「よぉし! 午前の部、後半戦頑張るぞぉー! おー!」
「お兄ちゃん、いきなりどうしたです!? らしくもなく爽やかに前向きで!?」
いや、なに。
会場が妙に静かだなぁ~って思ってな。
「なんかいろいろあったけど、前向きに頑張ろうぜ☆」
「その『いろいろ』をなかったことにするつもりですか!?」
バカモノ!
脳ってのはな、一定以上の負荷をかけると深刻なダメージを受けてしまうんだぞ。
『忘れる』ってのは、人間に備わった防衛本能の一つなのだ。
忘れよう……あれは、悲しい事故だったのだ。
「まったく……ぷんぷん、です」
向こうで可愛らしく怒っているベルティーナだが……最年長のガキは応援席で小さくなって震えているんだよなぁ……
チームメイトのデリアやルシアがベルティーナから顔を逸らして大人しくしているのも普段ではありえないような光景だ。
そして他のチームの連中はさっさと自軍の陣地へと逃げ帰り、遠巻きに状況を見つつ、時折俺へと意味ありげな視線を投げてくる。
「ほら、宥めてきてよ」みたいな視線を。……なんで俺なんだよ、だから。
完全にあの最年長のガキの自爆だろうが。
しかしこれであのガキも学習しただろう。
『女性に年齢の話をしてはいけない』――ってな。
「……ヤシロ」
「どうしたマグダ?」
「……魔神に供物を」
カンタルチカの魔獣のフランクフルトを持ってマグダが提案してくるが、……魔神とか言うと怒られるぞ。……俺も、しばらくはちゃんと敬語で話そうかなって検討してるところなのに。
ベルティーナは怒らせちゃいけない。ダメ、絶対。
「じゃあ、怒れるシスターのご機嫌を取ってくるよ」
「あの、わたしも行きましょうか?」
「ん~……」
俺一人で行くより、ジネットが一緒の方がいいか。
「じゃ、頼む」
「はい」
なんでそこでそんなに嬉しそうな顔になるかねぇ。
どっちかって言うとハズレを引かされたようなミッションなのに。
「ベルティーナ…………さん」
おぉう……ちょっとビビッちまってる。
「…………」
頬を膨らませたままこちらを見て……そのままじぃ~っと俺の顔を見つめるベルティーナ。
お年寄り扱い――それもかなり行き過ぎたババア扱いに相当機嫌を損ねた様子だったのだが……
「……くすっ」
突然相好を崩し笑い出した。
「なんだか、今聞くと変な気分ですね、ヤシロさんにそう呼ばれるのは」
俺の『さん付け』が面白かったらしい。
悪かったな。敬語の似合わない大人で。笑われるくらいなら、いつも通りでいいよな?
「ほら。マグダとロレッタからだ」
「まぁ、美味しそうですね」
マグダからなのだが、ロレッタも入れておいた方が「みんなが気にしてるぞ」というアピールになる。
そして、そういうところをベルティーナはきちんと感じ取ってくれる。
これで機嫌を直してくれるだろう。
「もう全然怒ってないですよ」
「なら、あのガキにもそう言ってやれよ」
「とはいえ、躾は大切です。目上の者に対し非礼に該当する発言かどうか、それは口から出る前に気付けなければいけないことなのです。これは教育の一環なのです」
……いや、結構な割合で私怨だったろ。口には出さないけど。俺まで教育されちゃ敵わないからな。
「けれど……」
パクリと魔獣のフランクに齧りつきつつ、ベルティーナは困ったような表情を見せる。
「…………おいひぃれふぅ~もぐもぐ」
「『けれど』の続き言えよ! 気になるな!?」
俺が突っ込んで、ようやく周りの空気が弛緩した。
「あ、もう普通でいいんだ」みたいな感じで。
「いえ。何度大丈夫だと言っても、幼い子たちが心配したままで……どうしたものかと」
「それは、いつもシスターが無理をするからですよ」
娘からの苦言にベルティーナは可愛らしく肩をすくめてみせる。
分かってはいるが、だからと言ってやめるわけにはいかない、みたいな感情表現に見えた。
まぁ、無理はしちゃうよな、母親なら。
「これからは、もっと甘えてくださいね」
「今でも十分甘えていますよ。ねぇ、ヤシロさん」
「まぁ、そうだな」
特に俺は物凄く甘えられている。
というか、難題をいくつか吹っ掛けられている気がする。
俺も甘え返してもいい頃合いじゃないだろうか。うん、そんな気がしてきた。
わがままとか、そろそろ言ってもいい頃合いだろう、これは、うんうん、きっとそうだ、うん。
「ガキどもの心配を払拭する秘策を伝授してやろうか?」
「本当ですか、ヤシロさん?」
ベルティーナが嬉しそうに頬を膨らませて魔獣のフランクを咀嚼する。
……嬉しいのは俺の提案か? 美味いのか? 分かりにくいなぁ、もう。
「早速甘えられてよかったですね、シスター」
「そうですね。私も甘えのスキルが上がってきたのでしょうか? うふふ……」
な~んて、母娘で嬉しそうに笑い合っているが、分かってねぇな……
今から願いを叶えてもらうのは俺の方だからな?
