「ぁ。ぃらっしゃぃませ」
小さな頭がぺこりと下げられる。
ここは妖精の棲む森。――ではなく、ミリィの店だ。
「なぁ、なんでアレ捕まえちゃいけないの?」
「ミリィさんは、みんなのミリィさんだからですよ」
「はぅっ、な、なんの、話?」
会って早々、わたわたし始めるミリィ。
そんな動きも可愛らしい。
「ジネットが変なこと言うから、ミリィが可愛い生き物になっちまったぞ」
「ヤシロさんですよ、変なことを言ったのは。あと、ミリィさんが可愛いのはいつもです」
「ぁ、ぁうっ。ゃ、ゃめてよぅ、もぅ!」
腕を伸ばしてぶんぶんと振り回す。
頭に付いたテントウムシの髪飾りがぷらぷら揺れる。
「あぁ、癒された。じゃ、帰ろうか」
「ぇっ!? 何かご用じゃなかった、の?」
あぁ、そうだった。花を頼みに来たんだった。
「なぁ、ミリィ。出張フラワーアレンジメントって頼めるか?」
「ふらわーあれんじめんと!? ぅん、やりたい! すごく楽しそうっ!」
ぐぃっと、ミリィが話に食いついてきた。
あぁ、ここにも社畜が一人。
「今度、二十四区で開催される『宴』の会場を、ミリィさんの素敵なお花で彩ってほしいんだそうですよ」
「会場を? 前の、いめるださんのお家のパーティーみたいに、かな?」
「はい。そうです。……よね、ヤシロさん」
ジネットが前に立って交渉を進めている。
もしかしたら、俺の真似をしているつもりなのかもしれないな、ジネット的には。物凄く嬉しそうな顔をしている。
「わたし、働いてますよ!」みたいな、充実感溢れる表情だ。
「ぅう……やってみたい、けど……二十四区だと、お花を運ぶのが大変、かも」
ミリィ曰く。
イメルダのパーティーの際、とても大量の花を使用したそうで、それと同じ規模の飾りつけをするとなると花の運搬が難しいそうだ。
「四十二区なら森があるし、四十一区と四十区の生花ギルドとは交流もあるからぉ花を借りることは出来るけど……二十四区だと、ちょっと、難しい、かも」
花を調達する場所がなければ、自ずと四十二区から持っていくことになる。
イメルダのパーティー――木こりギルド四十二区支部の完成披露パーティーで使用された花の量は、それはすごいものだった。
門から館、裏庭に通じる道、そして裏庭を埋め尽くすくらいの大量の花。
あれは、荷車一杯で運べるような量ではなかった。詰め込むわけにもいかないしな。
それに、ミリィだけ荷車を曳いて歩いて向かわせるわけにもいかない。
やっぱり難しいか。
「セロンさんの光るレンガはどうでしょうか? あれなら、数がなくてもインパクトは強いと思いますよ」
ジネットが、独自の解決策を提案してくる。
うん、悪くはない。
だが。
「暗くなる前には帰ってくるつもりなんだ。ガキどももいるし」
「あ、そうですね」
ガキどもを泊まらせるのは、なるべく避けたいと思っている。
泊まるガキどもはもちろん、留守番しているガキどもも、普段とは違う環境で取り乱すかもしれないし、パニックを起こす可能性もある。
……まぁ、平たく言えば、寂しくて泣いちゃうヤツが続発しそうな気がするのだ。
やはり、ベルティーナを連れ出して外泊させるのは気が引ける。
それに、ジネットや他の連中も忙しい身だ。
早朝に出て、夕方頃には戻ってきたい。なので、向こうを出るのは昼過ぎということになるだろう。
「そこまで思い至りませんでした。さすがヤシロさんですね」
「いや、俺は協力者の不興を買う行為を避けようとしただけで……やめて、その『ヤシロさんは子供思いの優しい人だなぁ』みたいな目で見るの」
協力者の不興を買うのは避けるべきなのだ。後々の交渉に影響する。
協力者というのは、当たり前のことなのだが、こちらになんらかの利益を生むために力を貸してくれる存在のことだ。
ならば、不満を持たれないように努めるのが、今後のためにも最良なのだ。
だから、そっちでミリィと「うふふ」って笑い合うのを今すぐやめろ。
「ごめん、ね……みりぃ、そんなにたくさん持っていけなくて……」
「いいえ。ミリィさんのお花はとても綺麗ですから、少しでもきっとみなさん喜んでくださいますよ。ね、ヤシロさん」
少し……か。
持てるだけの花を持っていって、その中で飾りつける。……ってのが無難な線か。
まぁ、それでも構わないんだろうが……ミリィも馬車で連れていくとなると、本当にカバンに入るくらいしか持っていけないよなぁ……
「ぁの、二十四区の生花ギルドにぉ願い出来ないか、ギルド長さんに聞いてみよう、か?」
「向こうでお花を摘めるように、ですか?」
「ぅん。ただ……お金は、かかっちゃうかもしれない、けど……」
会場を埋め尽くすほどの花となれば、結構な額になりそうだ。
