「「「ぅぉおおおお!」」」
熱狂。
四十二区は今、熱狂の渦に飲み込まれている。
……なにやってんだろ、俺たち、今。
「どうもありがとう! 頑張ってくれたよこちぃとしたちぃに盛大な拍手を!」
割れんばかりの拍手が街門前広場にこだまする。
え~っと、要するにだな、よこちぃとしたちぃが音楽に合わせて可愛く踊ってみせたのだ。
陽だまり亭での先行お披露目が終わった後、イメルダが――
「この後、広場に集まった方々全員にハグをして回りますの?」
――と、冷静に言うもんだから、普通に考えてそれは無理だなと。
じゃあ、見せるだけか?
いや、それじゃさすがに味気ないだろう。
あれだけの人が集まったんだから、何かしら楽しみがないと……
でも、今から何が出来るよ?
ってなった時、エステラが――
「ウチの音楽隊を呼ぶから、即興でダンスをしよう」
――と、提案してきたのだ。
エステラんとこの給仕の中には、楽器の腕前が優れている者たちが数名いる。
日頃から合同練習をしているというエステラのところの給仕なら、即興で一曲演奏するくらいは容易に出来るのだそうだ。
ついでに、ロレッタの弟妹にも楽器が出来るヤツがちらほらいる。
が、そいつらは即興で何か演奏するとかは無理だ。
前もって告知して練習させないと。
すぐさまロレッタがエステラの館まで走って、給仕たちに事情を説明し、準備を急がせた。
その間、俺は即興でダンスの振りを考えハビエルにレクチャーした。
ダンスの経験なんかないハビエルだったが、失敗してもそこはご愛敬。
舞が得意なしたちぃと、踊りは苦手なよこちぃという設定でも問題はない。
その代わり、よこちぃは剣舞が得意とかいうことにしておけばいい。
極力簡単な振り付けにして、見ている連中もすぐにマネ出来るようなものにしておく。
そうすれば、単調なダンスも『一体感』という魔法でとても楽しいものに早変わりだ。
右手~ひらひら♪
左手~ひらひら♪
ぐる~っと回って、拍手をぽんぽん♪
俺とハビエルが練習している間に、ジネット以外の全員がマスターしていた。
……ジネット。
なんでお前は全部裏拍で踊るんだ?
そっちの方が難しくないか?
「あはは。単調だけど、一緒に踊ると楽しいね」
「これなら、小さな子供でも一緒に踊れるね」
「うん。誰でも踊れるよ。ジネット以外はね」
「も、もう、パウラさんっ。わたしだって、踊れますもん」
エステラとネフェリーはこういうのが得意なんだよなぁ。
ジネットをからかうパウラだが、勢いがよすぎて軸がブレてんだよなぁ。
本人は気持ちいいだろうけど、見せる方になるにはもう少し練習が必要だ。
え? ジネット?
いいんじゃん? 誰よりも一番揺れてるし☆
――な~んてことがあって、ぶっつけ本番でダンスショーを開催したわけだ。
結果、ハビエルの出来映えは70点というところだろうか。
きっと、今晩あたりイメルダ先生の厳しい訓練が課されることだろう。
すっげぇ厳しい目で見てたしな。
「え~っと、本当はこんなに大規模な催しにするつもりはなかったんだけど、これから四十二区を盛り上げてくれるマスコットキャラクターのよこちぃとしたちぃだよ。みんな、よろしくね!」
エステラがこの着ぐるみの存在意義を説明する。
今後、何かイベントがある度に借り出させることになるだろうと。
「あと、大人の諸君は、子供たちの夢を壊すような発言は控えるようにね」
茶目っ気たっぷりなウィンクを飛ばし、『中の人』発言を緩く禁止するエステラ。
笑い声が上がったことで、同意を得られたと考えていいだろう。
「お待たせしたッス!」
そこへ、ルシアとギルベルタが呼びに行っていたウーマロたち大工連中がやって来る。
おぉ、オマールもいる。
よく見れば、港の工事で協力し合った各工務店の棟梁が勢揃いしてんじゃねぇか。
「腕の立つ者を厳選してきたぞ」
得意げに言うルシア。
そりゃ、棟梁たちは腕が立つだろうよ。
けど、平気なのか? 棟梁が全員抜けて。
聞きたいが、俺は今したちぃなのでエステラに任せておく。
「ウーマロ、三十一区の方は大丈夫なのかい?」
「はいッス。下水工事はヤンボルドが指揮してるッスし、その後の会場は、もう設計を終えてるッスから、あいつらなら完璧に作り上げてくれるッス」
「問題があるとしたら、監視する俺らがいなくなって、あいつらがサボりやすくなったことくらいかもなぁ」
「がはは! 違いねぇ!」
「少しでも遅れたらただじゃおかねぇって脅してきたから、大丈夫だぜ」
「ウチは、トルベックに負けたら承知しねぇって言っといたぜ」
「じゃあ、手は抜けねぇなぁ!」
大工のオッサンたちが「がはは」と笑う。
なんか、もうすっかり仲良しだ。
「それで、今度はなんなんッスか? すごい物を作ったみたいッスけど」
と、よこちぃを見て言うウーマロ。
……こいつ、着ぐるみでも成人女子はダメなのか!?
