異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

165話 『BU』の由来 -2-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:2,864

 十分ほど歩いて、少し広い道へと出る。

 道というか、畑ではない土の上というか。

 

 とにかく、遠慮なく歩いてもいい場所に出た。

 

「こっちは、比較的ゆとりがありそうに見えるね」

 

 先ほどの狭小住宅のようだった畑と比較すると、この付近の畑はほんの少しだけ広々としている。

 といっても、家庭菜園をもう少し豪勢にした程度の規模ではあるが。

 一人で世話をするには少し大変だな、くらいの広さの畑がびっしりと並んでいる。

 

「庭に作った家庭菜園から、土地を買って作った家庭菜園にランクアップって感じだな」

「結局、家庭菜園の域を脱してないって言いたいのかい?」

 

 そりゃそうだろう。

 もし俺が農家で、この畑だけで生活費を賄えなんて言われたら、脱法に次ぐ脱法の怪しいおクスリを生み出す植物を育てかねない。そうでもしなきゃ、利益を上げる算段が思い浮かばないぞ、こんな狭い畑じゃ。

 

「この街の農家は、よく生きていられるな」

「そこはほら、共同体の恩恵があるからね」

「共同体?」

「『BU』だよ、『BU』」

 

 ここいらの農家は、『BU』によって守られていると、エステラは言う。

 そういう、上からの援助がなきゃとてもやっていけそうもない規模だからな。ある意味で、妙に納得してしまった。

 助成金が出ているのか、買い取り価格に保証が付いているのか、どういった制度なのかは知らんが、その恩恵を受けてここらの農家はこんな狭い畑一つで生きながらえているようだ。

 

 貧困者を助けてくれる制度を導入してるっていうことなら、『BU』ってのはあながち悪い組織ではないのかもしれないな。

 もっとも、加盟区以外にとっては害悪にしかならない。――なんてことは往々にしてありそうだけどな。

 俺たちに書簡を送ってきたのだって、水門を閉じているのだって、『BU』という連名で行ったことのようだし。

 

 そんなことを思いながら、畑を眺めてぷらぷら歩いていると、遠くから一人の少女が物凄い勢いで駆け寄ってきた。

 

「あ、あのっ!」

 

 特徴的な細く長い触角を頭に生やし、大きな瞳で俺たちを見上げてくる小柄な少女。

 元気、無垢、爛漫。そんな言葉がよく似合う、明るい感じの女の子だ。歳は、十四、五歳といったところだろうか。

 

「お、おぉっ!? そなたはまさか、アブラムシ人族か!?」

「えっ!? すごい、どうして分かったですか!?」

 

 ルシアの言葉に、アブラムシ人族だという少女は驚いている。

 ……ヤバい。逃げるんだ、少女よ!

 

「ふっふっふっ、麗しき少女よ、私を誰だと思っている。虫人族博士だぞ!」

 

 いや、お前は領主だよ。

 

「むしじんぞく、ってなんだですか?」

「そなたのように、可愛らしい女の子のことだ」

 

 いや、違う!

 お前んとこにいるカブトムシ人族のカブリエルとか、オッサンも虫人族に含まれるからな。

 

 頭頂部からニョキっと生え、途中でクキっと折れ曲がり後方へと垂れている触覚は、まさにアブラムシの触角だ。

 ……アブラムシが植物育てるってどうなんだ? お前らこそが植物をダメにする代表格みたいなもんじゃねぇか。

 

「ところで、お前たちはお客さんなのかですか?」

 

 ……また特徴的なしゃべり方をするヤツだな。

 悪意のまったく感じられない無垢な瞳が、キラキラと輝いて俺たちを見つめている。

 

「ボクたちは、この街の様子を見て回っているんだ。畑を見学させてもらってもいいかな?」

「もちろんだぜです! 飽きるほど見ていけくださいです!」

 

 少女の触角がぴょーんぴょーんと跳ねる。なんか、喜んでいるようだ。

 

「では私は、そなたのことをじっくりねっとりと……っ!」

「他区でのご乱心はほどほどに願う、私は、ルシア様!」

「ほぅっ!?」

 