甘えるのは俺の方だ。
それも、拒否権のない、凄まじい『おねだり』だ。
「ガキどもは『いつもと違う』ことに不安を覚える。ちょっと風邪っぽいってだけですごく心配された経験はないか? 隠そうとしているのにすぐにバレた、なんて経験がさ」
俺の言葉に、ベルティーナとジネットは揃って指をアゴに添えて斜め上空を見上げる。
おんなじ癖してるんだよな、こいつら。ホント、そっくりだ。
「あります、ね」
「わたしも。少しだけ体がだるいなぁ~って思っていたら、その……、ヤシロさんが、すぐに気付いてくださって……その……おかゆを…………」
いや、待って、ジネット。
それ、今の話題から逸れてるから。主題ズレちゃうから。
だから思い出して照れてほっぺたとか押さえないで!
伝染るから、その照れ!
経営と運営を考慮した結果導き出された最適解がたまたま「ジネットを休ませる」だっただけの話だから!
「ジネット。今はガキどもの話だ」
「はっ!? す、すみません…………ちょっと、黙ってます」
まだ熱の残る顔を押さえて半歩下がるジネット。
とりあえずそちらは無視して……視線を逸らしているわけではない。本題に的を絞っているだけだ、これは。
「『いつも通りに振る舞おう』とする意識がもうすでに『いつも通り』じゃなくなってしまい、その『いつも通り』ではない状況にガキどもは不安を覚えちまうんだよ」
「なるほど……確かに、その通りかもしれませんね」
「そして、今ベルティーナがずっと心配されている理由もそれだ」
「私が『いつも通り』ではない……ということですか?」
「あぁ、そうだ」
テレサが言っていただろう?
「シスターはいつも白い綺麗なお洋服なのに」って。
「白い服が泥で真っ黒だ。だから、全身を打って怪我したんじゃないかって不安になっているんだよ」
「そう……だったん、ですか」
汚れたローブに両手で触れて、感心したような息を漏らすベルティーナ。
……あれ? 魔獣のフランクフルトどこいった? あれ結構ボリュームあって食うのに時間かかると思うんだけど?
「けれど困りましたね……ここでお洗濯をするわけにもいきませんし……」
「わたしが教会まで戻って着替えを持ってきましょうか?」
「いえ、それでしたら私が教会へ戻って着替えを……」
「そうしたら、『シスターがいない! やっぱり怪我してたんだ!』ってガキどもが騒ぎ出すぞ」
「そんな…………では、どうすれば?」
母娘揃って頭を抱えてう~んと唸り声を上げる。
ホンットそっくりだな、お前ら。
そんな悩める母娘に俺はとっておきの解決案を提示する。
エステラのお墨付きもあるし、きっと受け入れてくれるだろう。
ガキどもの不安を払拭するためでもあるし、きっと叶えてくれるさ。日々頑張っている俺からの『おねだり』を。
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