「…………」
ウーマロの顔を覗き込むように回り込んで、可愛らしく手をひらひらさせてみるが、ウーマロはさっと顔を逸らしてしまう。
素っ気ない態度……したちぃご立腹。
なので、ガシッと両手でウーマロの頭を掴み、顔面を覗き込む。
「はぅわゎゎ!? だ、ダメッスよ、女の子が男にこんなことしちゃ!?」
「アトラクション ヲ ツクル カラ テツダエ……」
「なんか小声でめっちゃ禍々しい声が聞こえてきたッス!?」
「ウーマロ、実はしたちぃの中には……」
「ぎゃぁぁああ!? エステラさん、耳打ちとか、無理ッス!」
「はぁ……しょうがない、マグダ。ボクの代わりに事情説明を頼むよ」
「……任せて。……ウーマロ、実は」
「はぁぁあああん! マグダたんのウィスパーボイスが耳元で! オイラもう天に召されそうッスー!」
「ハナシ ガ ススマナイ。ダマレ キツネ」
「痛い痛い痛いッス! この手慣れたアイアンクローは、ヤシ……」
「ダマレ」
「はいッス! 黙るッスから、離してッス!」
「あの、ヤシ……したちぃさん。みなさんが見ていますので、その辺で」
ジネットが俺の腕にそっと触れ、観衆の方を指さす。
俺とウーマロのやり取りを見ていた観衆が、妙に盛り上がっていた。
「したちぃ、強ぇええ!」
「カッコいい!」
なんか、ガキどもからの人気が上がった。
強い女性はカッコよく映るらしい。
胸を張って腕を高く掲げてみせると、歓声が上がった。
うん、女子プロレスが流行るかもしれない、この街。いつか試してみよう。
「したちぃ! しょうぶー!」
「かかれー!」
強さをアピールしたら、血気盛んな十代前半のガキんちょどもが勢いづいてしまった。
十歳から十二歳程度と思われるガキどもが三人、したちぃに向かって突進してくる。
……ヤバいな。
獣人族のガキが相手だと、十歳児にも負ける気がする。
というか、俺が勝ったら勝ったでガキどもに火をつけかねない。挑戦者が次から次へと湧いて出てくるのは面倒この上ない。
何より、マスコットキャラクターには戦いを挑むものというイメージがつくのは最悪だ。
負けて泣いたふりでもするか……
なんてことを考えているうちにガキどもは目の前にまで迫っていた。
あぁ、これはもう、二~三発蹴られる覚悟が必要だな――と、思ったら、したちぃの前によこちぃが「ザッ!」と割り込んできた。
そして、突っ込んでくるガキどもを三人まとめて抱え上げ、盛大に放り投げる。
めっちゃ豪快!?
宙を舞う獣人族のガキども。
「ウチの倅に何しやがる!?」といきり立つ獣人族の父親がよこちぃに向かって突っ込んでくる。
硬く握られた拳が振り上げられるが、よこちぃはそれを物ともせずに父親を放り投げる。
そして、したちぃを庇うように腕を広げ、観衆を挑発するように冷笑を浮かべる。
「面白いぜ、よこちぃ。その挑戦、受けた!」
「行くぞ、野郎ども!」
「うぉぉおお!」
面白がってよこちぃへ突っ込んでくるオッサンが数人。
それを、呆れ顔で見つめる女性たちは、おそらく彼らの妻なのだろう。
この街、一定数いるんだよなぁ、こういうバカ騒ぎが大好きな層が。
その手の連中に、手加減は不要だ。
五人の男が一斉に襲いかかってくるが、よこちぃの中身はハビエルだ。
心配するだけ無駄というもの。
勝負は一瞬で決まり、瞬きをした次の瞬間には、地面に五人の大人が転がっていた。
「強ぇぇえ! よこちぃ、最強!」
「恋人のしたちぃを守る騎士様、素敵!」
「俺たちはあんたを認めるぜ! あんたこそ、俺たちの街のマスコットだ!」
大歓声に応えるように、腕を高く掲げポーズを決めるよこちぃ。
負けた男たちも、その強さを称えるように拍手を送っている。
「……ねぇ、したちぃ。今後、よこちぃにはこの強さが求められるとか……ないよね?」
背後でエステラがげんなりした声を出す。
まぁ、いきなり襲いかかってくることはないと思うぞ……
「え~、ご覧のように、よこちぃはしたちぃに対する無礼を許しません。今後、彼と彼女に乱暴はなさいませんよう。これは、領主であるエステラ様の望みでもあります」
盛り上がる観衆にナタリアが注意を行う。
そして、口角を持ち上げて笑みを浮かべる。
「……我が主の意に背く者は、よこちぃに代わって――私がお相手をすることになりますので、くれぐれもご注意を」
盛り上がっていた観衆を一瞬で沈黙させるほどの、完璧な邪悪スマイル。
こうして、マスコットキャラクターに乱暴なことはしちゃいけないと、四十二区中の人間が理解してくれた。
今ここにいない者にも、それはきちんと伝わるだろう。ナタリアの恐ろしい微笑と共に。
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