果たして、そこまで経費を膨れ上がらせていいものか…………二十四区で終わりじゃないからなぁ。この後も『BU』の領主どもをたらし込んでいかなけりゃいけないわけだし……
「なるべくなら費用は抑えたいな」
「ぁう……だよ、ね?」
「困りましたねぇ。どこかに、安くたくさんお花が手に入る場所がないでしょうか……」
二十四区教会の中には畑があると言っていたし、花も少しは咲いているかもしれない。
……が、それだとインパクトに欠けるんだよなぁ。そこら辺に咲いてる花を寄せ集めたところで、「わぁ、綺麗」くらいの感想で終わりそうだ。
木こりギルド四十二区支部完成記念パーティーの時のように、道の両サイドに敷き詰めて初めて「うぉっ!? すげぇ!」となるのだ。それも、目を惹くような美しい花を。
さりげなくも可愛らしい野の花は、今回のミッションには向かない。
もっとこう、有名だったり、価値があったりする花が比較的近くで、安く、いやタダで手に入らないものか……………………あ。あるじゃん。
「ミリィ。俺の知り合いに驚くほどぺったんこな胸をしたヤツがいるんだがな」
「もぅ……怒られるょ、てんとうむしさん」
『誰に』と口にしないのは優しさか。
しかしミリィは、俺が言ってるのが『誰のことか』ってのはすぐに理解したようだ。
すごい認知度だな、ウチの領主。
「その領主にな、うるうるした瞳で『お願いだよぅ……』って言ってきてくれないか?」
「ぁう……ぃ、今の、みりぃのマネ? みりぃ、そんな変な声してる、の?」
「いえ、ミリィさん。今の声は可愛かったと思いますよ」
いやいや、ジネット。そんなところはどうでもいいんだ。
褒められても微妙に恥ずかしいしな。
「それで、何をぉ願いしてくればぃい、の?」
やや不安げながらも、俺のお願いを聞いてくれるらしい。
エステラも、ミリィの頼みは断れまい。……ふっふっふっ。
「三十五区の変態領主に伝言をしてもらってきてくれ」
「怒られるょ、てんとうむしさん……本当に」
なぜかミリィがはらはらしている。
大丈夫大丈夫。あの変態領主はそんなことでは怒らない。むしろ、ミリィに「変態」って言われたら涙を流して喜んでしまうことだろう。……残念なヤツだ。
「『触覚を好きなだけ触らせてあげるから、花園のお花を使わせて』ってな」
「ぇっ!?」
咄嗟に、ミリィが自身の触覚を両手で押さえる。
なんだなんだ。ミリィ自身も肌で感じているんじゃないか。……あの領主の変態性を。いかに危険人物かをよく理解しているらしい。
「確かに、三十五区なら、二十四区に比較的近いですけど……でも、それではミリィさんが……」
「大丈夫だ。ミリィに頼みたい伝言はもう一つある」
「もう一つ……ですか?」
ミリィの身を案じるジネットを安心させてやるために、俺はとっておきの秘策を伝授する。
「ウェンディにも伝言を頼んでおいてくれ。『お前のとこのオヤジの有効活用法が見つかったから貸してくれ』って」
「ぇっ!? 触覚、うぇんでぃさんのお父さんの触覚、なの?」
「あぁ。アレならもげるほど揉みまくっても問題ない! むしろもいでほしい!」
「ぁうっ、ダ、ダメだょう……触覚もげると、痛い、ょ?」
「ミリィ。俺の故郷にはこんな言葉がある。――『知ったこっちゃない』」
「あの、ヤシロさん……それはさすがにお気の毒なような……」
「あっはっはっ、ジネット。気のせいだよ」
「え? いえ、あの……」
「気のせい気のせい」
なぜか戸惑う女子二人。
まったく、心配性だなぁ。ウェンディのオヤジだぞ?
あの、年中半裸の変態オヤジだぞ?
むしろ、ルシアに触覚を揉んでもらえるだけでもありがたいと思ってもらわないとな。
「ぁの、じねっとさん……」
「えっと、そうですね……とりあえず、伝えるだけ伝えて、あとはエステラさんの判断に任せましょう」
「そ、そうだね。えすてらさんなら、変なことしようとしないもん、ね?」
「はい。きっと」
「ぅん。きっと」
甘いなぁ。
べりーすうぃーとだぜ、二人とも。
エステラなら、ヤる!
それも、満面の笑顔でイケニエを差し出すに決まってるじゃねぇか。
花園の花がもらえれば、ネクターも作れるしな。
そもそも、ルシアは協力を惜しまないと言ったんだ。
……言ったっけ?
まぁ、仮に言ってなかったとしても言ったようなもんだ。
言ったか言ってないかなんて些末な問題だ。
全面協力はヤツの義務だ。うん。
「でも、花園のお花が飾れたら、きっときれいだろぅね」
「そうですね。わくわくしますね」
今の二人の顔を写真に撮ってルシアに見せれば、二つ返事で了承してくれるだろうに。デジカメがないのが惜しいぜ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!