にっこにこ顔でもっさもさ頭のタートリオ。おまけにしっわしわだ。
「副詞の無駄遣いやめろ」
「言われてる意味が分からんぞい」
無駄遣いしていいのはなぁ、ゆっさゆさでたっぷたぷでぷっるんぷるんな時だけだ!
「なぁ、ジネット!?」
「懺悔してください」
言葉にしなくても通じ合えた! すげぇ!
ただ、出来れば通じ合えた時は全力で肯定してほしい。
アイコンタクトで「行くぜ!」「任せとけ!」ってのが理想なのであって、「行くぜ!」「お断りだ!」なんてのは求めてないんだよなぁ。
「で、何が売れ行き好調だって?」
「最新号の情報紙じゃぞい」
「結構売れ残ってんじゃねぇか。なんだ、その束」
「ほっほっほっ。これで一部なんじゃぞい」
「はぁ!?」
一部ってのは、たくさんある中の一部ではなく、発行部数の一部二部の一部だろう。
……つか、それもう冊子じゃん。
「『リボーン』が人気なのは、情報量の多さも大きな要因じゃからの、情報紙もいいところはじゃんじゃん取り入れるんじゃぞい」
「じゃあもう情報紙じゃなくて、情報誌じゃねぇか」
「まぁ、すぐには変わらんぞい。今回は特別じゃぞい。なんたって、増刊号じゃからのぅ」
増刊号って言われると、お昼休みにウキウキウォッチングしたくなるようなモノしか思い浮かばないが……
「ほれ、これはお前さんにプレゼントじゃぞい」
「いいのか?」
「冷凍ヤシロと微笑みの領主様のおかげじゃからのぅ。今回の記事は、はっきり言って力入っとるぞい!」
受け取った冊子に視線を落とす。
ジネットも興味深そうに俺の肩越しに覗き込んでくる。
背中に…………わほ~ぃ。
「どうしたんじゃぞい、冷凍ヤシロ!? なぜ目を瞑るんじゃぞい!?」
「……店長。当たってる」
「え? ひゃぅ!? も、もう、ヤシロさん!」
「いや、俺は何もしてなくね?」
「はぅ……そうでした。あの……すみません、なんといいますか、その……ご迷惑を……」
「迷惑だなんてとんでもない! ウェルカムさ!」
「そういうところは懺悔してください!」
胸を守るようにぎゅっと押さえて、俺の隣へと移動して情報紙へ視線を向ける。
気になるは気になるんだな。
改めて、情報紙に視線を落とすと、一枚目にでかでかと『ウィシャート家崩壊!』という大見出しが踊っていた。
どうやら、雑誌のように表紙を付けるという発想はなかったようだ。
なんというか、綴じられた新聞みたいだな。
1ページ目には、四十二区領主エステラ・クレアモナによって三十区領主デイグレア・ウィシャートが統括裁判所へ提訴されたことが中立な立場で書かれていた。
余計な感情は一切廃し、ただ事実だけを淡々と綴ってある。
おかげで何が起こったのかが分かりやすい。
ページをめくるとデイグレア・ウィシャートについて深く掘り下げた記事が見開きで書かれていた。
こちらも中立の目線で書かれて……いや、書こうという気構えはちゃんと感じられるんだが、それでも隠しきれない恨みの波動がにじみ出している。
ここ、相当推敲したんだろうなぁ。「もっと中立に!」「この文章いる!? ただの悪口じゃん!」みたいにな。
ざっと流し読みをすると、ウィシャートの功績と疑惑が、分かりやすくまとめられていた。
すごく丁寧に調査したのがよく分かる。
要塞と言われるくらいに堅牢な領主の館や、親族以外を徹底して排除した領地運営。
その功罪がほぼ同じ分量で書かれている。
その中で気になったのが、街門に関する部分だ。
ウィシャートは有名な亜人差別主義者だったのだが、三十区の屋台骨となる街門の警備には多くの獣人族が登用されていたそうだ。
俺が街門で見た兵士は人間に見えたが、実は連中は獣特徴が目立たないだけで、全員が獣人族だったらしい。全員鎧と兜を身に着けていたからなぁ。顔面だけ見りゃ、パーシーもパウラの親父も人間と変わらん。パーシーのアレはメイクだし。
獣人族は力が強く武に秀でているから重用していた――なんて理由ではなく、何か問題があった場合に切り捨てるために登用していたのだそうだ。
やんごとなきお方の『かくしごと』をうっかり見ちまった日には、人知れず処分されると、そんな噂が門番の間では常識として語られていたのだとか。
だから、貴族や王族の馬車は詳しく調べずほぼノーチェックで通していた。そんな証言が拾えたらしい。
悪事が露呈した時は、責任をおっかぶせてその獣人族を消す。なんてこともあったかもしれない。
……ウィシャートらしいと、簡単に割り切れねぇ情報だな。
嫌な気分でページをめくると、今度は微笑みの領主様、エステラ・クレアモナの特集記事がこちらも見開きで書かれていた。
立地の不利や天災に悩まされ、長らく最底辺の地位に甘んじていた四十二区に突如現れた救世主。新進気鋭の若き領主だと、大絶賛されていた。
これ、本人が読んだら「むぁぁああ!」って身悶えそうだな。
先代領主の人の良さを褒めつつも決断力の弱さを指摘し、代替わりした途端急激に発展したのは、やはり新領主の手腕と、有能な懐刀の存在が大きいとかなんとか……
「……俺のことは書くなよ?」
「ワシは、事実を伝えるのが仕事じゃからの~」
事実以上に誇張して騒ぎ立てそうで怖いんだよ。
四十二区で情報拾ったら、もれなく誇張されてるからな?
