる。「へー」だの「ほー」だの相槌を打ちながら、興味深そうにガキどもの持つ甘酒を覗き込むエステラ。

 

「じゃあボクは、さらさらにする」

「おう! つるぺた一丁!」

「さらさら!」

「「つるぺた一丁、承りー」です!」

「さらさらだって! ホント、こういう時ばっかり、マグダとロレッタは、ホントに!」

 

 そんなやりとりを笑顔で見つめた後、ジネットが厨房へ向かう。

 

「で、モコカはどうだった?」

「ん? あぁ。大満足だったよ」

 

 成果はあったというエステラだが、その顔には疲れの色が色濃く見える。

 

「……ナタリア贔屓が酷くて、心労は溜まりまくったけどね」

 

 モコカ的には、領主よりも『BU』で話題のべっぴんさんの方が重要だったらしい。

 そして、そんな扱いに、ナタリアは盛大に調子に乗っていたのだろう…………エステラ、お前の気持ち、2ミリほどは理解できるぞ。うん。お疲れ。

 

「ウチのベッドがお気に召したようでね。泥のように眠ってるよ、まだ」

 

 ゆうべ、散々騒ぎまくって疲れたんじゃないかと、エステラは見解を述べる。

 ……そんなに騒いでいたのか。よかった、陽だまり亭で引き受けることにならなくて。

 

「起きたらナタリアが陽だまり亭に連れてくることになってるよ」

「ベッコは?」

「ウチの給仕を使いに出したよ。ナタリアはモコカの世話があるし」

「お前が言いに行ってやればいいじゃねぇか」

「え、ボクがベッコのところに? なんで?」

 

 素のトーンだ。

 これが、四十二区的なベッコの扱いなんだろうな。

 あそこに通うのはイメルダくらいのもんか。

 

 その後、ジネットから受け取った甘酒を飲んで、エステラがあれやこれやと感想を語ったり、『宴』の成功を確信して熱くなったりしていたのだが、特に乳が揺れることもなかったので割愛する。

 ただ、概ね満足したようだった。

 

 

 

 

 

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