「んじゃ、モリー。午後になったらデリアに頼んで体操を教えてもらいに行くか」
「はい!」
「バルバラ、お前も来るだろ?」
「…………」
「バルバラ!」
「へ? お、おう! ……何がだ?」
一人、離れたところのテーブルに座って呆然としていたバルバラ。
よほどショックだったのか、勢いよくノーマに懇願した後には魂が抜けきっていた。
「お前は別に太っちゃいない……つか、お前はまだまだ肉が足りないくらいだが、お前はダイエットのためじゃなく一般教養として料理と協調性を学んでこい」
デリアのシェイプアップ教室で『みんなと同じことをする』という協調性を身に付けろ。
お前は一人で先走り過ぎだ。
「一般教養を身に付けたい女子はバルバラ以外にもたくさんいるさね。そういう教室はないのかって、たまに聞かれるんさよ」
「イメルダのマナー教室とかか?」
「そうそう。あと、職場の上司のあしらい方教室とかも欲しいって言ってたさね」
「あしらい方? なんだそりゃ」
「理不尽な態度を取られることがあっても、我慢するしかないんさよ。エロ上司とか、困ってる女子は多いんさよ」
「あぁ……そういうヤツか」
セクハラやパワハラは、この世界にも存在するようだ。
むしろ、日本よりも酷いだろうな。
「女が工房に入るんじゃねぇ!」とか、教育とか言ってベタベタ触ってくるエロ上司とか。
「金物ギルドにもいるのか?」
「アタシが見習いだった頃はいたんだけどねぇ……アタシがちょ~っと注意したらある日突然いなくなっちまったんさよ……不思議さねぇ~…………ふふふ」
怖い。
怖いよノーマ。
お前なにしたの?
お前がパワハラしてないよな?
けど、パワハラセクハラ講習ってのはありかもしれないな。
被害者はもちろん、無意識の加害者に自覚と教育を与えるためにも。
講師は、そうだなぁ……
「ん? セクハラ講習やて? ほんならウチが手取り足取りねっとりもみもみ実践交えてた~っぷりと教えたげるわなぁ」
「ん? パワハラ講習? あぁ、いいぞ! あたいが講師やって、パワハラなんかするヤツをぶっ飛ばしてやる!」
…………ダメだ。
講師が率先してセクハラとパワハラをし尽くす未来しか見えない。
反面教師としてはいいかもしれないが。……いや、被害者が気の毒過ぎる。なしだな。
「とにかく、ダイエット料理はお昼にやるさよ。それまでは普通に仕事してるさね。なぁに、体を動かしてりゃ、朝食べた分のカロリーなんかすぐ消費できるさね」
「は、はい。頑張ります!」
「バルバラも、朝は畑の仕事を手伝ってきな。で、昼飯の時にまたここに来るさね。ヤップロックは、ちゃんと言えば理解してくれるさろ?」
「あ、あぁ……言ってみる……けど…………」
バルバラが、似合いもしない真面目な顔をしている。
「アーシさ、かーちゃんたちに受け入れてもらって、全然ダメな人間だって思ってたのに、『そのままでいい』って、アーシなんかでも家族にしてくれるって言ってもらって……『あ、アーシこのままでいいんだ』って、どっかで思ってて、さ……」
俯いたバラバラの手が、太腿の上でぎゅっと固く握られる。
「けど……やっぱ、たった一人の、あの人に選んでもらうためには、『このままでいいや』なんて、そんな甘いことじゃ、やっぱ、全然ダメなんだって……思い知った……」
奥歯が、カリッと音を立てる。
そして、顔を上げたバルバラの顔は、これまでに見たこともないような決心に充ち満ちた表情で、それでいて瞳の奥に揺らめくのは闘志ではなく少し女性らしい炎で。
「アーシ、綺麗になりたいっ!」
出会った頃のこいつからは想像も出来ないような、女の子らしいセリフを口にした。
「それでも、選んでもらえるなんて思えないけど……アーシ、努力したい! 自分に出来る最大限の努力して、いっぱい可愛くなって、綺麗になって……綺麗になったアーシを見てほしい!」
まさか、あのバルバラが、ねぇ……
「それでダメなら、すっぱり諦められる気がするんだ。だから……あの…………ほら、あれだ、アレしたくないなって…………あぁ、ダメだ! 勉強もちゃんとしなきゃ、こういう時に言葉が出てこねぇ!」
「『妥協』か?」
「そう! それだ! アーシ、妥協したくない!」
バルバラが、自ら努力をしようとしている。
勉強しなきゃなんて言葉が、バルバラの口から出てくるとはな。
「それなら、素敵やんアベニューが出来たら通えばいいさね」
「なんだ、それ?」
「ヤシロが四十一区に作る、女が綺麗になるための場所さよ」
「そんなのを作ったのか!?」
「今作ってるところさね」
「すげぇな、英雄!? 尊敬する!」
「やめてくれ……お前の尊敬、胃もたれしそうだし」
というか、お前はその素敵やんアベニューを作る前の説明会に参加してただろうが。綺麗は努力で手に入るって見せるための被験者――もとい、モデルとして。
で、オシナの店で優雅にお茶を嗜む役もやらせたはずだが……覚えてないのか、興味がなくて意識から抜け落ちていたのか、恥ずかしさから記憶に蓋をしたのか……こいつの脳みそって、本当に効率の悪い構造をしてるよな。
あと、別に俺が作ってるわけじゃねぇから。
俺は立案しただけで、作ってんのはリカルドとウーマロだ。利益をもらうために名前を連ねてるだけだ、俺は。
「けど、綺麗になるためにはお金がかかるさよ。どこも無料ってわけじゃないからねぇ」
「そうか! んじゃあアーシ、とーちゃんの畑いっぱい手伝う!」
「ついでに、どうすればもっと儲けが出るようになるか考えておやりな」
「アーシに出来るかな……?」
「勉強するんさね」
「おう! シスターに勉強教えてもらう!」
「じゃ、思ったらすぐ行動さね」
「おう! ありがとうな、ノーマ先生! お昼、お料理よろしくです!」
導火線に火が点いたように、バルバラが勢いよく動き出した。
何かを始める時のわくわく感。そんなもんを謳歌しているような清々しさをまき散らしてバルバラが陽だまり亭を出て行く。
「……恋って、すごいんッスねぇ」
あぁ、そうだなウーマロ。
お前も、マグダ恋しさにかなり規格外なことをやってのけてる人間の一人なんだが、自覚はないんだな。
「兄ちゃんにはもったいないです……」
微妙~な顔をして扉を見つめるモリー。
一人の人間が人生を変えるほどの恋をした相手が、片思いの相手にストーカーして仕事をすっぽかし、あまつさえデリカシーのない発言で妹に縁を切られそうになって半泣きでお家に帰っていったメイクダヌキだなんて信じたくないよな。
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