四十二区の人間の言うことは鵜呑みにするな? 話半分、いや九割減で聞いとけ。
「エステラさん、すごく褒められてますね」
エステラの記事を見て、ジネットが嬉しそうに目を細める。
微笑みの領主と慕われる人柄の良さと、常に領民の立場に立って進められる区の運営、弱者を放っておけない優しさなんてものが強調して紹介されていた。
ただ、敵方にすら慈悲をかけようとする傾向が強く、他の多くの領主よりも血が温か過ぎるという指摘も入っている。
あいつは冷血に徹することなんか出来ないもんな。
「見てください。エステラさんはとても温かい人だって書いてありますよ」
だが、ジネットはその文章を賛辞だと受け取ったようだ。
受け取り方って人それぞれだよなぁ。
さらに読み進めていけば、たった一組のカップルのために三十五区までもを巻き込んだ結婚パレードを開催したとか、『BU』の古いシキタリに鋭いメスを入れ改革のきっかけを作ったとか、これまであった他区とエステラの関わりが簡潔にまとめられていた。
全部事実だけど、こうして短い文章でまとめられると、とんでもない敏腕領主に見えるな、エステラのヤツ。
さらにページをめくると、四十二区に港が誕生するというニュースが大きく取り上げられていて、モコカ辺りが描いたのか、工事がかなり進んでいる港のイラストが掲載されていた。
そこから流れるように、この港が三十区の野心に火を付け、四十二区との関係に溝を作るきっかけになったのだという記事が始まっていた。
ウィシャートが港へ執着していたという事実を書き、今回の提訴内容である『バオクリエアとの蜜月な関係』に言及し、記事はどんどんと深い部分を暴いていく。その記事は数ページにわたっていた。
「ホント、よく調べたなぁ。エステラが全部しゃべったのか?」
「そんなワケなかろう、裁判前じゃぞい」
ま、裁判前の重要な時期に、エステラが第三者に情報を漏らすわけないか。
「発行会の記者全員が靴をすり減らすほど駆けずり回って集めた情報を繋ぎ合わせたんじゃぞい」
だとしたら大したもんだ。
切り貼りしたあやふやな情報から、ほぼ正解を導き出している。
裁判が終われば、エステラも大抵のことは話せるようになる。
そしたら、さらに補完できる部分があるだろう。
それから、紙面では昨年末からの出来事を年表のようにまとめてあった。
土木ギルド組合が特定の大工たちを迫害していたことと、それが失脚したドブローグ・グレイゴンの暗躍によるものだったこと。
情報紙発行会へ外部から介入があり、内部分裂の後、事実と大きく乖離した記事が連日発表されるという考えられない迷走をしたこと。
四十二区にゴロつきが集まり領民を威嚇していたこと。
工事中の洞窟でカエルらしき人影が目撃され工事が中断したこと。そして、領主主導の大規模な調査が行われ、それがブロッケン現象による見間違いであると結論づけられたこと。
今回の件に関係する事件が時系列順に紹介されている。
途中途中に「『リボーン』創刊」や、「親子丼爆誕!」なんて関係ないニュースがオマケのように記されているけれど。
そして、最後のページには「間もなく裁判が開かれ真実が明かされるであろう。次号では裁判の詳細をお届けしようと思う」という文章が書かれていた。
「裁判、原告は出廷しないことになったぞ」
「それならば、そう書くだけじゃぞい。原告の出廷を統括裁判所が拒んだとなれば、相応の狙いがあるじゃろうからのぅ」
「もっとも、そんなことは恐ろしくて指摘できんけどの」とタートリオは笑う。
統括裁判所をやり玉に挙げると、今度こそ潰されるもんな。
貴族って怖いんだぞ~。四十二区にいると忘れそうになるけれど。
「での、冷凍ヤシロよ――」
タートリオがシワに埋もれる瞳をこちらに向ける。
鋭い眼光が俺を見据える。
……へーへー。分かったよ。
「マグダたちも読むか?」
「……読む」
「じゃあ、ジネット。あいつらと一緒に読んでこい」
「はい。もう一度読み直したいところもありましたし」
大切そうに情報紙を抱えて、ジネットがマグダたちのもとへと向かう。
俺の周りに少しだけ空間が生まれる。
「……これでいいか?」
「少し、場所を変えるぞい」
「ジネット。ちょっと出てくる」
「はい。ごゆっくり休憩してきてください」
ジネットに見送られ、タートリオと少し歩く。
「で、話ってのはなんだ?」
俺に、いや、俺だけに話したいことがあると、あの目は言っていた。
「次号も増刊号になる予定じゃ」
今回の情報紙は誰もが知る事実と、ウィシャートとエステラを掘り下げる記事だけだった。
それでも十分に楽しめる内容ではあったが、客が本当に読みたいのは次号になるだろう。
「『湿地帯の大病』について、話を聞いた」
「……そうか」
次号に、『湿地帯の大病』の真実が載る。
それを、事前に教えてくれたのか。
「おぬしや微笑みの領主様なら、自分の口で伝えたい者もおるじゃろうと思っての」
「あぁ……助かる」
『湿地帯の大病』の真実は、資料にして統括裁判所に提出した。
情報が開示されるのは時間の問題だ。
それまでに、ジネットや他のみんなには、俺とエステラの口で伝えておきたい。
「今回の情報紙、ジネットが大量に買いそうだから、何十部かストックしといてくれ」
「ほっほっほっ、毎度ありじゃぞい」
笑うタートリオを見送って、俺はカウンターキッチンへと戻った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!