 割と強めなビンタがルシアの尻にヒットする。

 パシンと、見事な音が鳴り響く。

 

「……ギルベルタ…………よくも主にこんな辱めを……」

「その前から存分に恥ずかしかったです、ルシア様は」

「ぐうの音も出ない正論だな、ルシア」

「黙れ、カタクチイワシ! 貴様も男なら、痛む箇所を優しく撫でて癒してやろうくらいの優しさを見せたらどうだ!」

「えっ!? いいのか!?」

「指一本でも触れたら打ち首にしてやるっ」

 

 なんだよ! 撫でろと言ったり拒否ったり!

 

 撫で心地の良さそうな尻を自身でさすりながら、ルシアは恨めしそうに俺を睨む。

 なんで俺なんだよ……

 

「それでは、いろいろとお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

「うっひょ~! べっぴんさんだぜですね~! 喜んでだぜです!」

 

 ナタリアを見て目を丸くするアブラムシ人族の少女。

 ルシアよりもナタリアをお気に召したようだ。

 

 ただ、すまんな……誰を選んでも漏れなく変態に当たるんだ、このメンバー。……俺以外は。

 

「私は、こちらのエステラ・クレアモナ様にお仕えするナタリアと申します。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「おうです! 私はアブラムシ人族のモコカだぜです。よろしくしろよです!」

 

 モコカと名乗った少女が、ナタリアに続いて俺たちにも愛想を振りまく。

 憎めないタイプの少女だな。

 

「あぁっと! ちょっと待っててくれだぜ!」

 

 不意に、畑に目をやり大きな口を開けるモコカ。

 かと思いきや腰にぶら下げた袋から霧吹きのようなものを取り出し、構える。

 

「そこの葉にアブラムシがついてるから駆除してやるぜです! くたばりやがれですっ!」

 

 怒号一発。

 叫ぶと同時に容赦なく葉っぱに霧吹きの中の液体を吹きかけまくるモコカ。

 

 おぉい、いいのか!? お前アブラムシ人族なんだろ!? なんかはらはらするんだけど、この光景!?

 いや、ネフェリーが鶏肉食ってるからそういうのは問題ないって分かっちゃいるんだけどさ。思いっきり「アブラムシを駆除」って言っちゃってるしさ!

 

「今撒いたのは農薬か?」

 

 この街に農薬とか殺虫剤ってのがあるのかは知らんが。

 

「薬師ギルドの薬は、虫によく効くけど、植物にも悪い影響が出るから使ったりしないんだぜですよ」

 

 一応、農薬みたいなものはあるらしいな。体に悪いっぽいけど。

 

「これは牛乳だぜです」

「あぁ、牛乳か」

 

 昔、世話になった農家のおっちゃんが言ってたな。「牛乳は乾くと膜を張るから、葉や茎に散布すると虫ごと閉じ込めて窒息させられる」って。

 牛乳なら人体に悪影響は出ないし、あとで水で流してやれば植物にも影響が出ないって。

 

 ……ん? あぁ、大丈夫だ。

 世話になったその農家『は』騙したりしてないから。

 知識をいただいただけだ。

 

 そういや、地面に落ちた桃とか、たくさんくれたっけなぁ……懐かしい。

 

「牛乳で害虫駆除が出来るんだねぇ」

「そうだぜですよ。貴族様にはそういうの分かんねぇだろうけどですね」

 

 葉の裏を覗き込んで、エステラが感心している。

 あ、虫とか平気なんだ、こいつ。まぁ、田舎者だしな。

 

「牛乳の膜に閉じ込めて、じわじわと窒息死していきやがるですよ、このムシケラどもはですっ!」

 

 黒い黒い黒い!

 言い方! あとその顔やめろ!

 普通の害虫駆除が動物虐待に見えてくるから。

 

「ふふ……愛らしい笑顔だ」

「どこがだ!?」

 

 完全に闇落ちしたヤツの顔だろうが、あの愉悦の笑顔は!

 触角が生えていればなんでもいいのか!? ……いいんだろうな、ルシアは。お手軽なヤツめ。

 

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